第二十七話 壬生
京は、
うるさかった。
人の声。
下駄の音。
怒鳴り声。
笑い声。
全部が混ざっている。
白河とは違う。
人が多すぎる。
雪弥は眉をひそめた。
酒。
煙。
血。
香。
色んな匂いが、
途切れなく流れ込んでくる。
咲が雪弥の背中で、
不安そうに身を縮めた。
「……ゆき」
雪弥は少しだけ、
背中を支え直す。
「……いる」
咲はそれで安心したみたいに、
雪弥の羽織を掴んだ。
京の町は賑わっていた。
でも。
どこか張り詰めている。
町人たちは、
周囲を気にしながら歩いていた。
浪士の姿も多い。
皆、
刀へ手を掛けている。
昼だというのに、
空気が重かった。
通りの端では、
人だかりが出来ている。
「また斬られたらしい」
「攘夷派か?」
「いや、
壬生浪士組じゃねぇか?」
ひそひそ声。
雪弥は人混みの奥を見る。
石畳に、
血だけが残っていた。
死体はもう片付けられている。
でも。
血の匂いは消えていない。
町人たちは慣れているみたいに、
その横を通り過ぎていく。
咲が小さく震えた。
雪弥は何も言わない。
ただ。
京の空気を見ていた。
夕方。
二人は壬生の近くまで来ていた。
宿を探して歩いていると。
前方が騒がしくなる。
浪士たちだった。
数人いる。
羽織姿。
刀。
ただ歩いているだけなのに、
周囲の人間が避けていた。
誰も目を合わせない。
浪士の一人が笑う。
「逃げんなって」
軽い声。
でも。
空気が冷たい。
別の男が欠伸をした。
「また夜回りかよ」
「隊士足りねぇんだから仕方ねぇだろ」
壬生浪士組。
後に――
新撰組
と呼ばれる集団だった。
雪弥は黙って見ている。
その時。
隊士の一人が、
ふと雪弥へ視線を向けた。
細い目。
笑っているのに、
全然笑っていない。
その男は、
雪弥を見て少しだけ首を傾げた。
「……ガキ?」
雪弥は目を逸らさない。
数秒。
沈黙。
男は咲を見る。
背中の猟銃。
欠損した身体。
それから。
雪弥の目へ戻った。
男が小さく笑う。
「面白ぇ目してんな」
咲が不安そうに、
雪弥の服を掴む。
「……ゆき」
雪弥は静かに答えた。
「……平気」
男はしばらく雪弥を見ていた。
それから。
「まぁ、
京じゃ長生きしろよ」
軽く手を振り、
隊士たちは去っていく。
周囲の空気が、
ようやく戻った。
町人たちが小さく息を吐く。
雪弥はその背中を見ていた。
人間だった。
でも。
どこか禍津に似ていた。
京の夜が、
静かに始まろうとしていた。




