第十八話 京の影
外から、
悲鳴が響いた。
雪の夜。
白河の静寂を裂くような声だった。
咲がびくりと肩を震わせる。
雪弥はもう立ち上がっていた。
山刀を掴む。
障子を開ける。
冷たい風が吹き込んだ。
雪。
血。
そして。
腐った臭い。
雪弥の目が細くなる。
いた。
庭の向こう。
街道側。
人影が倒れている。
浪人だった。
腹を裂かれ、
雪へ血を撒いている。
まだ生きていた。
「た、すけ――」
ぐしゃり。
顔が潰れた。
咲が息を呑む。
雪の中。
黒い影が立っていた。
長い腕。
裂けた口。
白い顔。
そして。
笑っている。
くつくつくつ――。
雪弥の背筋が冷える。
知らない。
知らないはずだった。
でも。
身体だけが、
この化け物を覚えている。
血の匂い。
雪。
耳障りな笑い声。
胸の奥が、
嫌な音を立てた。
界骸が雪弥を見る。
「おォ」
嬉しそうに口を歪める。
「でかくなったなァ」
咲の顔色が変わる。
呼吸が浅い。
震えている。
界骸はそれを見て、
さらに笑った。
「いい顔するじゃねェか、
咲」
咲が後ずさる。
あの日の記憶。
雪。
血。
父ちゃんの叫び。
全部蘇る。
界骸が首を傾げた。
「まだ夜眠れてねェ?」
雪弥の目から、
感情が消える。
山刀を握る。
界骸がにやりと笑った。
「お前、
まだ刻守になってねェのか」
雪弥は答えない。
でも。
身体が熱かった。
心臓が、
嫌な音を立てている。
界骸が笑う。
「つまんねェなァ」
次の瞬間。
消えた。
速い。
雪弥は反射で動いていた。
がきんっ!!
火花。
山刀が弾かれる。
腕が痺れる。
界骸は楽しそうだった。
「いいねェ」
蹴り。
雪弥の身体が吹き飛ぶ。
雪へ叩きつけられる。
咲が叫んだ。
「雪弥!!」
界骸はゆっくり近づく。
雪を踏みながら。
「弱ェなァ。
猟師の親父の方が根性あったぜ?」
雪弥の視界が揺れる。
怒り。
殺意。
でも。
身体が追いつかない。
界骸が雪弥の髪を掴もうとした。
その瞬間。
ばんっ!!
銃声。
界骸の肩が弾け飛ぶ。
咲だった。
源蔵の猟銃。
震える手。
でも。
真っ直ぐ界骸を睨んでいる。
界骸が目を細める。
「似てきたなァ」
咲は唇を噛む。
怖い。
逃げたい。
でも。
雪弥だけは死なせたくなかった。
界骸は再生しながら、
面倒そうに肩を回す。
「今日はここまでにしとくか」
雪弥を見下ろす。
裂けた口が笑う。
「京へ来いよ、
刻守」
その瞬間。
雪風が吹いた。
視界が白く染まる。
そして。
界骸の姿が消える。
静寂。
咲の荒い呼吸だけが残った。
雪弥はゆっくり立ち上がる。
拳を握る。
勝てない。
何も守れない。
その悔しさだけが、
胸の奥に残っていた。
翌日。
白河へ旅人が流れてきた。
皆、
同じ話をしている。
「京がおかしい」
「浪士が集まってる」
「人斬り集団まで出来たらしい」
その名は――
新選組結成
時代が、
また動き始めていた。




