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十八 剣と共に心はひび折れて

 城門周辺は炎が吹き荒れているが、しばらくするとその威力も弱まり始める。


「ったく、何なんだよ……」


 左腕のやけどに顔をしかめつつもジェイが悪態をつく。


「爆破の魔法陣かな?それにしても凄まじい威力だ」


 動かないカーラの様子を確かめながらザッカリーが答える。その隣で右腕をかばうリズが険しい表情を浮かべて、炎に巻かれた第一層を眺めていた。


「エリカ。ここは危険だ、一旦退こう」


 人狼状態のデイヴィッドはエリカをひょいと担ぎ上げようとするが、エリカは慌てて押しとどめる。


「ちょっと待って。お父様が!」


 そう言うとエリカは急いでアルフレッドの方を見やる。その時、エリカは初めて神という存在にお礼を言いたくなった。

 顔色こそ悪いものの、アルフレッドが身を起こしている。その視線がエリカと交差した時、彼女は自分の怪我も構わずに父親の元へ向かった。


「お父様!ご無事なのね!」

「むぅーん……。エリカか?」


 アルフレッドは顔を横に振りつつ、意識をはっきりさせようとする。その彼の元にデイヴィッドも歩み寄ってくる。


「ん?……待て、その傷は!?」


 急にアルフレッドはエリカを見て驚きの声を上げる。それにつられてエリカは全身を見た。


 上半身が真っ赤に染まっている。


 いつの間にこんな致命傷を受けていたのだろうとエリカは半ば冷静に思いつつ、傷を確かめようと身体をなでる。だが、不思議なことに血が付くばかりで傷は見当たらなかった。


「安心して、お父様。誰かの血みたいだから……」


 言いかけてエリカはハッとした表情を浮かべる。そしてデイヴィッドを見る。

 何故かデイビッドは軽く微笑んでいた。その姿を見て、エリカはデイヴィッドが倒れていた時のことを思い出す。本来、彼は動いてはいけない状態だったのだ。それを人狼の姿になることで無理やり耐えていたのだ。


「スタンフォード卿。ご息女はお守り致しました」


 デイヴィッドはひどく穏やかな声でそう告げると、ゆっくりと膝をつき、そのまま静かに倒れ込む。


「ジョーンズ卿!」


 アルフレッドが大声で叫ぶ。すると、どこからか現れた漆黒の毛皮を持つ大きな狼が姿を現した。


「ジョーンズ卿!ご子息が!」


 狼はデイヴィッドを前足で優しく揺り動かすと、大きな溜息をついた。そして瞬時に人間の状態に戻ると、ジョーンズは我が子を抱え上げる。


「心配をかけたが、命に別条はない。だが、今は安静にさせる必要がある」


 そう言うや否やジョーンズは我が子を抱えてギルドの方へと向かう。その姿をエリカは言葉もなく、ただ見つめる他なかった。

 そんなエリカにアルフレッドが声をかける。


「エリカ。あの敵はどうなったんだい?」

「……分からない。生きているのか死んでいるのか」


 その言葉にアルフレッドは城門の方を見やる。まだ熱気は残っているものの、少々無理をすれば第一層の方へと行くことができる程に炎は収まっていた。


「もう少しだけ熱波が収まったら、状況確認に向かう!戦える者は続け!」


 ガストンは足を引きずりながらも、わずかに残った兵士や冒険者達、そしてRCISの特殊戦術部隊を臨時に編成して指揮を執ろうとしていた。


 その中で、真っ先にそれに気付いたのはジェイだった。


 ジェイは無言で大剣を手に取ると、城門の向こう側を油断なく見つめる。それに続いてリズが静かに魔力を練り上げていく。

 その姿を見たガストン達もそれぞれ武器を構え、自然と城門を包囲するような陣形を取った。


 不規則な足音が聞こえてくる。

 ゆっくりと近付いて来るにつれ、あらわになるその姿は全身焼けただれていた。


 あらゆるところからボタボタと体液をこぼしながら、焼け落ちた肉体をかき集めながら、それでもメアリーはよろめきながらも第二層の方へと歩いてくる。


 ガストンが無言で手を挙げる。魔術師達が準備を整えた。


「撃て」


 魔術師達が風の刃を放つ。無数のそれらはボロボロになったメアリーの身体を更に切り刻んでいく。

 だがメアリーは意に介さず、ただれた右腕を横に振るって同じ風の刃を放つ。それらは威力が落ちているはずなのに、魔術師達を吹き飛ばすのに充分だった。


「かかれ!」


 ガストンの号令で、兵士や冒険者達が武器を手にメアリーへ殺到する。一気に攻め寄せる波状攻撃にさすがのメアリーも対処し切れず、既に朽ちている肉体が更に欠損していく。

 多くの兵士や冒険者達を返り討ちにしながらも、メアリーは段々とその動きに精細さを欠いていく。肉がそぎ落とされ、骨が断ち切られていく中で、遂にメアリーは両膝を地面につけた。


「どうシて……。ナゼ魔力がカイフクしなイっ!」


 メアリーが天を仰いで叫ぶ。それに答えるように一人の女性がどこからともなく姿を現す。

 その場にいる全員が彼女を視認していたが、その動きが何を示そうとしているのかを見抜くことはできなかった。


 彼女の右手にはいつの間にか細剣が提げられている。流れるようなしぐさで、それをメアリーの胸元に刺し込んだ。


「うぐっ!」


 もはや口と呼んで良いのか分からないところから、メアリーがくぐもった声を上げる。

 そんな彼女を見下ろす形で、女性は静かに剣をより深いところへと沈めていく。


「……ねえ、メアリー。私はあなたを信じた自分を許せなかった。まんまと良いように利用されたのが腹立たしくて、憎らしかった。

 でもね、私はそれでもあなたのことを信じたかった。きっと死霊術の影響で正常な意志を持てないだけだ、デーモンスパイダーの意思に操られているだけだ。そうやって自分に言い聞かせていた」


 目の残骸を相手に向けながらメアリーは何も答えなかった。


「そんな自分に腹が立つ。

 あなたの目的も計画も、何もかもどうでも良い。その命は私がもらい受ける」


 女性は右腕に力を込めると、思い切り突き刺した。多くの魔術や剣を通さなかった皮膚を突き破り、細剣の先端がメアリーの背中から飛び出した。


 その時、女性はメアリーに何かをささやくような素振りを見せた。それに対してメアリーは僅かに身じろぎする。


 その状態のまま女性は剣を横に薙ぐ。さすがに刃は体内の肉を切り裂くに及ばず、ポキッといういやに小気味良い音を立てて折れてしまった。


 女性は手元に残った剣を乱雑に投げ捨てると、メアリーを蹴り倒した。


「キャサリン……」


 ジェイが静かに声をかけるが女性は沈黙を保ったまま、主戦場となった第一層の方へと視線を向けていた。

 彼女の足元ではメアリーが仰向けに倒れている。胸の辺りでは折れた剣の一部が光を鈍く反射している。


「……終わったのか?」


 兵士の一人が誰ともなくつぶやく。最初は誰もそれに答えなかったが、徐々にその言葉の意味が浸透していくにつれ、小さな感動と歓喜の声が周囲に広がっていく。


「やった、やったぞ……!」

「化け物を倒したんだ!」

「仲間の仇だ!」


 だが、彼らはすぐにその口を閉じることになる。

 キャサリンは土魔術で巨大な岩石の腕を作り上げると、それをメアリーの頭に向かって振り下ろした。

 ぐしゃりという嫌な音と共に、風圧が周囲に吹き抜けた。


「さようなら」


 今度こそキャサリンは視線を戦場に戻す。そして黙とうを捧げ始めた。

 彼女のその姿を見た兵士や冒険者達は、一人ひとり静かに後へと続いた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 冒険者ギルド周辺では早くも戦後処理が行われ始める。


 ガストン子爵の指示で生存者の救出作業が行われ、崩落した城壁のガレキの山から多くの兵士や冒険者を助け出した。

 その中には副ギルドマスターのローレンスもいたが、片腕を失った際の傷が与えたダメージは大きく、生存者の中で最も衰弱が激しかった。

 また、救出作業の中で発見された遺体の大半が自死によるもので、本来であれば充分に生き永らえていたのが窺えた。


「仲間を傷付けたくなかったんだろうな……」


 救出作業に携わっていたザッカリーが複雑な表情でつぶやく。その言葉を口にしないだけで、多くの兵士や冒険者達が同じ思いを胸に抱きながら、最期まで仲間を守ろうとしたかつての仲間達を弔った。


 ベアトリス・マッコード率いる増援が姿を見せたのは、夜の帳が下りた後のことだった。

 どこからともなく姿を見せた彼女達は、同じくいつの間にか姿を見せていたゾーイ・スペンサーRCIS本部長と共に第一層へと向かい、今回の戦いに決着をつけた飛翔物の残骸を粛々と回収していった。


「一体それは何なのか、はっきりとした説明を求める」


 戦場に立った貴族を代表して、ジョーンズ子爵がベアトリスに詰め寄った。そこまでの動きに出たのは、同じ疑問を抱いた兵士や冒険者達に対して彼女を初めとした回収部隊は沈黙を貫いていたからだった。

 さすがに貴族の、それも戦場で奮戦したばかりの貴族の質問を無下にはできなかったようで、小声でありながらもベアトリスは答えた。


「これは王国の希望となるものです」


 ベアトリスとジョーンズが口論に近い話し合いを続けているそばで、ゾーイはキャサリンに話し掛けられずにいた。

 先程まで救出作業の手伝いをしていたキャサリンは無表情で休憩を取っていたが、その全身から深い悲しみが漂っていた。

 その気持ちが何となく分かるゾーイは、それでも何か言葉をかけようとして、それを見つけられずにいる。


「言いたいことは分かるけど、その気持ちだけで充分よ」


 唐突にキャサリンの口から出た言葉に、ゾーイは思いがけず顔を上げた。


「話さないといけないのは私の方。私がメアリーを引き渡さなかったら、今回のことは起こらなかったんじゃないかって思うの」

「いや、それは違うわ。寧ろあなたの判断は適切だった。メアリーの思惑を見抜けなかったのは私達の責任よ」


 それは紛れもない事実だが、それでキャサリンが簡単に納得しないのもゾーイは分かっていた。


 混迷とする戦場の中で、エリカはぼんやりと立ち尽くしていた。


 初めての戦場は陰惨で、無惨で、悲惨な場所だった。おどろおどろしい血や体液の匂いも、今ではすっかり鼻が利かくなくなったことで分からなくなってしまった。

 そこら中に身体の一部が散らばっているグロテスクな光景にも感覚は麻痺している。


 その中でデイヴィッドの姿だけが強く脳裏に焼き付いている。


 メアリーの攻撃で致命傷に近い手傷を負っていたものの、人狼状態になることでそれを何とかごまかしながら最後の力を振り絞ったデイヴィッドに、エリカは心を激しく揺さぶられた。


(大広間の戦いで怒りに身を任せた時、ご両親や他の人達のことを考える余裕はあった?無意識のうちに加減はしていたかもしれないけれど、あの二人があなたの魔術を他の人達に受け流す可能性もあったのよ?)


 以前、ルーシーにそう諭されてからエリカは、自身の力に振り回されないように意識してきた。

 だが、メアリーと対峙した時に自身の無力さを思い知ったエリカは、これからどうすれば良いのか分からなくなっていた。


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