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第二十話 白河

雪は、

朝まで降り続いていた。


朝倉家は静かだった。


囲炉裏の火だけが、

小さく揺れている。


咲は布団の上で、

ぼんやり天井を見ていた。


左腕はない。


右足も膝から先が消えている。


傷口は、

黒く変色したままだった。


でも。


血はもう止まっている。


普通じゃない。


人間の傷じゃない。


咲は小さく笑った。


「あは……」


力のない声。


雪弥は囲炉裏の前で、

黙って刀を研いでいた。


しゃり、しゃり――。


一定の音だけが響く。


咲が雪弥を見る。


焦点の合わない目。


でも。


雪弥だけは分かるらしい。


「……ゆき」


雪弥は手を止める。


咲が少し笑った。


「いた」


子供みたいな声だった。


雪弥は静かに立ち上がる。


咲の隣へ座る。


咲は安心したみたいに、

雪弥へ身体を寄せた。


軽い。


壊れそうなくらい。


雪弥は何も言わない。


でも。


そっと咲の身体を支える。


外では風が鳴っている。


白河は変わった。


夜になれば、

誰も外を歩かない。


人が消える。


界骸が出る。


そして。


時代も壊れ始めていた。


文久三年。


京では、

浪士たちが集まり始めている。


新選組結成


その名は、

もう白河にも届いていた。


囲炉裏の火が揺れる。


咲がぽつりと呟く。


「……ゆき」


「なに」


「どこ、

 いくの」


雪弥は少し黙る。


それから。


「……京」


咲はぼんやり瞬きをした。


「きょう……」


雪弥は頷く。


「治す方法があるかもしれない」


咲は少し考える。


それから。


小さく笑った。


「あは……

 ゆきとなら、

 どこでもいい」


雪弥の目が、

少しだけ揺れる。


その時。


風が吹いた。


障子がかたかた鳴る。


雪弥は外を見る。


山の向こう。


黒い影が立っていた。


禍津。


裂けた口で、

こちらを見て笑っている。


雪弥は無表情のまま、

刀を握った。


咲が雪弥の袖を掴む。


「……いかないで」


震える声だった。


雪弥は咲を見る。


昔。


泣き虫だったのは、

自分の方だった。


今は逆だ。


雪弥は小さく息を吐く。


それから。


「……行かない」


咲は安心したみたいに、

目を閉じる。


雪弥は静かに立ち上がった。


荷物をまとめる。


源蔵の猟銃。


山刀。


少しの金。


それだけ。


もう。


白河へ戻る気は無かった。


昼過ぎ。


雪は少し弱くなっていた。


雪弥は咲を背負う。


咲は雪弥の背中へ、

静かに頬を寄せていた。


昔より広い背中。


温かい。


咲は小さく笑う。


「……おっきくなったねぇ」


雪弥は前を向いたまま答える。


「……咲が軽いだけ」


「あはは……」


壊れたみたいな笑い声。


でも。


少しだけ昔に近かった。


朝倉家が遠ざかる。


囲炉裏。


雪。


源蔵。


全部。


後ろへ消えていく。


雪弥は振り返らなかった。


白い雪の向こう。


京が待っていた。


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