二 家出少女を探して
ケイトの家を中心として、エリカ達は東西南北に分かれて彼女を探すことにした。
よく家出するようだが、遅くならないうちにしっかりと戻ってくるという話なので、そう遠くまで行っていないだろうとエリカは結論付けた。
その上で探しに行くのは三時間と決めて、それでも見つからなかった場合はRCISに相談しようという話になっている。
エリカは東側の通りを歩き始める。この方角は学院方面に通じているのも相まって、学生向けのお店が多い。言い換えれば一人でも立ち寄れる場所がいくらでもあるので、誰かを探すのは一番大変だと言えた。
歩いていると、制服を着ている学生が多いのがよく分かる。みんな、長いテストからようやく解放されたことの幸せを満喫しているようだった。
そんな彼らに親しく声をかけているのが屋台の店主達だ。かつて同じ学院に通った者として、学年末テストという長い戦いを乗り越えたばかりの後輩達を気遣っているようだ。
「お疲れさん。今ならこの焼き豚をまけとくよ!」
「これからどっかに行くんなら、お口直しにこのジュースはどうだい?」
「ちょいと散策に洒落込もうってんなら、サンドウィッチを持っときな!小腹が空いた時に便利だよ!」
威勢のいい掛け声を聞きながら、エリカは一つの屋台に立ち寄る。焼き豚串を売っている店主がニカッと笑いかけてくる。
「おう!嬢ちゃんは何本食べたいんだ?」
「じゃあ、四本でお願いします」
「そいつは嬉しいけどよ。結構ボリュームがあるから、そんなに食べると持て余しちまうぜ?」
「それなら三本で」
「あいよ!」
「後、隣で食べてても良いですか?」
「おう、良いぜ!そういうことなら一本ずつ渡そう。一気に渡すと、残りの串がどうしても冷めちまうからな!」
「ありがとうございます」
「子供が遠慮すんじゃねえよ!」
また店主がニカッと笑みを見せる。気持ちの良い人物だとエリカは思った。彼なら気軽に質問に答えてくれるかもしれない。
「はいよ、まずは一本な」
「ありがとうございます」
三本分の代金を受け取った店主は、焼けたばかりの串をエリカに差し出した。包み紙の中から香ばしい湯気が立ち上がっている。
エリカは串を手に取ると、口周りが汚れるのも構わずに豪快にかぶりついた。途端に程良い肉の甘みとソースの辛みが口の中に広がっていく。
「美味しい!」
「嬉しいね。良い食べっぷりだ。けど、もう少し落ち着いて食べねえと、せっかくの別嬪が台無しになるぜ?」
「大丈夫ですよ。この包み紙で拭けば良いだけですから」
そう言うと、エリカはすました顔で包み紙を口元に寄せると、丁寧に拭っていく。その所作で思うところがあったのだろう。店主はわずかに目を見開いた。
ここで貴族だとかしこまられるとやり取りが面倒になるので、エリカは慌てて質問して店主の関心を逸らす。
「ところで、ラミアの子は見ませんでしたか?その友達とはぐれちゃって」
「ラミアの嬢ちゃん?ああ、そう言えば見かけたよ。確か昼前に近いくらいだったかな」
だいたい十一時頃のことだろうとエリカは見当をつける。元々、王都にいるラミアが少ないことと、本来ならテスト中の時間帯での目撃情報から、店主が見かけたのは間違いなくケイトだとエリカは思う。
「そういや、そのお友達は同じ学生かい?」
「え?」
「いや、学生だったら制服を着てるよな……」
自分で自身にツッコミを入れる店主の言葉をエリカは聞き逃さなかった。つまりケイトは私服で行動していることになる。
エリカは二本目と三本目を纏めて包むように店主にお願いすると、改めて焼き豚串の美味しさを伝えた。
そしてケイトが向かったという方向へと歩き始める。まだ学生向けの場所が点在するが、王都内を流れる川向こうになると、少しずつ街並みが変化していく。
エリカはわざとゆっくり歩くと、ふらりと左側の路地へと入り込む。すぐに、彼女に続いてフードを被った女性が路地へと入ってきた。
「いつもありがとう」
「いきなりこんなところに入らないでください。エリカ様」
フードの中に見え隠れするその表情はどこかふくれっ面だ。エリカは思わず吹き出しそうになったが、表情は努めて真面目に、慇懃に彼女へと話しかける。
「屋敷の外なのだから、そんなにかしこまらないで頂ける?ブラッドリーさん?」
「うわぁ……、気持ちが分かるかも。けれど、私以外にも何人か警護についているみたいだから、あまり崩す訳にもいかないかな……」
そう言うとキャサリンは仕方なさそうに肩をすくめた。
彼女の過去を知っている者の中では、キャサリンの立ち位置は極めて複雑である。特にスタンフォード家の現当主とその妻は、彼女のことを未だに信用していなかった。
その気持ちも分かるからこそ、エリカはなるべく外の護衛にキャサリンを指名するようにしている。少しでも肩の力を抜ける場所がある方が良いと考えているからだ。
「じゃあ、ここで二人きりというのもマズいよね」
「まあ、そうよね……」
「ここまで来たら、もうちょっとくらい良いでしょう?」
そう言うと、エリカは包み紙を差し出す。鼻腔をくすぐる何とも言えない香りに、キャサリンのお腹が鳴き声を上げそうになる。
「……まあ、そうだよね。じゃあ、いただきます」
「はい、どうぞ」
二人の転生者は焼き豚串をゆっくりと頬張る。だが、ソースでべたべたなはずなのに、口周りにも手にも汚れが付かないのは、ひとえに生活環境に基づく所作の振る舞いにあった。
「……その子は私のせいで落ち込んじゃったのかな」
キャサリンがふと洩らしたのは、エリカが焼き豚串の大半を平らげた頃だった。エリカは豚の味わいの余韻を噛み締めると、おもむろに一言だけつぶやき返す。
「どうだろう」
模範試合では、各学年で決勝を勝ち取った者がキャサリンと戦った。だが、すっかり闇の中に沈み込んでいたキャサリンが手加減できるはずもなく、彼らは散々に打ちのめされ、自信をへし折られ、肉体と精神の両方に少なからず傷を負った。
だからこそ、今のキャサリンは自責の念を感じているが、エリカはあえて何も言わなかった。ただ、彼女が少しでも心の中のもやもやを吐き出せるように、エリカはここへ連れ込んだのだった。
どことなく重苦しい空気が漂う。だが、エリカはわざとケイトのことに意識を集中させる。キャサリンの抱えるものを最後に払拭できるのは、結局のところ彼女自身しかいないのだから。
エリカは王都の地図を頭の中に思い浮かべる。
屋台の店主の目撃情報に基づけば、ケイトが東側へ進んでいるのは間違いない。そのまま直進していれば心当たりになる場所がいくつか思い当たるが、キャサリンが思い悩むように模範試合のことを引きずっているのであれば、そういった賑わいのある場所は自然と避けるだろう。
そしてエリカは、キャサリンの想像通りだと思っている。
学校を休んでまで塞ぎ込んでいたケイトだから、必然的に人気のない場所へと進んでいくだろうが、東側でそのような場所となるとスラム街の周辺くらいしか思い浮かばない。そしてその辺りは、決して学生が、それも王都であっても物珍しい目線で見られるラミアが一人で出向く場所ではなかった。
エリカはちらりとキャサリンを見やる。まだどこか浮かない表情をしているのが雰囲気で分かったが、そろそろ動かなければならない。
エリカは包み紙をキャサリンに渡すと、残った串を火魔法でパッと消し去った。そしてまた通りへと戻り始める。
「じゃあ、引き続きお願いね」
何事もなかったかのようにエリカは微笑みかけると、当たりを付けた場所まで歩き始める。
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ケイトの気持ちは晴れなかった。
マクファーソン王国は超人族を保護してきたが、迫害こそないものの壁を感じさせる目線を向けてくる者はまだまだ多い。
特に希少種とされるラミアに対する、偏見に近い好奇の眼差しは強く、ケイトは小さい頃から王都での生活に不安を抱えてきた。
それを払拭する為に自身を磨いてきたケイトは、いつしか神童と褒めそやされる程に成長していた。
学院に入学してからも、一個上の先輩に同じラミアが、それも冒険者一家として名高いコンクリン家の跡取りがいたのは心強く、ようやくケイトは真の意味で自信を持てるようになっていた。
そこに降って湧いたのが御前試合の話である。周りとは違い、自身のルーツと向き合う意味が強かったこともあって、ケイトは圧倒的な実力を見せつけた。模擬戦では一位通過で、御前試合でも一位の栄誉を手にすることができた。
その時の彼女は今までの苦労が報われた思いだった。初めて心の底から晴れやかな気分を楽しんだひとときだった。
だが、それは模範試合であっけなく打ち砕かれた。遂に掴み取った達成感も身に付けた自信も粉々になってしまった。
身体に負った傷は、王室お抱えの白魔術師達の手で速やかに元通りに治してもらえた。だが、彼女の心に深く刻まれた傷痕に気付く者は誰もいなかった。
「相手は現役の冒険者なんだから、勝てなくたって仕方ないよ」
そう言って励ましてくれるクラスメイトも多かったが、ケイトもそれくらいのことは理解している。ただ、圧倒的な実力の差を前に、自分がこれからどう生きていけば良いかが分からなくなっていた。
幸いなことに、御前試合への出場者は学年末テストを免除してもらえるという話だったので、風邪を理由にケイトは自宅に引きこもることにした。けれども、一人の時間を作ったところで心のもやもやは広がって行くばかりだった。
最初は気分転換のつもりだった。軽く散歩にでも出て、外の空気を味わう。その程度の感覚だった。
だが、気が付けば思いのほか遠出をしていることに気付いた。これから戻ったところで母親にはいつもの家出のように見なされるだけだろう。
どうせなら、もっと遠くまで行ってみよう。
ふと、そう思ったケイトは、普段は行かないようなところにまで進んでいく。一応、道に迷わないように、極力一直線上に進んではいたが、それでも見慣れぬ景色が広がるにつれ、何とも言えないワクワクとした気持ちと、どことなく不安な気持ちが心の中でせめぎ合っていく。
そんなケイトが休憩場所に選んだのは、寂れた空き地だった。元々は家が建っていたのかも知れないが、残されているのは丸太にもならない大きさの木が二、三本、ベンチ代わりに置かれているだけと、今では見る影もない。
その一つに腰掛けて、ケイトは物思いに沈み込んでいた。
「はあ。自分はこれからどうなるんだろう」
独り言が口から出る。そんな自分に嫌悪感を抱いてケイトは首を振る。予想外だったのは、その独り言に返事があったことだった。
「どうなるんだろうね」
驚いて声の方を振り返ると、学院の制服を着た少女が自分の隣に座ろうとするところだった。ケイトは彼女に見覚えがあった。
「エリカ先輩……」
「覚えてくれてたんだ」
エリカはニコリと微笑む。
「ナタリアと一緒に家に行ったら、家出したかもってお母様に聞いてね」
そう言われた瞬間、ケイトは恥ずかしい気持ちでいっぱいになった。家出に間違いはないが、それを馬鹿正直に伝える母親に対する不満の気持ちが強まっていく。そして、この後に投げかけられるだろう心配の言葉にも身構えてしまう。
だが、その続きの言葉は意外なものだった。
「家出って冒険みたいで良いよね」
「え?」
「私もやってみたかったけど、結局できないままだったから」
「はあ……」
ケイトはまだ警戒心を解いていない。きっとどこかで説教のような話になるだろうと。けれども、エリカはそれ以上何も言わないまま遠くの方を見ているだけだった。
結局、先に話を切り出したのはケイトの方だった。
「……先輩はすごいですよね。あれ程強い冒険者に勝っちゃうんですから」
「え?ああ、あの時はちょっとだけ腹が立ってたからね。学生相手に本気出してんじゃない!ってね」
さっきより少しだけ大きな声で言うエリカにケイトは一瞬驚いた。だが、エリカの表情は柔らかいままだった。
「でも、まあ、それがプラスになったのかなって思うよ。それに、あの人もあの修羅場を生き抜いたばかりだったから、すごく辛かったんだと思う。それを何とかしたかったのかな」
一転、自分にも聞き取りにくい程の小声でそう言うと、エリカは笑みを閉ざした。
その表情はきっと自分にもあるのだろう。そう思うとケイトは少しだけ心がほぐれる気がした。
「あ、そう言えばご飯は食べた?」
「え?いや……」
急な話題転換は気遣いか、照れくささからだろうか。けれども、確かに朝から何も食べていなかった。
「それなら屋台に行こうよ。美味しい焼き豚串があってさ」
にこやかに話しかけてくるエリカの言葉に、ケイトは思わず頷いていた。
「じゃあ、いっぱい食べよう」
差し出された手を取ると、ケイトは軽く、それでいて優しく引っ張られる。手を引かれる感覚は新鮮で、初めて自分が今まで気負いこんでいたことを実感した。
「先輩。私はこれからどうやって生きていけば良いんでしょう?」
思わず弱音を吐き出してしまう。けれども、先輩の背中を見ていると、もやもやをさらけ出して甘えたくなる自分がいた。
エリカはそっと手を離すと、歩く速さを心持ち落とす。
「……きっと、ケイトは純粋なんだと思う。人よりも色々なものが見えて、色々なものを感じ取れて、それを自分の中に受け入れているんじゃないかな」
「……そうしたら答えは見つかるでしょうか?」
「見つからないでしょうね。そんなに簡単に見つかるなら、ケイトが悩むこともないんだから」
「そうですよね……」
「だから、いっぱい探していけば良いと思うよ。ケイトの悩みはあなた自身にしか分からないものだけど、だからこそ答えを見つけた時の楽しみや嬉しさもあなただけのものだから」
それ以上エリカは何も言わなかったし、ケイトもそれ以上何も聞かなかった。ただ、ケイトの心の中のもやもやは確実に薄れてきている。
きっと、まだまだ悩むこともあるだろう。けれど、今の自分ならそれを乗り越えていけるかもしれない。
そんな漠然とした希望を胸に、ケイトはエリカの背中を追いかけ続けた。
日差しも傾き始めた、穏やかなひとときのことである。




