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銀と終末のトランスポーター  作者: 終乃スェーシャ(N号)
三章:照らす火、継ぐ炎
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針は止まり、腕は砕け

「ッーーー!」


 時間が遡行し、再び目が合った。正義感に輝く金色の双眸。


 凶暴な笑みが向けられる。再び引き金に指が触れる刹那、ディストは少女の身体を渾身の力で蹴り飛ばし、そして唱えた。


「悔いろ!! 《秒針》!」


 異界道具の力を行使して時を停滞させ、僅かな猶予を作り出す。


 だが、一手遅い。避けきるのは間に合わない。


 ディストは決意するように限界まで歯を噛み締めた。利き腕ではない手で打突機を握り、可能な限り炸裂から距離を取る。


 カチリと。時間が動き出すと同時、炸薬が破裂する轟音が全身を震わせた。赤熱した金属杭が皮膚を突き破り骨を砕くと、視界一面に鮮血と腕の破片が広がっていく。


「があッー……!!」


 絶叫する猶予はなかった。吐瀉したくなるほどの激痛を呑み込んで、眼の前の敵と対峙する。


 長く結んだプラチナの髪。衣服は全身を覆うことはなく、腹部や首元を守るものはない。おそらくは身体自体の強化に注いでいるタイプだろう。


 生半可な銃弾や刃物は柔肌を貫くこともできないはずだ。


 どこから、いつの間に取り出したのか。


 小さな体躯にはあまりに無骨で大きな打突機を身に着けていた。もう一方の手には巨大なスレッジハンマー。蒸気を舞い上げて、砂音を鳴らしながら重々しい槌頭を引きずっていた。


 緊張し、限界まで張り詰めた空気のなかで少女は満面の笑みを浮かべた。美しく輝く金の瞳が爛々と、光輝の尾を曳いていく。


「んんーー!? 今のを逃げられるはずがないのですが。さては――使いました? 時計の針の力を――オルトロス十三区の【正義】を前にして!!」


 【正義】――フェンリル社管轄の治安維持隊だ。……名目上は。


 実際のところは自社の管轄ではない異界道具やら特異な技術を簒奪するか、抹消するために構成された……殺しと破壊の専門家でしかない。


「随分な御挨拶だな。俺たちを引き留めるためにわざわざ車まで用意してくれたのか? 知ってるか? 横転した車じゃ走れねえぞ」


「無駄口が多い男ですねぇ」


 純白の打突機の引き金が再び絞られた。炸薬が破裂し、空気が爆ぜて劈く。


 青白い閃光と衝撃波がビリビリと全身を戦慄かせると、片目が霞んだ。時計の音が聞こえなくなっていく。


「ディスト、逃げる前提で交戦する。片腕がない状態で勝ち目のある敵ではない。アレが本当にフェンリル社からの刺客というのならば、異界道具も使い物にならん。奴らはそういった力を抑制する技術がある」


 険しい視線が光を灯す。四肢から舞い上がる銀の炎。 レーニャは自動拳銃を【正義】へ向けた。――銃声、銃声、銃声。


 弾丸は炎を帯びて加速したが、華奢な体躯を貫くことはなかった。


 空気が歪み青碧の電光が溢れると、熱分布図にも似た光彩が広がる。


 ……偏向障壁フォースシールドだ。弾丸が形成された力場に激突し、金属音を打ち鳴らして転がり落ちていく。


 レーニャは分かりきっていた様子で地を蹴り砕いた。銀の飛沫が跳ねて遠心力と加速によって軍刀を振るい薙ぐ。


 鈍く金属同士がぶつかりあった。重々しいスレッジハンマーの金頭が刃を打ち流すと、摩擦しあい、火花を散らす。


 【正義】は歪んだ笑みを浮かべると、軽々と飛んで距離を取った。夜闇のなかでもくっきりと映る髪が燃える車の灯りを浴びて煌めく。


「オルトロスの名を! フェンリルの名を! 知っているとは光栄ですね!」


 知らない者などいないだろう。


 所属社員の誰もが、感情に共鳴する作用を妨げる装備を支給されているイカレ企業。人間以外を恨んでいて、科学以外を信じちゃいない。


 ゆえに彼らが販売する武装は対怪物としては信用に値するものだから、仕事上何度か取り扱ったことがある。――最期の仕事も、フェンリル社の名を冠した武装の取り付けだった。それが姉さんの身体を撃ち抜いた。


 次の標的はレーニャと自分だ。目の前の女は時計の針を狙いにきた敵だ。


 車の事故も偶然なんかじゃないだろう。姉さんが託した物を奪うための手段に過ぎない。


「こいつが尾行してた奴かッ!? リーダーはいつ来る……!」


 ディストもまた、荒々しく炎を噴き上げた。


 一度殺されたという確かな事実が心身に刻まれていて、息の仕方も忘れそうになる。張り詰め、心臓の音しか聞こえなくなっていく。


「敵が【正義】一人ならすぐ来るはずだ」


 そんな淡い期待をかき消すように、夜の街に遠吠えが響いた。無数に、重なって、互いの位置を確かめ合うように鋭く響き渡る狼の声。


 直接の姿が見えずとも、ディストがそれを知らないはずがなかった。


「――あいつらだ!! 姉さんを殺した狼共……! クソ犬共がっ……! 嗚呼、そりゃいるよな! 姉さんをぶっ殺したのに、時計の針を回収し損なったバカ犬共が!! 殺してやる……。全員」


 一瞬で恐怖はなくなった。怒りと殺意が体を突き動かして、途方もない痛みを麻痺させて、不格好に、片手だけで軍刀を握り締める。


 ぐらついて、倒れそうになる姿を炎が映し出していた。構いっこない。幽鬼のごとく構えた。


 動揺と困惑は消えて、歯を噛み締めたままただ敵を睨み据える。


「ディスト、何も考えずに真っ直ぐ走れ。逃げるだけならお前のほうがよっぽど敵より素早いはずだ。……その腕の失血じゃ十分はもたん。お前の意思がどれだけ強かろうが気絶する」


 千切れた腕から大量の血が溢れ流れていくから、すぐさま義体施術用の止血アンプルをぶっ刺した。


 一転して下がる心音。副作用的に生じる鎮静さが視界を歪めていく。


 それでも……血は止まった。


 薬のせいで血の気が引いていくが、今に身体を突き動かそうとする怒りを銀の火にくべると、さらに燃え上がり夜闇を切り裂いていく。


 残ったのは――殺意だけだ。けどそれは目的じゃない。


 焔を滾らせる手段だ。交わした約束を守るための手段だ。


「腕は……問題ない。あとでもっと便利なやつでもつけるさ。お前らんとこの義手でもな。……さっきは悪かった。死なないって約束だったのに。……今は、問題ない。俺は俺を守るし、レーニャのことも運び切る。…………そのためにあれは殺す」


 鞘疾り、鋭い切っ先を向けた。


 刀身に纏う銀色が揺れると、【正義】の笑みを照らす。


 高揚し、赤らんだ頬は吊り上がっていた。爛々と輝き続ける瞳がディストとレーニャを映し出す。


「嗚呼、叶うことならあなた達が時計の針を運ぶ者でなければよかったのに。きっと友になりえましたよ。正義とは躊躇わぬこと。正義とは顧みぬこと。あなた達は全て満たしています。ゆえに理解できませんね。時計の針を揃えても、悲劇しか起こりませんよ!! あなた達が苦しむだけでしょうに!」


 【正義】が肉薄した。

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