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第二十四話 湯煙

雪は、

少し弱くなっていた。


山道を進む二人の前に、

小さな湯宿が見える。


木造の古い宿。


屋根には雪。


煙突から、

白い湯気が上がっていた。


咲が雪弥の背中で、

ぼんやり呟く。


「……あったかそう」


雪弥は宿を見る。


しばらく黙っていたが、

小さく言った。


「……泊まる」


宿をやっていたのは、

年老いた夫婦だった。


「こんな雪の中、

 大変だったねぇ」


老婆が咲を見る。


でも。


欠損した腕と脚には、

触れなかった。


その優しさに、

雪弥は少しだけ目を細める。


部屋は小さかった。


畳。


火鉢。


障子の向こうでは、

雪が静かに降っている。


咲は布団へ座り込み、

ぼんやり火鉢を見ていた。


雪弥は荷物を置く。


すると。


老婆が顔を出した。


「湯が空いてるよ」


その言葉に、

咲が少し笑った。


「……おふろ」


温泉は、

岩造りの小さな湯だった。


湯気が白く揺れている。


雪弥は咲を支えながら、

静かに湯へ入れた。


咲が小さく息を漏らす。


「あったかい……」


その顔は、

少しだけ穏やかだった。


雪弥は目を逸らす。


濡れた黒髪。


白い肌。


湯気で赤くなった頬。


昔とは違う。


子供じゃない。


そう思った瞬間。


雪弥は黙って視線を外した。


咲は気づいていない。


湯の中で、

ぼんやり笑っている。


欠けた左肩。


失われた右脚。


それを咲自身は、

もうあまり気にしていない。


でも。


雪弥だけが、

視線を逸らせなかった。


咲は湯の中で、

小さく笑う。


「……あったかいね」


雪弥は静かに頷いた。


「……ん」


しばらく、

静かな時間が流れる。


外では雪。


湯気がゆっくり揺れていた。


夜。


部屋へ戻ると、

咲は眠そうに雪弥へ寄りかかっていた。


濡れた髪が肩へ落ちている。


雪弥は黙って、

手拭いで咲の髪を拭いた。


咲は気持ちよさそうに、

目を細める。


「……ん」


小さな声。


雪弥は静かに髪を拭き続ける。


火鉢の火が揺れる。


咲は半分眠りながら、

雪弥へ身体を預けていた。


昔。


雪弥を抱いていたのは、

咲の方だった。


今は逆だ。


咲が小さく呟く。


「……雪弥」


雪弥は手を止めない。


「なに」


咲は眠そうに笑った。


「……あったかい」


雪弥は少し黙る。


それから。


「……咲も」


咲は嬉しそうに目を閉じた。


外では雪が降っている。


静かな夜だった。

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