第十五話 猟師
くつくつくつ――。
外から、
笑い声が聞こえる。
人間みたいな声。
でも。
人間じゃない。
囲炉裏の火が、
ぱちりと鳴った。
朝倉源蔵は無言で立ち上がる。
猟銃を掴む。
咲の顔が強張った。
「……父ちゃん」
源蔵は振り返らない。
「戸を開けるな」
低い声だった。
雪弥は静かに外を見ている。
あの臭い。
雪。
血。
腐った肉。
そして。
“あれ”。
外にいる。
源蔵が戸へ近づく。
くつくつ。
また笑い声。
障子の向こうに、
細長い影が映った。
異様に長い腕。
揺れる首。
人間じゃない形。
咲が息を呑む。
源蔵は火縄へ火を移した。
「……山の獣なら、
まだ可愛げあったな」
戸を開ける。
吹雪。
冷たい風が流れ込む。
そして。
いた。
庭の真ん中。
黒い影。
白い顔。
裂けた口。
異様に長い腕。
界骸は、
雪の中で笑っていた。
「久しぶりだなァ」
低い声。
知性がある。
それが余計に気味悪かった。
源蔵は銃口を向ける。
「喋る化け物とか、
反応に困るな」
界骸が首を傾げる。
「お前、
前より面白ェな」
その瞬間。
ばんっ!!
火薬の音。
界骸の肩が弾け飛ぶ。
でも。
界骸は笑った。
肉が蠢き、
すぐ再生していく。
咲の顔が青ざめる。
「……うそ」
源蔵は舌打ちした。
「やっぱり化け物か」
界骸は笑いながら、
雪弥を見る。
「育ったなァ、
刻守」
雪弥は無表情だった。
でも。
背筋だけが冷えていく。
知らない。
知らないはずなのに。
身体が、
こいつを知っている。
界骸が一歩前へ出る。
その瞬間。
源蔵が雪弥を突き飛ばした。
「下がれ!!」
ぶしゃっ。
血が舞う。
咲が悲鳴を上げる。
界骸の腕が、
源蔵の腹を貫いていた。
「……っ」
雪へ血が落ちる。
でも。
源蔵は倒れない。
震える手で、
界骸の腕を掴む。
「咲!!
逃げろ!!」
咲が凍りつく。
脚が動かない。
源蔵は叫ぶ。
「雪弥ァ!!」
その瞬間。
雪弥の身体が動いた。
考えるより先に。
斧を掴む。
踏み込む。
界骸の腕へ叩き込む。
ぐしゃっ。
肉が裂ける。
界骸が初めて顔を歪めた。
「……あ?」
雪弥自身も驚いていた。
今の動き。
自然すぎた。
まるで。
何度もやったみたいに。
界骸が笑う。
「いいねぇ」
次の瞬間。
源蔵の身体が吹き飛んだ。
壁へ叩きつけられる。
咲の叫び。
雪弥が振り向く。
源蔵は血を吐きながら、
笑っていた。
「……逃げろ」
雪弥の目が揺れる。
源蔵は震える手で、
猟銃を持ち上げた。
そして。
最後の一発を撃つ。
ばんっ!!
火花。
硝煙。
界骸の顔が吹き飛ぶ。
その隙に。
源蔵が怒鳴った。
「走れぇぇぇぇ!!」
雪弥は咲の手を掴む。
咲は涙を流していた。
「父ちゃん!!」
源蔵は笑った。
「生きろ」
次の瞬間。
界骸の腕が、
源蔵の胸を貫いた。
血。
雪。
静寂。
雪弥は立ち止まらない。
咲の手を引き、
吹雪の夜を走る。
後ろから。
界骸の笑い声だけが、
いつまでも追いかけてきた。




