第二十二話 宿場
雪は、
まだ降っていた。
宿場町は静まり返っている。
人の気配がない。
でも。
血の匂いだけが濃かった。
雪弥は咲を背負ったまま、
路地の奥を見る。
黒い影。
異様に長い首。
裂けた口。
界骸は雪弥を見て笑っていた。
くつくつくつ――。
咲が雪弥の背で震える。
「……ゆき」
雪弥は静かに山刀を抜いた。
猟師が使う、
厚刃の短い刃。
刀というより、
山で生きるための道具だった。
浪人が地面を這いながら叫ぶ。
「逃げろ!!
そいつは斬っても死なねぇ!!」
雪弥は界骸を見たまま、
小さく言う。
「……なら、
動けなくする」
次の瞬間。
界骸が消えた。
速い。
がきんっ!!
火花。
雪弥は山刀で受ける。
重い。
足が雪へ沈む。
界骸の裂けた口が、
目の前で歪んだ。
臭い。
血と腐肉の匂い。
雪弥は眉をひそめる。
「……臭い」
界骸が一瞬止まる。
その隙に、
雪弥は身を捻って距離を取った。
だが。
浅い。
咲を背負ったままでは、
踏み込めない。
路地の奥から、
別の声が響く。
「火だ!!
火を使え!!」
浪士が三人、
松明を持って走ってきた。
顔は疲れ切っている。
先頭の男が叫ぶ。
「京で見た!
斬っても戻る!」
雪弥が低く聞く。
「……戻る?」
浪士は青ざめた顔で答える。
「ああ。
何度でも湧く。
燃やしても時間稼ぎにしかならねぇ」
界骸が唸る。
次の瞬間、
浪士へ飛びかかった。
「伏せろ」
雪弥の声は静かだった。
だが。
間に合わない。
ぶしゃっ。
浪士の肩が裂けた。
悲鳴。
血。
界骸が笑う。
雪弥は踏み込む。
山刀が閃く。
界骸の脚を斬り飛ばす。
黒い血が雪へ散る。
すぐ再生し始める。
「……遅い」
雪弥は呟く。
再生の隙。
そこへ浪士が松明を叩き込んだ。
火。
界骸が叫ぶ。
ぎゃあああああっ!!
黒い肉が燃える。
焦げた匂いが雪へ広がる。
界骸は暴れ回り、
やがて崩れた。
黒い灰。
でも。
灰は消えない。
雪の上で、
小さく蠢いていた。
浪士が震える声で言う。
「な?
死んでねぇんだよ」
雪弥は黙って灰を見る。
咲が背中で震えている。
浪士は続けた。
「京はもっと酷ぇ。
夜になると人が消える。
辻斬りだけじゃねぇ。
あいつらが増えてる」
雪弥は山刀を収めない。
「……どうすれば消える」
浪士は首を振った。
「知らねぇ。
誰も知らねぇ」
雪弥の目が細くなる。
黒い灰は、
まだ雪の上で生きていた。
気味悪く。
しつこく。
まるで、
また形を取り戻す日を待っているみたいに。
雪弥は小さく言った。
「……倒すだけじゃ、
終わらない」
浪士が雪弥を見る。
「お前、
京へ行くのか」
少しの沈黙。
咲の震える息。
遠くの風。
雪弥は答えた。
「……行く」
そして。
燃え残る灰を見下ろす。
「終わらせ方を探す」




