十七 戦場に響く轟音
リズとカーラが真っ先に反応し、結界魔法を張り巡らせる。遅れてローレンス率いる後方支援組も同様の動きを取る。
それでもメアリーから放たれる魔力の奔流の勢いを止めることはできない。
宙に舞いながらもエリカは必死に受け身を取った。
強い衝撃が全身を襲う。思わず息が詰まったエリカだったが、すぐに気道が確保されて息ができるようになる。
むせると身体のそこかしこが痛んだが、幸いにも打撲だけで済んでいるようだった。
だが、周りを見てエリカは絶望する。
今、身を起こしているのはリズとカーラ、ジョーンズだけだった。ガストンも意識はしっかりしているが、片膝を起こすのが精一杯の様子である。
城壁の一部は崩れており、その上に陣取っていたローレンス達の姿は見えなかった。ところどころガレキがわずかに動いているので、生き埋めになっている者がいるのだろう。
自分のそばにいるデイヴィッドはうつ伏せ状態のままピクリとも動かない。血だまりが広がっておらず、微かに背中が上下していることから、息はしているのだろう。
ガストンの方へと再び視線を向けると、アルフレッドに呼び掛けているところだった。
呼び掛けに答えないのか、ガストンは何度も父の名を叫んでいる。
「あらあら、たったのこれっぽっちじゃあ面白くないね」
絶望に染まった戦場の中で、異形の姿だけが楽し気に嗤う。
その嘲笑にエリカは、ふつふつと怒りの念が沸き起こってくるのを感じ取る。
「さっさと終わらせるか」
メアリーのその言葉と同時に、辺りに閃光が広がる。エリカはとっさに身を伏せた。
「対象を制圧しろ!行け行け行け!」
怒鳴り声に近い指示が飛んだかと思うと、何人かの足音が近付いて来る。
彼らはメアリーがいるであろう場所に、立て続けに様々な魔術を放っていた。
「負傷者を運び出せ!」
別の声が響く。また何人かの足音が近付いてきたかと思うと、エリカの身体を持ち上げる。
突然のことにエリカは驚いたが、担がれた肩の上でデイヴィッドも運ばれているのを見て、少しだけ安心する。
「デルタはアルファの援護に回れ!俺達も彼らの手当てが終わり次第合流する!」
耳元で誰かが叫んだせいで、エリカは思わず顔をそむけた。だが、その拍子に父親が手当てを受けている様子が視界に入り、エリカは身を乗り出す。
「お父様!」
「何!?ちょっと待ってろ」
自分を運んでくれている誰かは気が利くらしく、すぐに方向を変えると、エリカをアルフレッドの元に運んでいった。
「お父様!」
まだ肩から降ろされていないままに呼び掛けるエリカだったが、まだアルフレッドは意識を取り戻さない。
文字通りエリカは飛び降りると、父親の方へと駆け出した。
「お父様!」
「……気持ちは分かるが、まずは手当てだ」
エリカを運んでくれたのは特殊戦術部隊の一人だった。彼は慣れた処置でアルフレッドの手当てを行っていく。
「一時的に意識を失っているだけだ。目立った外傷もない。今は安静にしておこう」
隊員はエリカに短く告げると、交戦中の仲間の元へと走って行く。
どうしてここにRCISの特殊戦術部隊がいるのかエリカを初めとして生存者は全員分からなかったが、誰であろうと援軍がいるのは心強い。
戦える者達は、再びその心に熱い炎を灯した。
第二層と第一層をつなぐ城門付近に場所を変えつつ、特殊戦術部隊とメアリーとの一進一退の攻防は続いている。
さすがにこの援軍にはメアリーも苦戦しているらしく、膨大な魔力を手中に収めているとはいえ、猛攻に対しては防戦一方のまま攻めあぐねている。
それでも彼女の周りにいた隊員達は既に命を刈り取られていた。風魔術なのか彼らは全員切り刻まれており、中には頭が身体から離れている者もいた。
その戦いの中でエリカは静かに身を起こす。いまだに気を失っている父親をしばらく見つめると、決意を新たにエリカは歩き始める。
「何をしている!早くここから離れるんだ!」
負傷者の手当てをしていた隊員の一人がエリカに注意するが、彼女は耳を貸さずに城門付近へと向かう。
エリカと同じ思いを持つ者達が、傷付いたその身体を起こしていく。
「くそっ。何て硬さだ!」
苛立たし気に叫んだ隊員をメアリーの魔術が襲いかかる。その場に崩れ落ちた彼のポジションを守るかのようにエリカはそこに陣取ると、水魔術を放つ。
杖から飛び出した水流は一直線にメアリーへと向かうと、そのまま全身を呑み込んでいく。
「今のうちにその人を後ろへ!」
エリカが指示を飛ばす。一瞬で状況の変化を見て取った隊員達が負傷した仲間を連れて後退する。
「私達も援護します!」
兵士や冒険者達も駆けつけて、エリカに加勢する。
「よし、今のうちに負傷者を全員運び出せ!」
隊長らしき人物の号令で、地面に倒れていた隊員達が運び出されていく。
エリカはメアリーに水流を浴びせかけながら、彼女の周りに倒れている隊員達を見やる。父親も一歩間違えれば同じ目に遭っていたかと思うと、怒りが収まらない。
エリカは杖を短く振り直すと、イメージを鮮明にする。
「サンダーボルト!」
何のひねりもない詠唱だったが、それだけにイメージはより強まる。
水流の中にいたはずのメアリーは平然とした様子でその場にいたが、さすがに頭上から落ちてきた電撃には全身を硬直させた。
「ぎぃや!」
悲鳴らしき叫び声をあげてメアリーはその場に崩れ落ちる。彼女の全身からは湯気が立ち昇っていた。
「その魔術……。もしかして一年前の?」
誰かが確信に近い疑問を投げかけるが、エリカは敢えてその言葉を無視した。相手はまだ生きている。
メアリーはゆっくりと立ち上がると、不気味な笑い声をあげた。
「懐かしい痛み……。あの時、お前に子を殺されたな」
そう言うや否やメアリーは炎の矢を大量に生み出し、一斉に発射する。それらはエリカを狙うものだけではなく、周りにいる者達をも巻き込もうとする規模だった。
「サンドウォール!」
エリカ達は前方に土壁を張り出して盾とするが、それが悪手だったと気付くのに時間はそうかからなかった。
メアリーが放った炎の矢を防ぐことはできたものの、盾になった壁は彼女の姿を視界から奪ってしまう。
「気を付けろ!」
誰かが叫ぶ。しかし、用心を重ねても意味がなかった。
「アハハ!」
気味の悪い笑い声と共に、頭上に影が差す。驚いて天を仰いだ者は命を落とすことになった。
本来、地面からせり出すように発動するはずの土壁が宙に浮かんでいた。それが一気に落下してくる。
衝突音が辺りに広がった。
影が差した段階で防御態勢に移れた者は何とか命拾いしたが、それでも落下してくる土壁の重みは大きく、五体満足な者はごくわずかだった。
エリカ自身、咄嗟に結界魔法を張り巡らせたものの、落下してきた土の塊の一部が左足を直撃する。激痛に襲われた彼女はひざまずく他なかった。
「どうだ?これもお前が使った術だったな?」
楽しそうにメアリーがあざける。
エリカは焦燥感を覚えずにはいられなかった。どういうつながりがあるのかは知らないが、相手は一年前の戦いを知っている。その時にエリカが放った魔術で自分を含めた全員を殺そうとしているのは確かだった。
だが、それに対抗できる術を思いつくことができない。負の感情に呑み込まれていたあの時と違い、今のエリカは良くも悪くも実力通りの状態だった。
確かに同級生や駆け出しの冒険者や兵士達に比べると、その力は圧倒的である。だが、数多くの勇敢な戦士達を手玉に取って、独り戦場に立ち続ける相手と相対するのは次元が違う話である。
エリカは悩んだ。また暗い感情に身を沈めて分不相応な力を振るえば、最終的には勝つ自信がある。それ程までに前世から抱えてきた不条理への怨嗟や怒りとそれらに対する反動はすさまじく、あのルーシーですら驚愕させる程のものなのだ。それを解き放てばメアリーを葬るのは容易いことだろう。
だが、今のエリカは折り合いをつけようと前を向き始めたばかりである。ここで元通りになってしまえば再び引き返すことはできないだろう。
「もう終わりかしら?まだ魔法レベルなんだけど。もっと楽しませてよ」
メアリーが煽ってくる。辺りを見回せばほとんどの者が絶命しているか瀕死状態だった。
「さて。それでは、お前に相応しい最期をくれてやろう」
口調を改めたメアリーは醜悪な笑みを浮かべると、あの気味の悪いものを辺りに広げ始める。それらはゆっくりと死者達を包み込んでいき、やがては彼女の操り人形へと変えてしまうだろう。
エリカは精一杯の抵抗で風魔術を放つが、それらは全てメアリーが左手を軽く払うだけでかき消えてしまう。
「生きながら貪られるが良い」
死者の何人かがゆっくりと立ち上がる。彼らは無表情のままエリカの方へと一歩ずつ近付いて来る。
左足は土くれに打ち砕かれているようだが、そこから来る激痛をエリカは無視して第二層の方へと退却していく。
だが、その酷くゆっくりとした追跡劇の軍配が死者達に上がるのはエリカも承知していた。死者達と自分の位置関係は余りにも近過ぎる。
自分の前方にいる冒険者の死体がもぞもぞと動き始めた時、エリカは覚悟を決めた。
一矢報いようとメアリーの方へと向き直り、今の自分に打ち出せる最大限の魔術を放とうとした瞬間、今までに聞いたことのないような音を耳にした。
ヒュン!
風を切り裂くような凄まじい音と共に何かが飛来する。それが地面にぶつかった瞬間、その衝撃によってエリカの身体は再び宙を舞う。
今度は受け身を取れそうになく、エリカは迫りくる地面を前に静かに目を閉じた。
その時、飛来してきたものが青白く発光すると爆発する。その勢いを空中で受けたエリカは地面にぶつかることは免れたものの、城門付近の壁に右腕からぶつかってしまう。
骨の砕ける音がした。
咄嗟に風魔術を放って、クッション代わりにしようとした機転のおかげでエリカはまだ生きていたが、とても戦えるような状態ではなかった。それでもエリカは何が起きたのかを見定めようと爆心地に目を向ける。
そこには小さなクレーターができていた。その近くでメアリーが興奮しているのか鋏角をうるさくカチカチと鳴らし続けていた。
「一体何を使った!?」
エリカに問い掛けてくるメアリーの身体はエリカより酷い状態だった。多くの戦士達の攻撃を受け付けなかった強固な皮膚は引き裂かれ、その下から黒光りするものが見えている。目の一つは潰れており、手の指も何本か欠けている。
だが、エリカはメアリーに背を向けて第二層の方へと這うようにして進んでいく。彼女の耳は敵の怒声よりも遥かに危険なものをしっかりと捉えていた。
「まだ終わっていないぞ!」
メアリーの声に交じって、また何かが飛来してくる音が聞こえてくる。エリカも今度は水のヴェールを自身と、その周りに発動して備えることができた。
また地面が揺れる。
自分の周りにあるガレキや死体達が宙を舞うのを見ながら、エリカはヴェール越しに何が飛来しているのかを確認した。
それは一本の槍だった。
だが、それは槍と呼ぶには余りにも長く、太過ぎた。そしてその先には魔法陣が刻み込まれている。先程の威力から見て爆破の魔法陣だろう。
それがまだ三本飛んでくる音を聞いたエリカは悲鳴を上げて、城門へと急ぐ。
エリカが城門を抜けようとした時、三本の槍が地面に突き刺さる。その衝撃は凄まじく、エリカは這って進むことすらままならなかった。
爆破の魔法陣が発動し、その衝撃波が狭い城門へと迫ってくる。あの勢いに呑み込まれたら今度こそ助からない。
思わず目を閉じたエリカの身体が急に持ち上げられたかと思うと、誰かが彼女を乱暴に引きずった。左足を伝う激痛に声を上げそうになるが、身体が横に投げられるのと同時に城門に炎の風が吹き抜けた。
「危なかった……」
熱風が頬を撫でるが、自分の上に誰かがのしかかっていることの方が辛かった。だが、その声の正体に気付いた途端、エリカの心が暖かいもので満たされる。
「デイヴィッド?」
「大丈夫かい?……って手ひどくやられたんだな」
人狼状態のデイヴィッドがホッとした表情を浮かべていた。
「それにしてもあれは何なんだよ?凄い衝撃が来たぞ!?」
「分からないけど、槍みたいなものが飛んできた」
そうやって話し込んでいるそばから更に二本の槍が飛んできて、第一層と第二層の城門付近は完全に火の海に包まれた。




