第三話 夢の残り火
囲炉裏の火が、
ぱちりと鳴った。
久世家の空気だけが、
妙に重い。
「……今回ってなんだ」
高志が低く言う。
向かい側。
紫苑は囲炉裏へ頬杖をついたまま、
面倒そうに目を細めた。
黒髪。
紫眼。
白い肌。
着崩した黒い着物。
胸元は大きく開いていて、
本人は全く気にしていない。
人の家なのに、
当然みたいな顔で座っている。
紫苑は小さく笑った。
「気にしなくていいよ」
「そういうわけにいくか」
高志の声は鋭かった。
由美は不思議そうに見る。
「高志、本当に誰と話してるの?」
見えていない。
やはり。
由美には紫苑が見えない。
紫苑はそんな由美を見て、
ほんの少しだけ目を細めた。
でも。
すぐ笑う。
「今の方が幸せそうだし」
高志が眉を寄せる。
「……何を知ってる」
紫苑は答えない。
囲炉裏の火を見る。
その横顔だけ。
少し寂しそうだった。
雪弥は黙って見ていた。
この女は変だ。
匂いも。
甘い花みたいなのに、
焦げた灰みたいな匂いが混ざっている。
落ち着かない。
紫苑が雪弥を見る。
「君は静かだねぇ」
雪弥は瞬きだけ返した。
高志が立ち上がる。
「おい」
空気が少し張る。
その瞬間だった。
ぞわっ。
高志の背筋へ、
急に悪寒が走る。
頭が痛む。
赤い雪。
燃える町。
白い炎。
黒い化け物。
断片が一気に流れ込む。
高志が頭を押さえた。
「っ……!」
由美が驚く。
「高志!?」
紫苑だけが静かだった。
「無理に思い出そうとしない方がいいよ」
その声だけ、
妙に冷たい。
高志は荒い呼吸のまま睨む。
「俺は……
お前を知ってるのか」
紫苑は少し黙った。
囲炉裏が揺れる。
雪の音だけが聞こえる。
やがて。
紫苑は小さく笑った。
「……何回も」
高志の背筋が凍る。
でも。
その意味を聞く前に。
紫苑はふっと姿を消した。
囲炉裏の前から。
最初から誰もいなかったみたいに。
由美が不安そうに高志を見る。
「本当に大丈夫……?」
高志は答えられなかった。
雪弥だけが、
紫苑の消えた場所を見ていた。
まだ。
花みたいな匂いだけが、
少し残っていた。
――その夜。
高志は夢を見た。
赤い雪。
燃える白河。
誰かを守れなかった感覚。
泣き声。
絶叫。
そして。
白い顔が笑っていた。
『また失敗』
高志は飛び起きる。
「っ……!!」
汗。
荒い呼吸。
胸が痛い。
隣では、
由美と雪弥が眠っている。
静かな夜。
でも。
心だけがざわついていた。
その時。
庭から音がした。
ざくっ。
高志が障子を開ける。
雪。
月明かり。
そして。
薪を割っている少女。
紫苑だった。
「……お前」
紫苑は振り返る。
「起きた?」
ざんっ。
薪が綺麗に割れる。
高志は目を細めた。
その動き。
妙に洗練されていた。
まるで。
何百回も見てきたみたいに。
紫苑は薪を置く。
それから。
眠そうな紫の瞳で、
高志を見た。
「ほんと変わんないね」




