第二十八話 京暮らし
京の夜は、
白河より明るかった。
灯。
酒。
笑い声。
眠らない都。
でも。
その奥には、
ずっと血の匂いが残っている。
雪弥と咲は、
壬生近くの小さな宿へ泊まっていた。
古い部屋。
薄い布団。
火鉢。
長く泊まれるような場所ではない。
宿の親父は、
朝から露骨に嫌そうな顔をしていた。
「悪ぃがな。
金が無ぇなら、
明日までだ」
雪弥は黙って聞いている。
残っている金は少ない。
源蔵が残した金も、
旅でかなり減っていた。
咲は雪弥の袖を握っている。
不安そうに。
雪弥は小さく頷いた。
「……分かった」
昼。
雪弥は京の町を歩いていた。
仕事を探すためだった。
でも。
子供へまともな仕事を回す人間はいない。
「ガキは帰れ」
「遊びじゃねぇんだぞ」
「その歳で刀差してんのか?」
追い返される。
雪弥は何も言わない。
ただ。
黙って次を探す。
京は広かった。
人も多い。
でも。
誰も余裕がない。
夕方。
雪弥が宿へ戻ると、
咲は布団へ座ったまま、
ぼんやり障子を見ていた。
でも。
雪弥の姿を見た瞬間、
少しだけ表情が緩む。
「……ゆき」
雪弥は頷く。
「……帰った」
咲は安心したみたいに、
雪弥へ身体を寄せた。
雪弥は静かに座る。
火鉢の火が揺れている。
宿の外では、
酔っ払いの怒鳴り声が聞こえた。
そのあと。
誰かの悲鳴。
でも。
宿の人間は誰も動かない。
親父が面倒そうに呟く。
「また人斬りか」
老婆がため息を吐く。
「最近多いねぇ」
親父は酒を飲みながら言う。
「壬生浪士組も忙しいらしい」
「それに、
最近は妙な連中まで出入りしてやがる」
老婆が顔をしかめた。
「黒羽織の連中かい?」
「ああ。
幕府の隠密か、
陰陽師か知らねぇが」
「気味悪ぃ奴らだ」
雪弥は黙って聞いていた。
黒羽織。
知らない名前。
でも。
京にはまだ、
自分の知らないものが沢山ある。
咲は雪弥へ寄りかかったまま、
眠そうに目を閉じている。
雪弥はその頭を支えた。
白河とは違う音。
違う匂い。
違う空。
ここは、
自分たちの知らない世界だった。
火鉢の火が、
静かに揺れていた。




