十六 冒険者ギルド解放戦
アンジー達の機転でアルフレッド達はつかの間正気を取り戻した。だが、全員をメアリーの能力から守るには余りにも必要な魔力量が足りない為、カーラとエリカが対応している僅かな時間の中でアンジーが説明する。
「つまり、すぐに思考を邪魔されるわけか」
「参ったな」
ガストンとジョーンズは悩ましそうに顎の下をなでる。だが、アルフレッドはさも決まりきったことかのように一言だけ発する。
「要は相手を倒すという一念だけ持っていれば良いというわけか」
正直そんな余裕はなかったが、父のその言葉にエリカは思わず頷いた。
「うむ。それが分かりやすいな」
「確かに」
二人の子爵が頷いたのを皮切りに、他の冒険者達や兵士達もその気になる。だが、その中でローレンスが残った左腕を上げる。
「見てもらったら分かるように、今の私は役に立たない。だからここでカーラを援護しよう」
「では、宜しくお願い致します」
ローレンスの素性は貴族の間では公然の秘密のような状態になっているので、アルフレッド達は最大限の敬意を持ってローレンスに頭を下げる。
だが、事情を知らない冒険者達は、副ギルドマスターの想いに胸打たれた結果だと解釈し、彼に対する敬意の念を強めていった。
結果的に、ローレンスのように満足に戦えず、かつ魔術師寄りの者達が第一層の城門の上部から奪還部隊の援護を行うことになった。それは直ちに行われ、エリカとカーラの負担は軽くなった。
ガストンが全員の方を振り返る。
「これより我らはこの先へと向かう。これ以上、仲間を苦しめさせはしない。我らの手で彼らを解放するぞ!」
「おおーーーーっ!」
そこにいた全員が雄叫びを上げる。その勢いの凄まじさに、城門の向こう側に微かな動揺が広がったような気がした。
「全軍、突撃!」
ガストンが剣を振るう。それと同時に城門が開かれ、バリケードも取り払われていく。
徐々に明らかになる第二層の出入口にはメアリーの姿がない。代わりに冒険者の死体達が虚ろな瞳をこちらに向けて並んでいた。
「ファイアボール!」
ガストンの号令と共に、魔術師達が城壁の上から彼らに向かって炎を放つ。それらは見事に頭を包み込み、動く死体達をようやく永遠の眠りにつかせていく。
次々と崩れ落ちていく死体達だったが、火魔術が届かない範囲にいる死体達が後退を始める。
その動きを目ざとく見て取ったジョーンズが槍を頭上に突き上げる。それを合図に各家の槍兵達が、いまだに頭を燃やしながら立ち尽くす亡骸を振り払いながら、進軍する。
「かかれーっ!」
号令をかけたのはクレイグだった。自身も槍を振りながら相手の頭を的確に貫いては、振り捨てていく。
この行動に真っ先に違和感を覚えたのはエリカだった。主君のそばを決して離れようとしなかった忠誠心の厚い老将が、いっときの武功を求めて前に出ていくだろうか。
よく目を凝らすと、今まで目に留まっていた数々の細い糸とは別に、それらよりも遥かにきめ細かく、より合わされたものが層になって頭上に広がっているのが把握できた。
「ガスト!」
エリカは迷うことなく上空に風魔術を放つ。瞬時に巻き起こった突風がエリカの杖の動きに合わせて左右に吹きすさぶ。
「上空に警戒!相手は幾重にも仕掛けているわ!」
広がっている層を吹き飛ばしながらエリカは後方支援組に呼び掛ける。真っ先にローレンスが反応し、エリカに倣って風魔術を上空へと放った。
「後はこっちで引き受けるよ。ありがとうね」
アンジーがエリカの隣に立って同じ風魔術を放つ。
「魔力を溜めておくんだよ。相手が他にも何か隠してるかもしれないしね」
アンジーの言葉にエリカは素直に従う。この戦いの要となるのは自分だと誰もが考えており、エリカはその期待に応えなければならなかった。
エリカ自身、自身が要となるのは仕方ないと考えている。相手の脅威に気付けるのはアンジーか自分くらいのものだが、アンジーは魔力消費量の多さから完全には回復していない。
進軍する兵士達は順調に、物言えぬ死体達をあるべき姿へと戻していく。今のところは、死者はおろか負傷者もいない程の快進撃を成し遂げていた。
「良いぞ!この調子だ!」
後方支援をしている魔術師の一人が思わず歓喜の声を上げる。だが、エリカはこの快進撃を心の底から喜ぶことはできなかった。
相手の今までの動きを見ていると、こんなにも容易く進軍が叶うとはどうしても思えなかった。
「お父様!一旦、進軍を止めるべきです!」
「ああ、余りにも上手くいき過ぎている。全員、一旦下がれ!」
だが、兵士達はアルフレッドの指示に従わなかった。それは命令違反ではなく、敵の洗脳に惑わされないよう、相手を倒すという一念だけを持って事にあたると決めていたからだ。
「まずいな……」
アルフレッドは珍しく唇を噛む。エリカも冒険者ギルドの方向から漂ってくる気味の悪いものを感じ取っていた。
「フフフ……」
どこからかメアリーの声が聞こえてくる。それは拡声魔法の効果によって全員の耳元に届いていた。
突如、死体達が糸の切れた操り人形のようにばたりと崩れ落ちていく。そしてそのまま完全に動かなくなった。
「モッと……。モっと欲しいノ……もっと!」
姿こそ見えないが、メアリーの声に段々と変化が現れていくのは一目瞭然だった。それに合わせて、どこかで魔力の渦が巻き起こっていくのが感じられる。
エリカは注意深く、その魔力の流れを追いかけていく。すると、冒険者ギルドと第二層のちょうど中間地点にそれらが集まっていくのが把握できた。
それと同時に、その魔力の渦が一気に膨らむ。
エリカは急いで注意を呼び掛けた。
「前方に注意!」
だが、彼女の声が届くことはなかった。
放たれた魔力の奔流は兵士達をなぎ払い、その衝撃波はエリカ達がいるところまで及んだ。
巻き起こった砂ぼこりで視界が塞がれ、口の中にザラザラとした感触が宿る。
「ウィンド!」
あちらこちらで風魔法が唱えられ、砂ぼこりをゆっくりと、確実にかき消していく。
「……おいおい、嘘だろ……」
近くにいた冒険者が呆然とつぶやく。
第二層へ進軍していた者達のほとんどが地に伏している。彼らは皆、どこかしら重傷を負っており、当たり所の悪かった者はその目から生気が消え失せていた。
「あラアら」
わざとらしく心配してみせる声と共に、ギルドの方向から一人の女性が歩いてくる。
その姿が米粒のように小さく映るほど、まだ彼女は遠くにいる。しかし、エリカを初めとした誰もが不思議と彼女のことを認識できていた。
「コの程度じゃアマり期待できナイかもネ」
カチカチという耳障りな音が交じっているのに、はっきりと耳に残る。
汗が目に入る。
その拍子に、エリカは自分の手が強く握り締められていることに気付く。身体が危険信号を発しているのだろう。
だが、エリカは一歩も引くわけにはいかなかった。恐らく、生きている者は全員、メアリーの脅威度を本能的に認識しているが、敵に背を向けて逃げ出すような真似は自身が抱く誇りが許さなかった。
「戦闘準備!」
あの魔力の奔流を生き延びていたクレイグが他の生存者に檄を飛ばす。兵士や冒険者達はそれぞれの武器を手に、メアリーが間合いに来るのを待ち構えている。
「気を付けな!アイツはもうコッチを操るつもりはないようだよ!」
アンジーが叫ぶ。確かに、頭上を覆っていた気味の悪いものは完全に消えていた。
「よク見てルね」
その言葉にエリカは戦慄する。拡声魔法で届けられているはずの声が、自分の背後から確かに聞こえてきた。
慌てて振り向くと、近くにいたアンジーが口から血を吐き出していた。その彼女の前に黒づくめで背の高い誰かが立ち尽くしている。その右腕はアンジーの方に向けられていた。
「アンジー!」
ガストンが叫ぶ。その人物が右腕を引き抜くと、アンジーは力なく両膝をつき、そのまま倒れ込んだ。
「ウーん。やっぱリ反応は鈍イか」
まるで観光の感想でも言うようなのんびりとした口調でメアリーはつぶやく。
そこにカーラが土魔術による攻撃を繰り出す。だが、迫りくる岩石の数々をメアリーは左手を左右に振るだけで防ぎきる。そしてその中の一つを掴み取ると、そのままカーラに投げ返した。
「くっ!」
カーラは直撃を免れたが、思わぬ反撃に攻撃の手が緩められる。しかし、それをフォローするのはリズだった。
彼女は水球を生み出すと、それをそのままメアリーの頭部にかぶせる。
「チッ。これも効かないなんてね」
リズが憎々し気につぶやくと、水中にいるのと同じ状態のはずのメアリーは楽しそうに鋏角をカチカチと打ち鳴らした。
その状態のまま、メアリーは両手から別々の魔術を放ち、リズとカーラの動きを阻害する。
「うぉぉぉぉ!」
凄まじいスピードで引き返してきたクレイグが、その速度を勢いに乗せて渾身の一突きを放つ。
それにはさすがにメアリーも驚いたのか、二人への魔術攻撃を取りやめて防御に徹する。しかしクレイグの槍は、身を守ろうと交差させた彼女の両腕を貫いて胸部にまで達する。
「クッ……!」
クレイグとメアリーの両方が舌打ちする。クレイグは完全に相手を貫いたと思っていたのだろう。対してメアリーは自分がよもや傷付けられるとは思っていなかったようで、苛立たし気に蹴りを繰り出す。
至近距離からの蹴りは勢いが半減するので、ローキックか急所への攻撃でもない限り、有効打にはなりにくいが、彼女の膝蹴りはクレイグの顔を苦痛に歪ませるには充分だった。
だが、それでも槍を手放さないクレイグは更に槍を押し込んでいく。
「俺達も続くぞ!」
ようやく追いついてきた兵士や冒険者達が身動きの取れないメアリーに斬りかかるが、ほとんどの武器は刃が届かない程、その肉体は硬質化していた。
それを見たエリカは一年前のことを思い出さずにはいられなかった。
「デーモンスパイダーと同じ……」
その一言はつぶやきに過ぎなかったはずなのに、メアリーは振り返ってエリカを見据えた。
「そウ言エバ、あなたガこのデーモンスパイダーを討伐しタよね?」
「貴様の相手はこの儂じゃ!こわっぱ!!」
クレイグが一喝すると、メアリーの膝裏に蹴りを繰り出す。バランスを崩したメアリーは思わず膝をつく。その隙を見て取ったクレイグと他の冒険者達が総出で槍を押し込んで、地面に縫い付ける。
完全に身動きが取れなくなったメアリーに兵士達がとどめを刺そうと武器を向ける。その瞬間、メアリーは今まで閉じられていた両の手のひらを勢いよく開く。
「危ない!」
エリカはとっさに結界魔法を展開して彼らを守ろうとするが、それよりも早く圧縮された糸の塊のようなものが弾丸のごとく飛び出して、兵士達の身体を貫いた。
「ぐはっ!」
何人かが吐血する。見れば身体に小さな穴が開いていた。だが、最もメアリーの近くにいたクレイグが盾のような状態になっていたことで、大半の兵士や冒険者達は致命傷を避けることができた。
「本当ニしぶトイ……」
これ程の凄まじい威力の魔術を放ちながらも、メアリーは不機嫌そうに鋏角を鳴らす。クレイグは身体のいたるところから大量の血を流しながらも、決してその槍を手放していなかった。
メアリーは両膝を折り曲げると、それを勢いよく伸ばしてクレイグを蹴り飛ばす。既に致命傷を受けていたクレイグはそのまま後方へと倒れ込んだ。
「忌々しイ!」
メアリーは叫ぶと死霊術を展開する。気味の悪いものが一気に辺りに広がったのを感覚的に把握した生存者達は急いで警戒態勢を取るが、死体達が動き出すことはなかった。
その代わりにメアリーはすぐに死霊術をかき消す。途端に気味の悪いものがかき消える。
「まあ、これくらいで良いか」
カチカチという耳障りな鋏角を擦り合わせる音が聞こえなくなったことに気付いたのはいつのことだったろうか。
エリカはこの死霊術の真の恐ろしさを理解した。
死んだ相手から魔力を吸い取り、自分の糧にできるのだ。
それを証明するかのように、メアリーは腹筋運動をするような動きだけで地面から身を起こす。地面に縫い付けていたはずの槍の穂先はその衝撃で折れてしまい、むなしく辺りに転がっているだけだった。
そのまま両足で器用に槍の持ち手を掴むと、それをずらすことで残りの部分を引き抜いた。
「やっと楽になったわ。それじゃあ、続きを始めましょうか」
メアリーの周りに再び魔力の渦が吹き荒れた。




