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第十九話 残された冬

文久三年。


新選組結成


の噂は、

白河にも広がっていた。


「京に人斬り集団が出来たらしい」


「壬生浪士組とか言ったか」


「化け物みてぇに強いんだと」


町はざわついていた。


最近の白河は、

夜になると静まり返る。


誰も外へ出ない。


界骸が増えていた。


しかも。


前より凶暴だった。


朝倉家。


咲は囲炉裏の前で、

味噌汁をよそっていた。


雪弥は薪を運んでいる。


源蔵が死んでから、

こういう生活にも慣れてしまった。


咲が振り向く。


「雪弥」


「……なに」


「京って、

 どんなとこなんだろね」


雪弥は少し考える。


それから。


「……臭そう」


咲が吹き出した。


「そればっか」


雪弥は真顔だった。


「人多いから」


「まぁ間違ってないけど」


咲は笑う。


でも。


その笑顔は少し疲れていた。


その時。


戸を叩く音がした。


ばん、ばん――。


咲が顔を上げる。


雪弥が先に立つ。


障子を開けると、

浪士風の男が倒れ込んできた。


肩から血を流している。


「た、助けてくれ……」


酒と血の匂い。


雪弥の目が細くなる。


男は震えていた。


「京はもう駄目だ……

 化け物が出る……」


咲が男を囲炉裏の近くへ寝かせる。


男は怯えた目のまま続けた。


「人を喰う……

 夜の化け物だ……」


雪弥は黙って聞いていた。


その時。


風が止む。


雪弥の表情が変わる。


「……咲」


低い声。


咲の背筋が冷える。


外。


いた。


雪弥は山刀を掴み、

外へ飛び出す。


雪。


闇。


黒い影。


でも。


禍津じゃない。


もっと獣に近い。


飢えたみたいに、

低く唸っている。


界骸だった。


雪弥は踏み込む。


がきんっ!!


火花。


速い。


界骸の腕が、

異常な角度で曲がる。


雪弥が舌打ちする。


その瞬間。


もう一体いた。


「――っ」


家の裏。


咲の悲鳴。


雪弥の顔色が変わる。


振り向く。


遅い。


黒い影が、

咲へ飛びかかっていた。


「雪弥――!!」


ぐしゃり。


血が舞う。


咲の絶叫が、

白河へ響いた。


雪弥が界骸を斬り飛ばす。


でも。


遅かった。


雪へ、

咲の左腕が落ちている。


少し離れた場所には、

右足。


血。


血。


咲が倒れていた。


「あ……

 ぁ……

 あぁぁぁぁ……」


震えている。


でも。


もう目の焦点が合っていない。


界骸は咲の腕を喰っていた。


ぼり、ぼり、と。


雪弥の頭が真っ白になる。


次の瞬間。


山刀が界骸の首を叩き落としていた。


黒い血が雪へ散る。


でも。


咲の腕も、

脚も戻らない。


雪弥は咲を抱き起こす。


軽い。


壊れそうなくらい。


咲は雪弥を見ていなかった。


ただ。


震えながら笑っている。


「ゆき……

 ゆき……

 あは……

 あはは……」


雪弥の呼吸が止まる。


壊れた。


そう分かった。


その時。


後ろから足音がした。


雪。


黒い着物。


長い黒髪。


白い肌。


細い身体。


でも胸元だけ、

場違いなくらい存在感がある。


紫苑だった。


眠そうな紫の瞳で、

咲を見る。


それから。


少しだけ眉を寄せた。


「うわ。

 えぐ」


雪弥が睨む。


紫苑は気にしない。


雪弥の隣へしゃがみ込む。


雪と、

花みたいな匂い。


でも。


どこか血の匂いも混じっていた。


雪弥は眉をひそめる。


この女だけは、

匂いが読めない。


紫苑は咲の傷口を見る。


黒く変色していた。


傷口が、

ゆっくり蠢いている。


紫苑が小さく呟く。


「……界骸に深く喰われたね」


雪弥の声が低くなる。


「……治せ」


紫苑は少しだけ笑った。


「無茶言うなぁ」


軽い声だった。


でも。


目は笑っていない。


紫苑は咲の額へ触れる。


咲は壊れたみたいに笑い続けていた。


「あは……

 ゆき……

 ゆきぃ……」


紫苑がため息を吐く。


「精神が先に壊れたか」


雪弥の拳が震える。


「……どうなる」


紫苑は少し黙った。


雪を見る。


静かな夜。


それから。


「その子、

 もう普通には戻らない」


雪弥の呼吸が止まる。


紫苑は続けた。


「歳も取らない。

 死ににくくなる。

 ずっと壊れたまま」


雪弥が紫苑の胸ぐらを掴む。


「治せ」


紫苑は抵抗しない。


眠そうな目のまま、

雪弥を見る。


「だから京へ行くんだよ」


静かな声だった。


「禍津が集まり始めてる。

 このままだと、

 白河も終わる」


雪弥の目が揺れる。


紫苑は小さく笑った。


「刻守が逃げる気?」


その言葉だけで。


雪弥の身体が止まった。


紫苑は立ち上がる。


黒い着物を払う。


「まぁ、

 行く行かないは好きにしたら」


それから。


少しだけ咲を見る。


「あたしはもう、

 何回も見たし」


雪風が吹く。


視界が白く染まる。


次の瞬間。


紫苑の姿は消えていた。


静寂。


咲の壊れた笑い声だけが、

雪の夜へ響いていた。


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