第十二話 春を待つ
雪は、
何度も白河へ降った。
雪弥が朝倉家へ来てから、
三年が過ぎようとしていた。
朝倉家の囲炉裏では、
今日も火が揺れている。
幼い雪弥は、
咲の隣で静かに座っていた。
昔ほど泣かない。
でも。
咲が見えなくなると、
不安そうに家の中を探した。
「雪弥ー」
咲が顔を出す。
その瞬間。
雪弥の肩から、
少しだけ力が抜ける。
咲はそれを見て笑った。
「また探してたでしょ」
雪弥は何も言わない。
ただ。
咲の袖を掴む。
咲は嬉しそうだった。
源蔵は煙管を咥えながら、
その様子を見ている。
「お前ら、
ほんと兄妹みてぇだな」
「兄妹じゃないし」
咲が即答する。
でも。
少しだけ顔が赤い。
その頃。
白河の町では、
妙な噂が増えていた。
嘉永六年。
黒船来航
「黒い船が江戸へ来たらしい」
「異国の船だとよ」
町人たちは不安そうに話している。
武士たちも落ち着かない。
白河みたいな地方にまで、
時代の揺れが届き始めていた。
源蔵が酒を飲みながら呟く。
「……嫌な時代になるな」
雪弥にはまだ分からない。
でも。
大人たちの顔が、
少しずつ変わっていくのは感じていた。
夜。
雪が降っていた。
源蔵は壁へ立て掛けた猟銃を確かめ、
戸締まりを見て回る。
昔より、
そうする日が増えた。
町外れでは、
時々人が消えた。
山では、
獣みたいな死体が見つかった。
誰も口にはしない。
でも。
皆どこか怯えている。
咲は雪弥を布団へ押し込む。
「ほら寝る」
雪弥はじっと咲を見る。
咲の匂いがした。
雪。
香。
少しだけ汗。
安心する匂い。
雪弥はそのまま、
咲の袖を掴む。
咲が呆れたように笑う。
「……甘えすぎ」
雪弥は無表情のまま、
小さく呟く。
「……咲がいると、
落ち着く」
咲が少し固まる。
それから、
誤魔化すみたいに笑った。
「なにそれ。
急に変なこと言うし」
雪弥は黙る。
でも袖は離さなかった。
咲は小さく息を吐いて、
雪弥の頭を撫でる。
その時。
外から、
遠い鐘の音が聞こえた。
ごぉん――。
重い音。
雪弥が顔を上げる。
その瞬間。
山の方から、
嫌な気配が流れてきた。
冷たい。
暗い。
胸の奥がざわつく。
雪弥は障子の向こうを見る。
何かいる。
でも。
まだ見えない。
咲は気づかない。
「雪弥?」
雪弥はしばらく黙っていた。
それから。
小さく呟く。
「……また来る」
咲の笑みが、
少しだけ止まった。




