九 彼女の受難
年内最終投稿です。
そして御前試合編の最終話にもなります。
新年からは新章です。
鶏肉とマッシュルームのクリーム煮という、この世界ではあまりなじみのない料理を、これまた一般的な食事の時間から大幅に外れて、エリカは無理矢理にでも楽しんでいた。
その場所がまた面妖で、エリカは中庭に置かれているティーテーブルを独占している。
そんな彼女の様子を少し離れたところから戦々恐々と眺めているのは、母親のアステリアとメイド長であるアリスだった。
「一体、あの子はどうしちゃったのかしら」
「今は落ち着かれているご様子ですが……」
「あのアーサーが慌てふためいていたもの。何か粗相があったのではと平身低頭だったわ」
冷静沈着で知られる料理長として名を馳せているアーサーが驚いたのも無理はない。突然厨房に主人の一人が乗り込んできたかと思うと、どこで覚えたのか慣れた手つきで料理を作り始めたのだから。
だが、周りの心配をよそに、エリカはまだ心の中のざわめきを抑えきれずにいた。そんな自分にうんざりとしつつ、前世でのストレス発散方法が通用しなかったことに驚きを隠せないでいる。
事の発端は先日の晩餐会だった。
国王陛下への挨拶を済ませ、テーブルに戻ったエリカをコーンウェル伯爵夫人とゾーイが再び囲み、大広間の片隅に誘導する。
そこでエリカは、二人が対帝国の諜報活動を一新しようとしていることを聞かされた。
その段階でエリカは逃げ出したくなったが、打ち明けられたということは、既にそのメンバーとして頭数に入れられていることを意味していた。
事実、伯爵夫人はいつもとは少し違う笑みを浮かべて、意味ありげに目配せしつつエリカにこう言ったのだった。
「エリカさん。これは決定事項ですからわたくし達には拒否することなんて、一切できないのよ」
普通だったら、そんなスパイ小説のような話など一笑に付すのだが、自分が選ばれた理由に心当たりしかないエリカにとって、何も言えないのが辛いところである。
伯爵夫人が自分を選んだのは、ひとえに前世のことを知ったからだ。そうでもなければ、一介の学生に過ぎない若者をそのような国家規模の話に抜擢することなどあり得なかった。
まだ、新入社員として入社した一ヶ月後に副社長へ就任する方がいくらか現実味がある。それでも、そんな話を聞かされたら下手な冗談と鼻で笑うのだが。
エリカはその感覚を期待してゾーイを見つめたが、どう説得したのやらゾーイは何も疑問を挟むことなく、伯爵夫人の話に黙って耳を傾けているばかりだった。
だが、それには一応、もっともらしい理由を用意していたらしく、その内容を聞かされたエリカは思わず納得してしまった。
「エリカさんはデーモンスパイダーの討伐や、王都や冒険者ギルドの一件での活躍、それに今回の御前試合並びに模範試合での結果からかなりの注目を浴びているわ。文字通り色々なところからね。その中には当然、帝国側のスパイもいるでしょうし、不満分子もいるでしょう。
わたくし達はそんな彼らをあぶり出したい。その為にはあなたにもっと目立ってもらわないといけないの」
つまり、エリカを誘蛾灯にしたいのである。帝国側からすれば幾度となく計画を邪魔してきた要注意人物であり、王国内の不満分子からすれば槍玉にあげやすい存在であるからこそ、活躍目覚ましいエリカをこのまま放っておくはずがないだろうと、二人は結論付けたのである。
理屈は分かったエリカだったが、それを飲み込めるかどうかはまた別の話だった。
特に気になるのは身の安全で、そこには両親やスタンフォード家に仕えてくれている全ての使用人も含まれている。また、自分の友人にも危害が加えられるのではないかという心配もあった。
その懸念をストレートに伝えたエリカに答えたのは意外なことに伯爵夫人ではなく、ゾーイの方だった。
「あなたの懸念も分かるわ。けれど、正直に言って全員を常時守ることはできないでしょうね。あなたとご両親を守るのが精一杯だと思う。
ただ、コーンウェル伯爵夫人も常にあなた達のことを気にかけてくれるし、私自身も自分にできる限りのことをすると約束するわ」
本人の意思にかかわらず約束が破られることがあるのをよく知っているエリカは、彼女の言葉を信用することこそできないが、少なくとも彼女自身を信用することはまだできそうだった。
だからといって胃が痛くなるような問題が解決したわけではない。エリカが依然として危険にさらされている事実は変わらないままで、その一点が二人の話を受け入れられない一番の理由だった。
だが、その解決策は意外なところからもたらされる。そして、その答えこそがエリカのストレスの大きな原因となっている。
「エリカさんの懸念に対して今すぐできる安全の保障なのだけれど、彼女の面倒を見てあげて欲しいの」
その言葉を思い返す度に、エリカははらわたが煮えくり返りそうになる。別に彼女に対して不満があるわけではないが、主に両親に対する根回しなどが大変だったことをエリカは忘れていない。
「中庭を見て参りました。問題はございません」
「ありがとうございます」
声の主が姿を現す。エリカは努めて優雅に笑みを浮かべて答えた。
キャサリン・ブラッドリーは落ち着かない様子でエリカを見ている。
「エリカ様。こちらではお体が冷えてしまいます。中に戻られる方が良いかと……」
「ええ。そうですわね。もう少ししたら戻りますわ。ブラッドリーさんは先に休んでいてくださいな」
「いえ、そういうわけには……」
キャサリンはチラリと屋敷の方を見やる。母親とメイド長が慌てて身を隠したのがエリカにも見て取れた。
「……では、わたくしの部屋の前でお待ちになって」
「……かしこまりました」
どことなくトボトボと歩き去るキャサリンの背中を見送りながら、エリカは心の中で大きな溜息をついた。
伯爵夫人が考えついた策は、非常に憎らしいものだった。
冒険者ギルドの一件で心に傷を負っていたキャサリンが模範試合でやらかしたことを知った伯爵夫人は、彼女をエリカの元に送り込むことを画策したのだった。
本人達の知らないところで。
表向きには、模範試合で親睦を深めたと感じたエリカが冒険者であるキャサリンを客将としてスタンフォード家に招き、キャサリンもそれを意気に感じて逗留することになったとされている。
だが、王都の一件でキャサリンに対してあまり良い感情を抱いていない両親は、先の冒険者ギルドの一件での風評被害がようやく収まりつつある中で、伯爵夫人の頼みとはいえ彼女を迎え入れることに最後まで苦い顔をしていた。
結局のところ、スタンフォード家としては、キャサリンをエリカの家庭教師の一人として迎え入れたという方向で折り合いをつけることにした。そう自身に言い聞かせることで心に整理をつけようとしたのである。
エリカ自身としては、同じ転生者という境遇のキャサリンが思いがけず身近にいてくれるようになったのは嬉しい限りだが、そういった事情の板挟みになることでストレスは募る一方だった。
そのイライラがいよいよ限界に達して、前世でのストレス発散方法に手を出したのが今日のことだった。
食事を終えたエリカは食器を自ら厨房へと運んでいく。それに気付いたメイド長が慌てて駆け寄って来たが、エリカが一睨みすると途端に身をすくませる。彼女が何に苛立っているのかは自分でも理解している。
料理長達がアワアワとしているのを横目にエリカは自分で食器を洗い終えると、何事もなかったかのように自室へと向かう。その道中、母親が何か言いたげな様子で視線を向けてきたが、わざと気付かない振りをしてエリカはいそいそと歩み去った。
「お待たせしました。ブラッドリーさん」
所在なさげに立ちすくんでいたキャサリンはエリカの呼び掛けにびくりとする。その様子はまさしく彼女の前世であるティーンエイジャーそのもので、エリカは母性本能を少しだけくすぐられる。
「さあ、どうぞ」
「……失礼します」
キャサリンを部屋の中に招き入れると、エリカはわざとらしく大きな音を立てて扉の鍵を閉めた。そして盗み聞きを防ぐ為に、部屋の奥に椅子を置くと、そこにキャサリンを座らせる。
「はあ、本当に気を遣うわ……」
「何だかごめんなさい……」
エリカの言葉にキャサリンが表情を曇らせるが、エリカは彼女を真正面からハグする。
「キャサリンが謝ることじゃないのよ。悪いのはわけのわからない計画に巻き込んだ大人達と、いつまでもあなたのことを色眼鏡で見続ける両親」
「でも、ご両親の気持ちも分かるから。私だって、王室に反旗を翻したことのある相手が自分の家に居ついたら、正直嫌だし。むしろ、よく受け入れてくださっているなって感謝してる」
「そうかもしれないけどね。トレヴァー様からもお墨付きをもらっているんだから、もう少し大きく構えていて欲しいっていうのが正直なところ」
この諜報作戦の指揮を執っているのは他ならぬトレヴァー・マクファーソン第一王子だと、エリカは伯爵夫人から聞かされている。もっとも、事の大きさと有無を言わさぬ物事の進め方を考えると、そのくらいのことは想像の範囲内ではあった。
そんなわけだから、事実上の勅命にエリカはもうどうにでもなれという気持ちでいっぱいだったが、それでもなお、両親はキャサリンに対する厳しい評価を変えようとしない。
この辺りは貴族社会に代々生きる者ならではの政治力学が働いているが、前世の記憶があるが故に「生まれながらの貴族」ではないエリカからすると中々理解できない考え方で、どうして両親はここまで頭が固くなってしまったのだろうかと思い悩んでいた。
春が訪れるのは、まだしばらく先のことになりそうである。
さて、前書きでも述べましたが、次回からは新章です。
ただ、年末年始のお休みを頂戴しますので、次回投稿は
1月4日の月曜日となります。
皆様、よいお年をお迎えください。




