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八 晩餐会もせわしなく

 御前試合の花形は何かと言えば学年決勝戦であろう。だが、それはあくまで観戦者に限ってのことである。

 出場者達だけに与えられた特権。それが晩餐会である。


 過去の出場者達から話を聞く機会が少なからずある貴族の学生ですら、目の前の光景には言葉を失う程のスケールの大きさである。平民の出場者達は緊張でカチコチに固まるしかなかった。


 だが、これくらいのことは王室側も想定内で、平民の出場者達一人ひとりにメイドをつけている。彼女達の給仕によって、慣れないテーブルマナーをなるべく意識せずに済むよう配慮がされている。


「皆の者、ご苦労であった」


 挨拶をするのはリチャード・バンクロフト。王立バンクロフト学院の学院長にして公爵である。


「先生方にも感謝したい。普段の授業の成果の一つがこの場にいる彼らである。

 また、この場にいる者達もこの場にいない者達も王国の宝である。それはこれまでも、これからも変わらない事実である」


 バンクロフトは傍らに居並ぶ学院の教授達に一礼した。

 晩餐会には彼らも招待されている。見知った顔があることで少しでも学生達の緊張をほぐそうという考えは、王室が見せる配慮の一つだった。

 それにバンクロフトの挨拶通り、学院出身者が今までに果たしてきた功績は数え切れない。彼らを育て上げてきた教授達をこういった場でねぎらうのは当然のことだった。


「さて、挨拶はここまでにしよう」


 そう言うとバンクロフトはグラスを掲げる。それに全員が倣った。


 バンクロフトが一歩後ろに下がり、晩餐会が始まる。

 待ちきれないとばかりにエリカは豪華な料理の数々に狙いを定めていく。今は貴族とはいえ、前世では普通の平民だったエリカにとって目の前の料理は絶対に見過ごせない。


 あくまで優雅な振る舞いを装いつつ、エリカは迅速に料理を自身の皿に盛りつけては、それらに舌鼓を打っていく。

 至福の表情を浮かべるエリカにおずおずと声をかけてきたのは親友のナタリアだった。


「ねえ、エリカ……。これってどうしたら良いの?」


 専属のメイドが盛り付けてくれた皿を見ながら、緊張たっぷりに聞いてくる。


「フォークがあるでしょう?それで食べたら良いの」

「違う。そうじゃなくて、その……、作法とか知らないから……」


 エリカは軽く微笑むとナタリアに近付く。


「大丈夫。普段通りで良いから」

「でも……」

「気持ちは分かるけど、食べられるうちに食べとかないと。国王陛下や王族の方々がいらっしゃったら、もう手を付ける機会はほぼないわよ?」

「え!?」


 その言葉にナタリアは驚く。


「まさか。ここにいらっしゃるの?」

「当たり前じゃない。今、いらっしゃらないのは私達を気遣ってくださっているからなの。あなたみたいにガチガチに緊張する人は多いしね」

「エリカは緊張してないの?」

「しているに決まっているじゃない。でも、せめてお料理はゆっくりと食べさせてあげようというそのお心遣いを無駄にする方が失礼だもの。だから作法を気にしないで良いうちに、しっかりと食べておきなさいな」


 エリカの言葉に、ナタリアのそばに控えるメイドが少しだけ反応する。その瞳を見るに、どこか面白がっているようだった。

 確かにエリカの言う通りではあるが、だからといって貴族もがむしゃらに食べて良いわけではない。貴族として生まれたからには礼儀作法にも気を配らねばならないが、親友への助言の端々に本心が漏れているのは明らかだった。


 王室に仕える者として、そういった貴族ならではの本心を見てきたのだろう。それに目くじらを立てるのではなく、理解を示すことで緊張をほぐそうとするのは彼女達だからこそできる心遣いの一つだった。


 少し気が楽になったのか、それとも緊張の限界が来てしまったのか、ナタリアは黙々と料理を食べ始める。

 きっと、味はもう分からなくなっているだろうと思いつつ、エリカは別のテーブルへ移る。色気より食い気だが、社交も貴族の務めだから仕方ない。


 と言いつつ、彼女が出向いたのは教授達の元だった。本来ならば他の出場者達と親睦を深めたいところだが、ダニエルとの戦いを見ていた彼らは貴族、平民関係なく自分と少し距離を置きたそうにしているのが伝わってくる。なので向かう先は、必然的に教授達が集うテーブルになる。


「あら、主役の一人の登場ね」


 魔法薬学担当のコリンズは上機嫌そうだ。別に大して親しい間柄でもないのに、というツッコミは心の中で留めておき、エリカはにこやかに答える。


「恐縮でございます。コリンズ先生」

「中々な妙技だったらしいね」


 ソレンソンが感慨深げに頷く。


「そんなことは。ですが、お褒めの言葉を頂けて嬉しいです」

「謙遜することはないよ。君が教え子の一人であることで鼻が高いくらいさ」

「ちょっと、ヴィクター。贔屓に聞こえる発言は良くないわ」


 錬金術担当のキャッスルが厳しい視線を投げかける。相変わらずの堅物ぶりだ。


「そんなつもりはないよ、アイリーン。それにどの道、彼女を教えるのは今年で終わりだからね」


 ソレンソンが曖昧に笑う。彼が担当する初級魔術学と中級魔術学はそれぞれ第一学年と第二学年を対象とした授業である。最終学年を迎えるエリカがソレンソンから教えを受ける機会はもうなかった。


「気にしなくて良いわよ、ヴィクター。彼女の魔術の腕は私が磨いてあげるから」


 するりと身を寄せてきたのは上級魔術学を教えるパーカーだった。まるで年若い淑女を絡め取ろうとする目鼻立ちの整った紳士のように、彼女はエリカの背後を取ると、彼女の背中に妖しく手を添える。

 そういったところはエリカの知る吸血鬼のイメージの一つそのままだった。だが、エリカが何か動作を取る前に救いの手が差し伸べられる。


「ちょっと。エリカさんから離れなさいな。この変態吸血鬼」

「何よ、お高く留まって。あなたも吸血鬼のくせに」


 パーカーが露骨に顔をしかめて、エリカの左側を見る。エリカ自身はその姿を見ていないが、声を聞いただけで誰かは分かる。


「こんばんは。コーンウェル伯爵夫人」


 エリカはさりげなくパーカーから離れると、貴族の挨拶を交わす。自分の後方でパーカーが不機嫌そうにしているのは気のせいだろう。


「こんばんは。エリカ・スタンフォード卿。お見事な試合だったと聞いておりますわ」


 オホホと言わんばかりに扇で口元を隠す伯爵夫人に、ツッコミを入れたのはパーカーだった。


「どうしてあなたがここにいるのよ。学院関係者しか招かれていないはずだけど?」

「あら、別にわたくしだけじゃなくてよ?RCISの最高責任者もいらしているし」

「なるほどね。事情は何となく分かったから別に良いけど。それにしても、そのわざとらしい貴族言葉が腹立たしいわ」

「何をおっしゃいますやら。わたくしは貴族ですからね」


 どうやら二人は顔なじみのようだ。仲が良さそうで何よりである。

 しかし、ここからおいそれと抜け出せなくなったのは誤算だとエリカは心の中で頭を抱える。他の学年代表者が挨拶に来てくれれば彼らを盾にして抜け出すこともできたが、ただでさえエリカを遠ざけようとしているのに、伯爵夫人の予期せぬ登場によって完全に出遅れてしまっている感覚がぬぐえない。


 どうすれば良いか判断に迷う中で、エリカはふと隣のテーブルにいる一人の女性に目を留める。

 ベアトリス・マッコードが難しい顔をして、ある一点を見つめている。その視線の先を見て取ったエリカは、さりげなさを装って彼女に近付いていく。


「こんばんは。マッコード先生」

「……ああ、エリカさん。こんばんは」


 マッコードがエリカの方へと振り向く。その顔色は余りすぐれない。


「少しお話させて頂いてもよろしいでしょうか?」

「ええ、まあ。どうぞ」


 マッコードは周りから距離を取る為に壁際へ向かう。エリカはマッコードの隣に並び、彼女に小声で語りかける。


「先生、もうお話はされたのですか?」

「いえ……」


 名前を出さなくともお互いに誰の話をしているのかは分かっている。

 エリカは向かい側の壁際に視線を向けた。そこではキャサリンが一人でぽつんと佇んでいる。


「団……ブラッドリーさんはどうして一人であそこに?」

「模範試合で少し張り切り過ぎられたので、誤解されてしまったのかもしれません」

「そう……」


 マッコードが知っている彼女は近衛兵団の団長で、冒険者としてはどういう風に過ごしてきたのか、ギルドの一件でどれ程苦しんだかは知らない。


「先生はブラッドリーさんとお話されるのは初めてだったかと。よろしければご紹介致しますが?」

「いえ、それは……」


 断りかけた自分に嫌気が差したのだろう。マッコードは大きく溜息をついた。


「……分かったわ。ご紹介頂けるかしら?」

「喜んで。少々お待ちくださいな」


 エリカは軽く微笑むと、キャサリンの元へと向かう。


 晩餐会の会場となっている大広間には以前も来たことがあるが、立食形式にしてあることから前回よりも更に広々としている印象である。

 そんな中でいわゆる「壁の花」状態になっているキャサリンはとりわけ人目を引く。そこに、これまた色々な意味で注目されているエリカが顔を出すものだから、出場者達全員の視線を一身に浴びる結果となった。


「こんばんは。ブラッドリーさん」

「……こんばんは、スタンフォード卿」


 どことなく気まずそうなキャサリンにエリカは笑いかける。


「楽しんでいらっしゃいますか?」

「ええ、まあ……」

「それは良かったですわ」


 絶対に楽しんでいないのは分かり切った話だが、正直に言えないし聞けないのが辛いところである。

 また、二人の話に聞き耳を立てようとする者が何人かいる様子なので、より迂闊なことは言えない。


 そんな状況だからこそ、エリカはにこやかに話を続ける。


「実は、ブラッドリーさんのお話を伺いたいとおっしゃる方がいらっしゃいますの」

「はあ……」

「そこで、その方をご紹介したく思っておりますの。あちらにいらっしゃるのですけど」


 そう言ってエリカは振り返り、反対側にいるマッコードの方へ手を差し伸べて、キャサリンに笑いかける。


 キャサリンは周りの目も気にせずにエリカに顔を近付けると、切羽詰まった様子で抗議の声を上げた。


「ちょっと、エリカ。彼女が誰か分かってるでしょう!?」

「ブラッドリーさん。もう少しだけ声を落とされた方が良いかと。誰がどこで聞き耳を立てているのか分かりませんわよ?」

「あ、えっと……」


 エリカの忠告にキャサリンは顔を赤らめる。だが、それでも声を落としつつ、彼女はまだ納得できない様子でエリカに詰め寄った。


「ねえ、エリカ。ベアトリスはかつての部下だったのよ?それを知らないあなたじゃないでしょう」

「先生もあの日、あの場所にいたの」

「え……」


 キャサリンは途端に顔色を曇らせる。だが、エリカは彼女の両手をぽんぽんと軽く叩くと、励ますように言う。


「あなたにも秘密がある。でも、先生にも秘密がある。二人とも全てを話せないのは承知の上だけど、先生は何かに苦しみ続けている。それを、あなたが終わらせてあげられるかもしれない」

「……」


 キャサリンはまだためらっている様子だったが、やがてエリカに視線を向けると小さく頷く。

 エリカは頷き返すと、二人でマッコードの元に向かった。


「先生。こちらがキャサリン・ブラッドリーさん。先日の冒険者ギルドの件では戦いを終結させた英雄ですわ。

 ブラッドリーさん。こちらがベアトリス・マッコード先生。学院に新設された蒸気機関学を教えてらっしゃいますの」

「……ど、どうも。ブラッドリーです」

「マッコードです……」


 傍目には聞こえは良いが、当事者達からすれば雑なことこの上ない紹介に、エリカの方を不満げにじろりと見つつ二人は挨拶を交わす。


「では、後はお二人でご歓談くださいな」


 その視線を笑顔で躱しつつ、エリカは優雅な足取りでその場を後にする。


 少しお節介が過ぎたかなと思いつつ、離れたところから二人の様子を見やる。まだまだぎこちなさそうだが、会話は成立しているようだ。

 きっといつの日か、笑顔で言葉を交わせる日が来るだろう。


「あらあら、一仕事終えたという表情ね」


 振り返ると、伯爵夫人とRCISの本部長が立っていた。


「伯爵夫人。先程はありがとうございました」

「そう言う割には、サラッと姿を隠していたじゃない」

「いえ、決してそのようなつもりはありませんでしたわ。……ところで、スペンサー本部長とご一緒されているのですね」

「ええ。私達は少し用事がありましてね。ねえ、ゾーイ」


 ゾーイは頷いたが、どこか居心地の悪そうな表情を浮かべている。その様子を見て取った伯爵夫人は、いたずらっぽく笑うとエリカに小声でささやく。


「私達がここにいるのは、あなたにも関係しているのよ。エリカさん」

「え、それはどういう……」

「すぐにお話したいけれど、もうそろそろ国王陛下がいらっしゃるから、その後に」


 伯爵夫人が言い終えるのと同時に、国王と王族達が大広間へと入ってくる。

 臣下の礼で迎えながら、エリカはあまり料理に手を付けていないことを今更ながらに後悔していた。


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