五 第二試合
戦いを終えた者、戦いに臨む者が思い思いの感情を胸に、それぞれの時間を過ごしている。
その中でエリカだけは周りから少し距離を取って、次の戦いに意識を向けている。
「あ、いたいた」
そんな彼女に近づいてくる者がいる。先程の試合相手だったモニカ・ブレットだった。
「さっきのことで気を悪くしたかもしれないけど、謝るつもりはないから」
エリカは機先を制す。自分がモニカの立場なら文句の一つでもつけたくなるからこそ、今回ばかりは耳を貸すわけにはいかなかった。
だが、モニカは落ち着けと言わんばかりに両手を前に出す。
「別にそんなことを言うつもりはないよ。事情は分かるし。エリカも最近は大変みたいなんでしょう?」
そう言いながらモニカはちらりと目線を動かす。何気なくその先を追ったエリカは心の中で溜息をついた。
だからといって腹の内をさらすつもりもない。貴族ではないとはいえ、モニカが「反スタンフォード家連合」の一員である可能性は充分に考えられる。
「何のことだか分からないわ」
「まあ、エリカの立場ならそう言うしかないか。でも、それくらい気を張っておく方が良いよ。私達の学年以外にもあなた達に対して手のひらを返そうとしている連中がいるみたいだから」
「忠告は嬉しいけれど、それが事実としてそんなことを私に話して良いの?モニカも目をつけられるんじゃない?」
「良いの良いの。ブレット家は何事にも絶対中立。敵対する時は相手が敵対してきた場合のみ。これが代々の家訓だからね」
ブレット家の初代は優秀な錬金術師で、その力を恃みとし、同時に恐れた初代国王が貴族として召し抱えようとしたが、政争を嫌った初代はそれを固辞し、忠誠心の証として自ら多くの制限を自身に課した。それだけでなく、錬金術師としての生活を捨て、小さな書店を開くことを決めた程の一本気溢れる人物だったという。
だが、だからこそ自身達に干渉してくる者は、例え相手が権力者であろうと容赦なく撃退してきた一面も併せ持っている。
それを知っているからこそ、エリカは首を傾げる。
「なら尚更、そういうことを私に言うと中立性を保てなくなるんじゃない?」
「いいえ。これで中立になったの。貴族の政争なんてくだらないもののせいで、私の試合に水を差されたんだから」
そう言うや否やモニカはグイと振り返って、明らかに関心を寄せてこちらを見つめていた者達の顔を一人ひとり見つめていく。
その視線の意味に気付いた者はそそくさとその場を離れていく。だが、その時ですらエリカに陰気な視線を向けていくのを忘れなかった。
去り行く彼らの背中を見送ると、モニカはフンと鼻を鳴らした。だが、そのままぐるりと向き直ると、エリカに爆弾を投げつける。
「というわけで、後日あなたに再戦を申し込むわ。使う武器もルールも同じ。もし断るんだったら、あいつらの目の前で決闘という形で申し込んでやるからね」
どうしてそうなるのかと、血の気の多い同級生にエリカは思わずため息をついた。
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次の試合相手は同じ貴族で、爵位も同じだった。だが、非常に残念なことに彼の家は、スタンフォード家に対して友好の姿勢を変わらず取り続けてくれている。
相手が敵対的な態度を見せている連中だったら良かったのに、とエリカは心の中で愚痴をこぼす。
相手が誰であろうと全力で勝利を掴み取りに行くのだから些末なことに過ぎないが、それでも手のひらを返すような日和見主義者を存分に打ちのめす方が気分も良い。
そんなエリカの心の中に降り注ぐ雨に気付いているのかどうか、相手は武具置き場から特に迷うそぶりも見せずに槍を手に取ると、所定の位置につく。
エリカはモニカの武装を真似ることにし、細剣を二本腰に提げると同じく所定の位置についた。
エリカは改めて向かい側に立つ相手を見る。ムーア家の嫡男であるショーンが槍を構えて立っている。
試合開始の合図と共に、ショーンは前に出る。だが、その歩みはゆっくりとしており、それ故に隙が見当たらない。
エリカは一気にショーンの懐に入って槍の可動範囲をつぶそうとするが、それを許してくれるほどショーンも甘くない。
「そおら!」
軽い気合と共にショーンが槍を横に振るう。それを剣で受け止めようとするエリカだったが、予想以上の膂力に押されて吹き飛ばされそうになる。
慌てて体勢を整えるエリカに容赦ない追撃が襲いかかるが、それを何とか躱し切ると、エリカはショーンから距離を取った。
だが、ショーンもエリカを追いかける。歩みは変わらずゆっくりだが、槍ならではのリーチの長さがそれを補う。
あっという間にエリカは円の縁まで追い詰められていく。
「ご覚悟!」
勝利を確信したショーンが一気に槍を繰り出す。それをエリカは半身になって躱そうとする。勿論、ショーンもその程度の行動は予想している。躱された槍をそのままに横へ振り抜く。
長い柄は槍の最も重要な部分故に、その造り一つで槍そのものの強度が決まると言われる。そんな柄が身体のどこかに勢いよく当たれば、武術経験者の強打を受けた時に近しいダメージになることは明白だった。
エリカの目の前に槍の柄が迫る。このままでは腹部に柄が直撃するというギリギリのところで、エリカは左手で柄を掴んだ。
それと同時にその場でジャンプする。
「むぅ……」
ショーンが顔をしかめる。
槍の柄にエリカがまたがっている。上に持ち上げようにも、左右に振り払おうにもその槍の上に、年若い女性とはいえ一人の人間がのしかかっている為に、槍は動かせなくなる。
また、槍自体の重みがある為に穂先は自然と地面につく。そこまでくると、槍さばきに自信を持っているショーンでもどうしようもない。
完全に身動きが取れなくなったショーンにエリカは剣を向ける。刃先こそ届かないものの、今のショーンにはそれを防ぐ手立てはない。
ショーンはエリカに最大限配慮して、そっと槍を地面に置くと降参の意思を審判長に示した。
「エリカ・スタンフォード殿。一本!」
号令を聞きながらエリカは自身の思い切りの良さを今更ながらに後悔する。勝つ為には手段など選ばないが、それにしても今の振る舞いに対しては、はしたなさを自覚する。
常在戦場の心持ちとはいえ、ここまでする必要があったのだろうかと自省しつつ、エリカは所定の位置に戻った。
試合開始の合図が鳴るが、その音がやけに耳に響く気がする。
エリカは軽く頭を振ると、ショーンの動きを注視する。
先程と違い、ショーンは柄の中間辺りを両手で持っている。その為、石突が完全に地面についており、その姿はまるでどこかの邸宅の門番かのように堂々としていた。
エリカは慎重に間合いを図りながら、一歩ずつショーンに向かって進んでいく。
ある程度の距離になった時、おもむろにショーンが槍を回し始める。アクション系の映画やドラマでよく見ていた動きが目の前に広がったので、エリカはつい呆気に取られてしまう。
その隙をついてショーンが歩み寄ってくる。変幻自在の軌道を描く槍に距離感が掴みにくい。
だが、重たい槍を振り回す為に機動力が落ちてしまうようで、歩みはいつも以上にゆっくりとしている。そこにエリカは勝機を見い出そうとする。
迫りくる槍とその風圧に顔をしかめながらも、エリカは辛抱強く機会をうかがう。躱し、受け流し、時には後退しながら相手の隙を探していく。
しばらくするとショーンに疲れが見え始める。槍を回す動きが少しだけ鈍くなった瞬間にエリカは一歩前に出て、間合いに飛び込んだ。
だが、ショーンにとってそれは誘いだったらしく、うなりを上げて槍が飛び込んでくる。それを手に持っていた剣で咄嗟に受け止めるものの、その衝撃で剣は弾き飛ばされてしまう。
だが、勝敗はまだ決していない。
エリカはそのまま間合いを詰めつつ左手でもう一本の剣を抜き放つと、その切っ先をショーンの胸元に向けた。
「エリカ・スタンフォード殿。一本!」
審判長と副審達が右手を上げた。
エリカとショーンはお互いに一礼すると、会場の外へと向かう。
試合を終えたエリカを待っていたのは、反対派の貴族達の冷笑だった。
一人が前に進み出て挨拶する。
「これはこれはエリカ殿。中々な好勝負を見ることができました」
「そのように仰ってもらえて光栄ですわ。ロイド殿」
ロイド・セントクレアの家もスタンフォード家と同じく子爵である。だが、代々軍事には携わらない内務系の家柄で、それ故に軍事系の家柄とは余り反りが合わない。
ロイドもクラスメイトの一人には違いないが、先の冒険者ギルドの一件で露骨に態度を変えた宮廷貴族の一人である。
「それにしても槍にまたがるというのは奇抜な戦法でしたね。自分には思いもつきませんでしたよ」
ロイドの言葉に、周りにいる取り巻きのような連中が笑いを噛み殺す。さすがに王城内部でのやり取りだけに、あからさまな無礼を働くわけではないが、だからこそ嫌味や嘲笑といった陰険なものが生まれる。
「またご冗談を、ロイド殿。貴族たるもの、万が一、王国に仇なす者あらばいつでも馬を駆って立ち向かわねばなりません。その手習いを今回の戦いに活かしただけのことですわ」
エリカは努めて冷静に振る舞って言葉を返した。
「なるほど、それはそれは殊勝な心掛けで……」
そう返されるとロイドも大きなことは言えなくなる。そして彼の試合はこれからだった。
「そろそろのようですので、これにて」
「ご武運を」
慇懃な調子でロイドとその取り巻きを見送るエリカにナタリアが近付いてくる。
「まあ、どうして貴族って嫌味なことしか言えないの?」
さすがに辺りをはばかって小声で話しかけてくるナタリアだが、ここが王城内部であることをすっかり忘れているらしい。
エリカは曖昧に咳き込みつつ、視線をちらりと彼女に送る。
「あ……」
ナタリアは、しまったという様子で表情を取り繕うが、すぐに邪悪な笑みを浮かべると親し気にエリカの方へとすり寄り、更に小さな声でささやくように言う。
「まあ、あのバカは私がコテンパンにしておくよ」
それだけ言うと、ナタリアは会場の方へと向かう。次の試合はナタリア対ロイドだった。
だが、ナタリアの言葉を覆すようにロイドは善戦した。
ショーン程ではないがナタリアも槍をよく遣い、ロイドを追い詰めていく。対してロイドは剣を一本だけしか持っていない。その一本だけでよくナタリアの猛撃を防ぎ切っていた。
さすがに御前試合へ出てくるだけのことはある、と試合の様子を見ながらエリカは一人思う。それは今、ロイドを相手にしているナタリアも感じているはずで、少しだけ焦りが見えるようになってきた。
「苦戦していますね」
「あら、ショーン殿。先程は」
「こちらこそ、エリカ殿」
観戦しているエリカの元にショーンが姿を見せる。
同じ貴族でも友好関係にある相手との話は気楽なものである。
「エリカ殿はどちらが勝つと予想されますか?」
「そうですわね……」
一見するとロイドは攻めあぐねている様子だが、槍と尾を上手く使いこなした攻撃を何とか捌いている。裏を返せば、リーチや手数で有利なはずのナタリアが攻め切れていないのが問題とも言える。
だが、エリカは特に迷うことなく言い切る。
「やはりナタリアさんでしょうか」
「ほう。それはまたどうして?」
面白そうに聞くショーンだが、その言葉にはナタリアに対する侮蔑などは込められていない。あくまで純粋な好奇心で尋ねているのが伝わってくる。
「彼女は実戦に近い訓練を受けています。わたくしが知らないだけで、もしかすると魔物の討伐にも参加したことがあるやもしれません」
「確かに。コンクリン家は冒険者一族として高名ですからな」
感心したように頷くショーンだったが、すぐに目の色を変える。
「どうやら仕掛けたようですな」
ショーンにつられてそちらに目を向けると、ナタリアが槍の持ち方を変えたところだった。それまでとは違う槍さばきにロイドも驚いているが、何とか捌いている。
しかし、それも長くは続かない。
ナタリアの槍がロイドの剣を弾き飛ばす。審判達が左手を挙げた。
「ナタリア・コンクリン殿。一本!」
一本を先制されたのが堪えたのか、次の戦いではロイドの動きは著しく精彩を欠いていた。呆気ない程に早く二本目を取ると、ナタリアは意気揚々と会場を去っていった。




