一 親友からの相談
新年明けましておめでとうございます。
本年も宜しくお願い致します。
暖かい日差しが目に快い。
図書室を出たエリカは軽く背伸びすると、鼻歌交じりに廊下を歩く。
見るからに上機嫌な彼女に、恨めし気に話し掛けたのは親友の一人である。
「この裏切り者め~」
「ごめん、ちょっと何言ってるか分からない」
「何で、あんただけ学年末テストが免除なのよ~。御前試合に出たくらいでさ~」
両手を広げてしな垂れかかってくるグロリアを躱しつつ、エリカは心の中で軽く詫びる。とはいえ、辛いところもある身としては一言くらい不満を言いたくもなる。
「いや、私だけじゃないからね?それに、テスト免除の代わりにこうして自主的に勉強しなきゃならないんだから。これはこれで大変なのよ?」
「自主的な勉強?そんなの自習と変わんないんじゃん。良いなあ、楽ができてさ~」
「調べた内容を纏めたものを、先生に毎回見せなきゃならないんだよね。そこで不備があったら叱られるし」
「お、おう……」
「それに私の担当の先生が誰か教えてあげようか?マッコード先生だからね?」
「それは……ご愁傷様です」
テスト免除の代わりにしなければならないことを思い知らされたグロリアは、ようやく大人しくなる。
むしろ、今までと打って変わって気の毒そうな目線を向けてくるグロリアに、エリカは苦笑いを隠せなかった。
実は、グロリアが気遣う程には大変ではない。マッコードの元で進めているのは勉強ではなく、とある最重要機密のプロジェクトについてだからだ。
ジャベリンシップ。
冒険者ギルドでの事件において、一気に形成を巻き返した蒸気機関式戦艦のことである。
見た目は櫂船に近いが、櫂の動力を蒸気機関にしたことで従来以上の機動性を確保している。また、蒸気機関と魔術を組み合わせたことで、槍状の武器を超遠距離へ投擲することが可能となっている。
それまでの国家間のパワーバランスを変えるもの故に、ジャベリンシップの存在とそれに伴うあらゆるプロジェクトは厳重に秘匿されているが、エリカがそのことに立ち入っているのは、ひとえにスタンフォード家の領地の一部が海に面しているからである。
それにアルフレッドとエリカは、ジャベリンシップの攻撃力を間近で体感している。秘密厳守の勅命は未だ効力を有しているが、どうせなら抱き込んでしまおうと考えられたのも無理はない。
もっとも、そう仕向けたのはエリカ自身である。仮想敵を炙り出す為の囮へと勝手にさせられたことへの意趣返しが理由の大半を占めるが、本音を言えばキャサリンの存在をもっと身近な関係へと昇華させたい思いがエリカにはある。
後ろ暗い過去のせいで、キャサリンは一部の者達から未だに白い目で見られている。だが、蒸気機関の発見者でもある彼女が何らかの形で活躍できる機会があれば、完全な意味で汚名を返上する日が訪れるのも早くなるはずである。
そう思うのはエリカだけでない。マッコードも同じ思いを抱えていたからこそ、エリカのプロジェクト参画を全面的に擁護したという背景がある。
だが、当然そのような事情があるのを知らないグロリアは、まるでなぐさめようとするがごとくエリカの肩を抱き寄せると、励ますようにぽんぽんと軽く叩く始末だった。
「辛かったね。でも、もう大丈夫。今日で学年末テストも終わりだし」
「う、うん。そうだね……」
「んじゃ、ナタリアのところに行こっか」
「途中でシェリルとも合流できたら良いんだけど」
エリカ達は食堂へと向かう。
春の最大行事とも言うべき学年末テストが遂に終わりを迎えたということもあって、食堂の中はがらんどうとしている。
テストの重圧から解放された学生達は自由を求めるかのように、我先にと正門へと走り去っていったのだから、食堂ががら空きなのも当然のことと言えた。
「あ、エリカ!グロリア!」
思い思いの昼食を手に席を探すエリカ達に声をかけたのは、待ち合わせ相手のナタリアだった。彼女の隣にはシェリルもいる。
「ごめんね、呼び立てちゃって」
「別に気にしなくて良いよ。それでどうしたの?」
「いや、ちょっと困っててさ。みんなにも力を貸して欲しいんだけど」
そこまで聞いたグロリアが、ニヒルな表情を浮かべてナタリアを見つめる。
「嬢ちゃん。商人に何かを頼むんなら、渡すものも用意しているんだろうな?」
「じゃあ、あんたはいいや。エリカとシェリルに頼むから、その間どっかで散歩でもしといて」
「わー、冗談ですう。だから怒らないで」
そうおどけつつも、いつもより切り返しに精細さが欠けるナタリアの様子に気付いたグロリアは、エリカに軽く目配せする。
「話を戻すけど、何かあったの?」
「シェリルは二回目になっちゃうけどね……」
そう前置きしてからナタリアは話し始める。だが、その視線はどこか申し訳なさそうにエリカの方に向けられていた。
「後輩に私と同じラミアの子がいるの。ケイトって言うんだけどね。エリカは知ってると思う。御前試合で学年決勝戦に出てたから」
「ええ。槍を使ってたよね」
エリカは頷く。学年決勝戦での彼女の勇姿が思い出され、自然と頬が緩む。
「で、その子がどうしたの?」
「それがね……。ここ最近、授業を休んでるみたいなの」
「風邪とか?」
「ううん。一応、そういうことにはなってるんだけど、実際は家に閉じこもってるらしくて……」
「原因は知ってるの?」
「それなんだけど、どうも御前試合で自信をなくしちゃったみたいでさ……」
ナタリアの視線の意味に気付いたエリカは周りに気付かれないように、それでいて大きく息を吐き出した。
ケイトはエリカ達の学年決勝戦を見たのだろう。エリカが彼女の学年決勝戦を見ていたように。
その時の戦い方にショックを覚えたのかも知れない。そう思うと、エリカは少しだけ申し訳なさを覚えた。
「自信をなくした!?学年一位になったのに?」
模範試合でのことを知らないグロリアが目をくるりと回す。シェリルは何も言わないが、表情を見るに彼女と同意見だとエリカは予想した。
「まあ、ちょっとね……」
「何だか煮え切らないね。エリカはどうなの?その子のことを知ってるんでしょう?」
「まあ、知ってるけどね。御前試合は模擬戦とは全く違う雰囲気だったから、自信をなくしたのも理解できるって感じかな」
全く、どの口が言うのかと自分につっこみたくなったが、エリカは言葉を濁す。
「へえ、結構ハードだったんだね」
「エリカがそんな風に言うなんて、よっぽど大変だったんだ……」
グロリアとシェリルがうんうんと頷く。
「でも、ケイトちゃんの為に私達にできることがあるのかな?ほら、私やグロリアは別に御前試合に出ていたわけじゃないし、そもそも知り合いでもないから……」
「いや、私が助かるのよ。ほら、ね?」
そう言うとナタリアは自分の尾を持ち上げる。その顔はどこか寂しげに見えた。
前世でもあった話だが、差別意識というものはどこにでもある。それはこの世界でも同じで、学院の教育方針が行き届いているとはいえ、自分とは違う、少数派の相手に対するどこか排他的な風潮はまだまだ根強く残っている。
そしてそれを強く感じ取るのは、実際にその風当たりにさらされている人達である。
ナタリアだけでケイトをフォローしても、それは同族間の慰め合いにしかならないのだろう。
まして、原因の一つが「他種族」の行動にあるのだから、尚のことである。
「まあ、気持ちは分かるよ。私にできる範囲で手伝う」
境遇で理解できることが多いのだろう。シェリルが真っ先にナタリアの手を取った。
「要はその子のことを励ましたら良いんだよね?んじゃ、私の得意分野だ」
グロリアがニカッと笑みを見せる。
「じゃあ、行こっか」
エリカの言葉にみんなが頷いた。
思い思いの食事を終えた後、エリカ達はナタリアの案内で王都を歩いて行く。
程良い日差しが柔らかいが、太陽はまだ真上に来ていない。もうすぐ暖かさがじんわりとした暑さに変わる頃合いだ。
「そのケイトちゃんの家って、後どれくらいなの?」
四人の中で一番堪え性がないグロリアが、無邪気さを装ってナタリアに尋ねる。
「もう少しだね」
「そうなんだ。で、後どれくらい?」
「もう少しだねー」
「そっかあ。で、後……」
そんなくだらないやり取りを聞き流しながら、エリカは周りの景色に目を向ける。見慣れた通りから一本外れただけで、もうそこは知らない世界が広がっていた。
と言っても治安が悪そうなわけでもなく、普通の暮らしが広がっているだけなのだが、こういう機会がなければおいそれと散策することも叶わない身分に生きているエリカにとっては新鮮だった。
それに、街行く人々を見ていると妙な安心感を覚える。何回か知り合いを見かけたからだろう。それが意味するところを知っているだけに、エリカは気楽に過ごすことができている。
「ほら、着いたよ」
ナタリアが指し示したのは一つの建物だった。地中海の建物のようにレンガ造りで、風光明媚な外見だ。
その家の扉をナタリアがノックする。程なくして中から住人が姿を現した。
「こんにちは、ルースさん」
「ああ、ナタリアちゃん。良いところに来てくれたわ。娘のことなんだけど……」
そこまで話し続けて、彼女はナタリアの後ろにいるエリカ達の姿を認めた。その時、彼女の目がわずかだけ細められたことにエリカは気付いた。
「そちらは?」
「私の親友達です」
少しだけナタリアが緊張気味に答える。だが、その中でも親友という言葉の部分で強調することは忘れていなかった。
「そう。ルースです」
「グロリアです」
「シェリルです」
「エリカです」
どこか素っ気なさの残る自己紹介を互いに済ませると、ルースはすぐにナタリアの方へと視線を戻す。
「ルースさん。さっき言いかけてたことですけど……」
「それなんだけど、娘とどこかで会わなかったかしら?」
「え、いないんですか?」
「そうなのよ。どうも家出したみたいでね。まあ、昔から一人の時間が欲しいって言っては家を抜け出す子だから、いつもみたいにすぐひょっこり顔を出すんだろうけど。でも、せっかくナタリアちゃんが来てくれたのに、あの子ったら……」
「そうなんですか……」
「良かったら中で待つ?いつになるかは分からないけど、そんなに遅くはならないだろうし。あの子はそういうところでの心配はかけない子だからね」
「いえ、また改めて伺います」
ナタリアは一礼すると、エリカ達の方へと歩いて行く。その表情を見るまでもなくエリカが声をかける。
「じゃあ、探しに行こっか」
「え?」
「心配なんでしょう?お母さんは慣れてるみたいだったけど、ナタリアは違うんだから」
ちらりとグロリアとシェリルの方を見やると、二人も笑顔で頷いていた。
「でも……」
「気を遣わなくて良いじゃない。多分、家出の理由もナタリアの相談と同じ内容だと思うし」
「そうだよ。ね?」
シェリルとグロリアの後押しでナタリアも吹っ切れたらしく、親友達に頷いた。
「たぶん大丈夫と思うけど、お願い」
「ナタリア。こういう時はお願いじゃなくて、ありがとうで良いんだよ?」
エリカがからかうように言うと、ナタリアもにこりと笑う。
太陽が真上から日差しを降り注いでいる。




