第二十六話 紅ノ京
第二十六話 紅ノ京
雪は、
もうほとんど残っていなかった。
街道を行き交う人の数も、
白河とは比べ物にならない。
浪士。
商人。
旅芸人。
僧。
皆、
京を目指していた。
雪弥は咲を背負ったまま、
黙って歩いている。
灰色の着流し。
濃紺の羽織。
腰には山刀。
そして背中には咲。
咲は雪弥へ身体を預けながら、
ぼんやり周囲を見ていた。
左袖は空っぽ。
失った右脚は布で巻かれている。
その背には、
源蔵の猟銃。
旅の間、
咲はずっとそれを離さなかった。
昼過ぎ。
街道沿いの茶屋へ入る。
中は騒がしかった。
酒。
笑い声。
煙草。
色んな匂いが混ざっている。
雪弥は眉をひそめた。
「……臭い」
店の女が笑う。
「坊や、
京行くの?」
二十歳くらいの女だった。
化粧の匂い。
甘い香。
雪弥は少し黙る。
咲の手が、
羽織をぎゅっと掴んだ。
雪弥が振り向く。
咲は不安そうに、
雪弥を見上げていた。
「……雪弥」
小さい声。
雪弥は店の女から視線を外す。
それから。
「……行く」
女は面白そうに笑う。
「へぇ。
でも気をつけなよ?」
「京は今、
人斬りだらけだから」
近くの浪士が酒を飲みながら笑った。
「壬生浪士組の連中だろ?」
「あいつら、
目ぇ合っただけで斬るぞ」
別の男が顔をしかめる。
「最近は化け物まで出るって話だ」
「都も終わりだな」
笑い声。
でも。
誰も本気では笑っていなかった。
雪弥は黙って聞いている。
咲は雪弥の背中へ額を押し当てた。
離れないように。
雪弥は何も言わない。
ただ。
当たり前みたいに、
咲を支えている。
夕方。
二人は街道を抜け、
小高い丘へ出た。
その瞬間。
咲が小さく息を呑む。
「……ぁ」
京だった。
広い都。
無数の灯。
煙。
人の声。
空まで赤く染まっている。
白河とは、
まるで違う世界。
咲はぼんやり呟く。
「……きれい」
雪弥は黙って京を見る。
風が吹く。
酒。
血。
香。
女。
煙。
色んな匂いが、
一気に流れ込んできた。
雪弥の目が細くなる。
綺麗だった。
でも。
腐っていた。
雪弥は小さく呟く。
「……血の匂いがする」
夜の京は、
静かに燃えていた。




