第二十五話 人斬り
雪は、
もうほとんど降っていなかった。
白河を離れてから、
景色が少しずつ変わっている。
山は減り。
人が増え。
街道には浪士の姿が目立っていた。
皆、
刀を差している。
でも。
侍というより、
獣に近かった。
殺気立っている。
咲は雪弥の背中で、
ぼんやり人の流れを見ていた。
「……いっぱい」
雪弥は前を向いたまま答える。
「……京が近いから」
咲は少し笑う。
それから、
雪弥の羽織を握った。
離れないように。
迷子にならないように。
夕方。
二人は街道沿いの宿場へ入った。
前より大きい町だった。
人も多い。
でも。
空気がおかしい。
誰もが周囲を警戒している。
店先では、
浪士たちが酒を飲みながら怒鳴っていた。
「幕府はもう終わりだ!」
「いや、
攘夷だろうが!」
「京じゃ毎日人が死んでる!」
怒号。
笑い声。
酒の臭い。
雪弥は眉をひそめた。
咲が小さく呟く。
「……うるさい」
雪弥は頷く。
「……ん」
宿を探して歩いていると。
突然。
悲鳴が響いた。
女の声。
人混みがざわつく。
誰かが叫んだ。
「人斬りだ!!」
空気が変わる。
町人たちが一斉に逃げ出した。
雪弥は咲を背負い直し、
声のした方を見る。
路地裏。
男が倒れていた。
喉を斬られている。
血が石畳を流れていた。
その前に、
浪士が立っている。
細い男だった。
血の付いた刀。
異様に静かな目。
浪士は倒れた男を見下ろしたまま、
小さく笑った。
「遅ぇんだよ」
町人が震える。
誰も近づけない。
浪士はゆっくり刀の血を払う。
それから。
人混みへ目を向けた。
その瞬間。
雪弥と視線が合う。
数秒。
沈黙。
浪士が少し笑う。
「……ガキか」
雪弥は無表情だった。
でも。
目だけは逸らさない。
浪士は興味を失ったみたいに、
背を向ける。
その時。
近くの浪士が小声で呟いた。
「壬生浪士組の連中だ……」
別の男が青ざめる。
「関わるな。
斬られるぞ」
壬生浪士組。
後に――
新選組結成
と呼ばれる集団だった。
咲が雪弥の服を掴む。
「……ゆき」
少し震えている。
雪弥は倒れた男を見る。
まだ温かい血。
開いた目。
死んだばかりだった。
雪弥は小さく呟く。
「……人間の方が、
怖い時もある」
咲は意味が分からないまま、
雪弥へ身体を寄せた。
夜。
宿場町は静まり返っていた。
でも。
遠くからまた悲鳴が聞こえる。
京は、
もうすぐだった。




