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銀と終末のトランスポーター  作者: 終乃スェーシャ(N号)
三章:照らす火、継ぐ炎
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死ぬ

 寒々とした夜の空気が喉を荒く撫でていく。


 鬱蒼とした街並みが横を過ぎ去っていく間だけは、何も考えないでいられて、冷え込んだ空気がどこか心地よく思えた。淡々と走り続けて、響く吐息。


「なぁ、レーニャ。一つ聞きたいことがあるっていうか」


「……なんだ。言ってみろ。ルーディオみたいなことを聞いたら殴り飛ばすが」


 長い銀の髪を揺らし、レーニャは威圧的な口調でそんな冗談を口にした。


「いや、今聞きたいことが二つになったな。ルーディオみたいなことってなんだ?」


 冗談に冗談を返しただけだったが。ジトリと、射殺すような視線が突き刺した。


「いや、……答えなくていい。…………いいです」


「分かってるならそれでいい。それで、もう一つはなんだ」


 レーニャは澄ました態度でそっぽを向いたが。ほんの僅かに口角が上がっているようにも見えた。


 ほんの一瞬に見惚れて、聞こうと思っていた言葉が少し詰まる。


「……その、レーニャの父親ってさ。【銀炎】なんだろ? ……どんな人なんだ?」


「強い」


「そりゃそうだろうな…………」


 【銀炎】――銀の色付き。


 色付きであるからには、たった一人で都市を支配する大企業様と対等か、滅ぼせるぐらいの力を持っている怪物なのは確実だろう。


 圧倒的な力。理不尽な力。それが銀の焔に由来するから、畏怖を込めて【銀炎】と呼ばれるようになったのだろう。


 けど聞きたいのはそういうことじゃない。


 《秒針》と《分針》の届け先で、順調に事が進めば、会うことになるかもしれない人で、レーニャの父親で、アメリアが殺された間接的な原因でもある奴が…………。


「人柄とか、内面の話だよ。どんな人なのかなって」


「難しいことを聞くな。…………うん、そうだな。パ、父さんは…………その、優しい人だ。強いし。……銀雲急便のなかで悪く言う者はいないと断言していい。ワタシが暗殺されそうになったときも颯爽と現れて、助けてくれた。……凄く格好いい。ワタシの誇りだ」


 恥じらいと誇らしさが混ざり合って声が上擦る。


 レーニャは言葉に悩むように呻くと、吐息が白く染まった。


 帽子を深く被り直し俯く。


「……何故そんなことを聞いてくる」


「いや、気になるだろ? 色付きだぞ。色付き。……それに、そいつが時計の針を欲しがったから結果的に姉さんは死んだからな」


 レーニャの目つきが変わるのが分かった。ジトリと、重い睥睨。……姉さんが助けに来てくれたときの眼に似ていた。家族を守ろうとする者の眼差しだ。


 酷い嫌味を口にしそうになって、ディストは咄嗟に自分の顔を手で掴み隠した。……彼女は何も悪くはない。家族を悪く言われるのが不快なだけだ。


 分かっていても、喉の奥を羨ましさが突き刺していて、自己嫌悪に頬が引き攣る。それでも乾いた笑みを浮かべて、なんてことないフリをした。


「あー……別に、殺してやろうって話じゃないしレーニャに文句を言ってるわけじゃないぞ。ただどんな奴が、どんな理由で欲しがってんのか、知りたいんだよ。……どんな形であれ納得したいんだ。わからないままじゃ、ずっと悪夢はなくならないだろ? 俺は……姉さんが理由で苦しみたくない」


(ディスト、私と二人きりのときはそんな仏頂面しないでよ。もっと笑おう。ね? 黙ってたらくすぐるよ)


 言葉はいつだって鮮明だった。砕けたような笑みも。


 思い出すたびに胸の奥が空っぽになって、息ができなくなる。


 目頭が熱くなったとき、レーニャはそっと顔を背けて見ないでいてくれた。


 走る靴音。街の雑然としたノイズだけが響いていくなかで、ディストはゆっくりと息をついた。


 気づけば、レーニャの背がいつもより近くにあった。


 まだ宿には着いていないはずだが、彼女の足取りが遅くなっていって、そのうち立ち止まる。久々に追いつくことができた。


「ふーー……。どうしたんだ? ッー、おかげで追いつけたが」


 尋ねたがレーニャの応答は必要なかった。稜線を超えると、横転した車が黒煙と薄汚い炎をあげて路地を塞いでいるのが見えた。


 よくあることでしかないから、誰も関わろうとはしない。


「誰か、手伝ってくれませんか!? 運転手の方が取り残されていて……!」


 劈くように声が響いた。幼い少女が一人だけ、救助活動をしていた。


「わかった。手を貸す」


 すぐにディストは血相を変えた。見ているだけはできなくて、銀の火を灯すと同時、炎上した車両を両手で押し持ち上げていく。


「だから、考えなしに助けるなと……ああクソ」


 悪態をつきながら、レーニャもすぐに車へ向かった。


 銀の炎を放出し、加速によって膂力を補いながら車を持ち上げると、なんとか運転手を引っ張り出せる程度の隙間を作り出す。


「ありがとうございます! これで――」


 人助けをしていた少女が感激するように感謝を口にしてくれる。しかし同時、背に金属の感触が触れた。それは鋭く服に食い込んで、手遅れになってから背筋が凍り付くような感覚が全身を覆った。


 ディストは咄嗟に歯を軋ませて身を翻し――。


「ッーーー!」


 目が合う。正義感に輝く金色こんじきの双眸。


 遅れて、視界に入る無骨な打突機。砂漠の怪物を殺すための装備だ。


 道を塞ぐ車も、助けるフリをしていたのも――罠だ!


 硬い装甲を貫き爆破するための武器が、人体に用いれば文字通り粉々にする凶器が、身体に押し付けられていた。


「クソが……ッ!」


 言い残せたのはそんな悪態一つだけだった。


「嗚呼、正義を執行してあげますよ!!」


 少女は豹変して凶暴な笑みを浮かべると、即座に引き金を振り絞った。


 ダン! と炸薬が破裂する。赤熱した金属杭が皮膚を突き破り骨を砕くと、視界一面に鮮血と内臓の破片が広がって――死ぬ。


 遠のく意識と自分の身体。痛みはもはや皆無だった。


 耐え難い耳鳴りが五感を覆い尽くす中で、カチカチと。


 時計の針の音だけが残響の尾を曳いていく。


「――逆巻け。《分針》」


 レーニャの声だけはハッキリと耳に入って、同時、五感が振り戻る。バラバラになった肉体が繋がって、死が消えて――巻き戻る。

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