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三 一つの懸念

療養が終わり、何とか予定日時通りに更新できました。

長らくお待たせしてしまい申し訳ございませんでした。

 マクファーソン王国内で最も背の高い建築物は当然ながら王城である。

 それ故に王城内練兵場とされる場所は広大な敷地になっており、有事の際もここに一万人程の常備軍を招集できるとの評判だった。


 その敷地の中をトレヴァー・マクファーソン第一王子は鼻歌交じりに歩いている。元々、飄々とした性格ではあるものの、古くからの付き合いの者がその場にいれば、彼がいつになく上機嫌であることに気付いていただろう。

 実際、トレヴァーが小さい頃から長く関わってきたリチャード・バンクロフト公爵は、第一王子のどこか楽し気な背中の後を、静かに微笑みながら追いかけている。


「バンクロフト卿。いよいよ始まりますね」

「殿下が待ち望まれていたことですからな」


 感慨深げにつぶやくトレヴァーにバンクロフトもしみじみと答える。二人の目には仮設の会場が姿を見せつつある。


 一週間後にはこの場で御前試合が開かれる。表向きは、マクファーソン家で代々行われる諸国行脚からトレヴァーが帰還したことを祝うものとされているが、実際のところはバンクロフトと現国王であるヴァレリー・マクファーソンの関係修復を企図したものであった。

 それだけでなく、エミリーとヴァレリーの関係修復もそこに含めようというのだから、中々に大胆な計画ではある。

 そのきっかけを設ける為に自身を御輿に担ぎ上げて御前試合を持ち出すトレヴァーの政治的手腕に、バンクロフトは感慨深いものを覚えている。それが保護者のような感覚によるものだと、本人はまだ気付いていない。


 トレヴァーは振り向くと、バンクロフトに御前試合の舞台に上がることが許された者の名を尋ねていく。

 エミリーから事前に受け取っている名簿をバンクロフトが読み上げる間、トレヴァーはずっと目を閉じていた。


「以上になります、殿下」

「ありがとう。ちなみにスタンフォード家のご令嬢はギリギリだったんだね」

「どうもそのようですな」


 名簿への掲載順はそのまま席次が反映されている。ナタリアとの模擬戦はクラスメイト達の間で語り草になっているものの、冒険者ギルドの一件直後の不調が祟り、エリカの名前が掲載されていたのは同学年の代表者十名中九番目だった。


「それだけじゃないね。今回は貴族の者が少なめだ。これが今後はどうなっていくのか楽しみだ」

「有事の際には率先して国を守るのが貴族の務め。いくら学院に通う身とはいえ、もっとその役目を自覚して欲しいものです」


 トレヴァーの言葉の意味を額面通りに受け取ったバンクロフトは憮然とした表情を浮かべているが、トレヴァー自身は困ったような笑みを見せるだけだった。


「まあ、その為に今回は模範試合を行うんだからさ」

「殿下。そちらですが、今一度お考え直し頂くことは叶いませんか?」

「いや、そういうわけにはいかないよ。母の許可も取ったことだし」

「しかし、余りにも時期尚早かと存じますが……」

「バンクロフト卿。本人が嫌がっている以外の理由は認める訳にはいかないんだ。今の王国には彼女の力が必要だからね」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 御前試合に出場する者が決まって久しいのに、学院はまだ熱気に包まれている。

 そもそもが祝い事としての特徴が強いものだけに、どこかお祭り気分になるのは仕方ないことである。だが、実際に出場する立場からすると、周りからの声援や期待もプレッシャーにしかならない。


 そういう訳で、出場者の一人であるナタリアはここ最近、げんなりとした表情を見せていた。

 そんな彼女を案じたシェリルが、悩める親友とその愉快な仲間達をお茶会に招待したのが今日のことである。


「うぅ……。緊張するわ……」

「何を今更緊張してるの!せっかくの晴れ舞台なんだから、もっとシャキッとしなよ!」


 熱い言葉を投げかけて親友を鼓舞するグロリアの表情は、言葉とは裏腹に黒い笑みを浮かべている。

 だが、両腕に頭を乗せてうつむくナタリアには、彼女の様子を窺い知ることはできない。それを良いことにグロリアはじわじわと追い打ちをかけていく。


「エリカとあれだけの試合をしたんだから大丈夫だって!余裕だね」

「あの時は頭に血が上ってたし……。ああ、思い出すのも恥ずかしいよ……」


 居心地悪そうに尾を丸めるナタリアの背中をそっとなでるのはシェリルだった。


「あの時のナタリア、かっこよかったよ」


 純粋なシェリルからすると、親友の勇姿を率直に褒めただけなのだが、それだけに当事者はいたたまれなくなってくる。更に身を縮こまらせると、ナタリアはいよいよ顔を上げようとしなくなった。


 それをチャンスと見て取ったのはグロリアである。

 グロリアとシェリルは惜しくも御前試合に出場することができなかった。だが、選ばれた親友の一人がげんなりとしているのを見れば、少しの嫉妬心と共に嗜虐心が湧いてくる。


 ことさら黒い笑みを強めて、ナタリアの前に置かれたクッキーの山から大胆にも半分近く奪い取っていく。まさに鬼の所業である。


「ちょっと、グロリア」


 だが、良心の番人がそれを許さない。普段は温厚なシェリルがじろりと視線を向ければ、グロリアはビクッと身を震わせて、すぐに奪い取ったクッキーの山を元に戻す。


 最近のシェリルはこの辺りの緩急のつけ方も上手くなってきている。それもコーンウェル家での貴族教育の賜物だろう。

 だが、まだまだ甘い部分も見え隠れしているとエリカは一人思う。よく見れば、グロリアが返したクッキーは奪い取った時より少ない。恐らく四、五枚程度はごまかしている。


 その見立てが正しいかどうか見極めようとグロリアの方に視線を向けると、ちょうどクッキーを口に入れる瞬間の彼女と目が合う。

 美味しいお茶菓子を食べたはずなのに、グロリアの表情はとてもバツが悪いものへと変化していた。


 そんな親友達のやり取りを眺めつつ、エリカは静かに紅茶を飲む。さすがに学友だからといって、自分以外の貴族の家で身分の違いを気にしない訳にはいかない。それが自分より格上にあたるなら尚更だ。

 というわけで、エリカはこの家の主と共に彼女達と離れたところでお茶の席を楽しんでいた。


「あらあら、シェリルもまだまだね」


 コーンウェル伯爵夫人が微笑むが、その目は深い憂いを帯びている。どうやらグロリアの行動を見抜けなかった娘に思うところがあるらしい。ゆくゆくはコーンウェル家を継がせたいからこそ、複雑な親心なのだろう。


「やはり、コーンウェル家を継ぐのは大変でしょうね?」

「どうでしょうね。跡取りが大変なのはどこも一緒だから」


 いたずらっぽく笑うエリカに伯爵夫人は答える。


「まあ、この家は特に嫉妬されやすいでしょうしね。長命種の貴族は特に私のことを詮索好きの女だと見ているでしょうし」

「そんなことはないのでは?そもそも、そのような見方をするなんて随分な話ではありませんか」

「そんな風に言ってくれるのは嬉しいけれど、みんなそう言いながら裏では陰口を叩いているものよ」


 そこまで言うと伯爵夫人はハッとした表情を浮かべる。


「別にエリカさんがそうだとは言ってないわよ?誤解を招くような言い回しになってごめんなさいね」

「いえいえ、お気になさらないでください」

「ありがとう。でも、私に対して否定的な意見を持っている人は多いのよ。建国の英雄だなんて持ち上げられているけれど、今を生きている人からすれば本当かどうか分からないことだから」


 伯爵夫人はまさしく内緒話をするかのように身体をエリカの方へと寄せる。


「エリカさんがいた世界が羨ましいわ。全てのものが見たままの景色のまま保存されるだなんて。それがこの国にもあれば目の前で見せつけてやって、ぎゃふんと言わせてやれるのだけれど」

「まあ、あれも捏造できるものなので、実はそれほど信ぴょう性は余りないのです」

「あら、そうなの!?」


 エリカが話しているのはフェイク動画や編集・加工した映像のことなのだが、そもそもそういったことを知らない伯爵夫人は、驚いた様子でエリカを見るばかりだった。

 そんな伯爵夫人の感情豊かな表情を見返しながらエリカは、彼女が貴族らしからぬ振る舞いを見せるようになったと実感していた。きっと、自分の前では建国の英雄という肩書を脱ぎ捨てられるのだろう。


 だが、そんな風に一人物思いにふけるエリカに、姿勢を改めた伯爵夫人が真面目な口調で話し始める。


「話は変わるのだけれど、今度の御前試合は用心なさいな」

「え?それはどういうことでしょうか?」

「この前のギルドの件で、あなた達のことを快く思っていない連中がよからぬ動きを企み始めているみたいよ」


 その言葉を聞いた瞬間、エリカは軽く歯を食いしばる。実際、心当たりがいくつかあった。


 現当主であるアルフレッドは、ギルドでの戦いで意識を失った時間があったことで療養を続けている。本人はいたって健康なのだが、メアリーの死霊術の影響を受けている可能性があるからこそ、完全に安全が保証されるまでは様子を見るべきだという外野の意見に押されて、屋敷にその身を留め置かれている。

 それ故に当主代理として、エリカは各貴族家への外交も行うことが多くなっているが、好意的な印象を抱いてくれている者と、そうでない者との違いが手に取るように感じ取れていた。

 それは母親であるアステリアも同様らしく、貴族の妻達の戦いの場であるお茶会や晩餐会から戻ってきた際の顔色から、その場が実り多いものであったか、そうでなかったかがエリカの目にも分かるようになっていた。


 否定的な見解を持つ者達の中で、スタンフォード家に対して特にあからさまな態度を示したのがウィンストン伯爵である。貴族の世界にありがちな腹黒い笑みや皮肉な言い回しはない代わりに、今回の一件に対して、堂々と批判の言葉を浴びせてきた。その矛先はエリカ自身にも及んでいる。

 もっとも、批判自体はスタンフォード家だけでなく他の家にも向けられているが、不俱戴天の敵である帝国領と接したところに領地を構える軍務系貴族の筆頭格としての言葉は苛烈を極めた。


 その時の伯爵の態度や、他の者達の反応を思い返しながらエリカは心を穏やかにすることを強く意識する。

 大きく息を吸うと、エリカは呼吸を静める。


「仰るように、当家に対して否定的な感情をお持ちの方は少なからずいらっしゃいます。ですが、この御前試合はトレヴァー様の諸国行脚からの凱旋を祝うもの。ここで騒ぎを起こすなど、王国に弓引くようなものではありませんか?」

「ええ。だからエリカさんが妨害を受けることはないわ。出場者に手出ししたことがバレたら、その家は良くて断絶。普通にいけば反逆罪と同じ扱いを受けてもおかしくないでしょうね。それに私も目を光らせているから。

 でも、実力であなたが負けた時、彼らは大手を振って批判し始めるでしょうね。そして、その時の為に今から派閥を組むことはあるでしょう」


 そこまで聞いてエリカは確信する。伯爵夫人が漏らした愚痴は、この話への伏線だったことに。


「くれぐれも用心致します」

「用心に用心を重ねないといけないわ。トラヴィス伯爵やケラー男爵は命を落とし、ジョーンズ子爵の子供も寝たきり状態が続く程の大怪我を負ったのに、スタンフォード家は血を流していない。本当に援軍として行動していたのか、なんてことを公然と吹聴している輩もいるようだしね。

「……去年のデーモンスパイダー討伐も実は何か裏があったんじゃないかって、面罵する方もいらっしゃいました。そうでもないと、今回の援軍でこんなに被害が出るはずがなかったと」

「だからこそよ、エリカさん。そんな奴らが何も言えなくなるように、今度の御前試合では徹底的に実力を発揮して、相手が何者であろうと完全にねじ伏せてやらないとダメよ。ぐうの音も出ないくらいにね。

 この前はナタリアさんと心躍る戦いをしたようだけど、御前試合で同じことをしてごらんなさい。クラスメイト達と違って感動と称賛の言葉は得られないわよ?」

「……全力を尽くして臨みます」


 伯爵夫人は静かに紅茶を飲む。その目はエリカの後ろに広がる遠い空の向こうを見据えていた。


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