十五 メアリーの能力
冒険者ギルドの三階にあるローレンスの部屋から秘密裏に突入した特殊戦術部隊は、ゆっくりと、しかし迅速に階下へと迫る。
B1(ワン)は後ろにいる隊員達に手信号で合図を送り、続いてD1(ワン)に目配せする。特殊戦術部隊の中でも二人は古参メンバーで、それ故にお互いの呼吸は誰よりも知り尽くしている。
完璧なタイミングで両隊は二階に静かに突入し、メアリーが侵入したと思われるギルドマスターの部屋を含めた各部屋に突入し、安全を確保していく。
全ての部屋が無人なのを確認すると、両隊は一階へとその歩を進めていく。
B1(ワン)が階下を確認した時、ギルド職員室の方で小さな物音がした。デルタが周辺を警戒してくれるのを確認してから、ブラボーはその部屋へと突入した。
「パトリシア・テイラー特別捜査官?」
B1(ワン)の目に映ったのは、一人の女性の凄惨な姿だった。壁に上体を預けるようにして座り込んでいる彼女の周りには赤黒い血だまりが広がっている。彼女の上腕の肉は大きく抉り取られており、もはや肩からかろうじてぶら下がっているような状態だった。
だが、B1(ワン)が驚いたのは、彼女の目に宿る強い意志だった。そこには何としても目的を果たそうとする光があった。
「ここから脱出しましょう」
そう言って隊員を呼ぼうとするB1(ワン)をパトリシアは右手を伸ばして制する。そして何かを言おうと必死に唇を動かす。
「何ですか?」
「……このまま」
その手には杖が握られたままだった。だが、奇妙なことに杖先の部分を持っている。それは剣の切っ先を自分に向けるようなもので危険な行為だった。
B1(ワン)はそっと杖を取って彼女の安全を確保しようとするが、瀕死の状態とは思えない程の握力でパトリシアはそれを放そうとしない。
彼女は強い眼差しだけはB1(ワン)からそらすことなく、ゆっくりと首を横に振った。
この事態に嫌な予感を覚えたB1(ワン)は彼女の杖に自身の杖を向けて、最後に何の魔法、或いは魔術を放ったか調べる。
「何と……」
それは服従の呪文だった。彼女は自分自身にこの忌まわしき呪文をかけていた。
驚きを隠せないB1(ワン)に、別のイメージが流れ込んでくる。それは魔法によるメモ書きのようなもので、パトリシアの声が残されていた。
「怪我をしてはダメ。そこから操られる。毒が回る前にそこを切り落として。服従の呪文はメアリーが死ぬまで解除しないで。あんな姿になりたくない」
杖の記憶に残されていた、早口でまくし立てるパトリシアの声を聞き取ったB1(ワン)は手信号で一階の安全を確保するように命じる。その後、既に合流していたA1(ワン)とD1(ワン)を呼び寄せるとパトリシアのことを伝えた。
「服従の呪文で自我を保っている?」
「ああ」
「できなくはないが、生き地獄だ」
「時間は?」
「三十分持てば良い方だろう」
「分かった」
短い話に一区切りついたところで、隊員がやって来て安全確保の旨を伝える。B1(ワン)は軽く頷くと、その場にいる全ての隊員達に短く告げる。
「全員、対象を確認次第、抹殺せよ」
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メアリーは彼女の軍勢と共に第二層へと到着していた。
魔物も人も問わず、大量の死体達を操るのはさすがに骨が折れるが、彼らとの距離が近ければ近いほどその制御は容易になる。
今、彼女は燃え盛る炎の壁の前でぼんやりと立っていた。
「フフフ……」
メアリーは炎を味わうようにじっくりと眺めると、おもむろに右手を掲げる。彼女の周囲にいた冒険者の死体達がばたりと倒れ、今度こそ動かなくなる。
その代わりに彼女の周りに魔力の渦が巻き起こり、どんどんと勢いを増していく。そしてその勢いのままにメアリーは両手を外側へと払った。
リズが放っておいた炎の壁は、海を割る奇跡のように両側へと分かれていく。
「モット……」
メアリーは嬉しそうに両手を擦り合わせると、第一層へと続く城門へと向かう。そしてその奥で無数に蠢く気配に向かって、声らしく聞こえない、ひどく耳障りな音を響かせながら呼び掛けた。
「モット、ワタシノモノニ……ナァァァァレェェェェェ……」
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城門の向こうから聞こえてくる、相手のことをもてあそぶような声にアルフレッドは顔をしかめる。
「全く腹立たしいな」
ガストンが顔を紅潮させる。その隣ではアンジーが苛立たし気に右頬を内側から舌で押し出していた。
「なあに、総大将が出てきたのなら話は早かろう」
クレイグは一人、景気付けに自身の槍を一振りする。その表情は笑みに満ちていた。
武威を放つこの老将の心持ちが明るいのは、一人の年若い貴族の存在があったからだった。
彼女は災害級の魔物と恐れられているデーモンスパイダーをたった一人で討伐している。それに、援軍がここへ来られたのも彼女の魔術が決め手になったという。
そんな彼女に大将の器を感じたのは自分だけではなく、銀色の天秤のメンバー達も同じようで、カーラとジェイはまるで護衛だと言わんばかりに彼女の近くをうろうろとしていた。
スタンフォード家とジョーンズ家の兵士達も同様だった。凄惨な戦場をくぐり抜けてここまでやって来たはずなのに、その表情には明るさがある。
だが、当の本人はどことなく浮かない表情を見せている。城門前に置かれた急ごしらえのバリケードを見やりつつ、何かを考え込んでいた。
「どうしたのだ、エリカ嬢。何か気になることでもあるのか?」
ジョーンズの言葉にエリカは振り返ると、ためらいがちに答える。
「どうも嫌な予感がするのです。あの言葉の意味が気にかかります」
エリカ自身は周りが期待を寄せる程には自身の実力を楽観視していない。確かにここまでの進軍を優位に進めたのは彼女の新しい土魔術によるところが大きいが、それによって消費した魔力はまだ完全に回復していないし、そもそも上手くいきすぎたような感触も覚えていた。
そんな状況下だからか、私のものになれという言葉の裏に何か大きな意味が隠されているのではないかと疑心暗鬼になっている自分がいた。
「エリカ嬢。そんなことを気にしても始まらんぞ。これから決着をつけねばならんのだ」
「ジョーンズ卿。口を慎んでもらいたい。娘が嫌な予感を覚えたというのなら、何かがあるのだろうからな」
「それはよく分かっておるわ。何も責め立ててなどいないではないか」
ここに来てアルフレッドとジョーンズがいがみ合いを始める。同じ爵位を持つ者として間に入るであろうガストンは、二人に呆れ返った視線を向けると知らん顔をしてバリケードの様子を見に行く始末だった。
「こんな時にケンカなんてやめましょうや」
「無礼な!」
見るに見かねて冒険者の一人が声を上げると、近くにいたガストン家の兵士が青筋を浮かべて剣を抜き放つ。
「おっ、手を出すっていうのかい」
別の冒険者が仲間をかばうように立ちふさがると、他の冒険者も剣を抜いた兵士を囲むように陣取る。
「やめんか!」
たまらずにローレンスが怒鳴り声を上げる。その勢いに冒険者達も兵士もびくりと身体を震わせ、彼の方を見るとばつが悪そうに武器を収めた。
何かがおかしい。エリカは直感的に理解するが、それを説明することが何故かできない。説明しようとすると思考がフワフワとしたものになり、どうでも良く思えてしまう。
それではいけないと思考を巡らせると、今度は纏まりかけたことがすぐにバラバラになり、整理がつかなくなる。
エリカは苛立たし気に首を振る。やはり何かがおかしかった。
「何か気付いたのかい?」
振り返るとアンジーが意味ありげに目配せしていた。
「考え込まずに、よーく目を凝らしてみな」
アンジーが指を上に向ける。エリカは違和感を抱えていたままだったが、その正体を解き明かしたくて目線を上げる。
最初は何も見えなかったが、段々と細い糸のようなものが張り巡らされているのが分かってくる。それらは全て冒険者ギルドの方から来ていた。
「見えただろう。あれがこの原因さ」
そう言うとアンジーは片手をひょいと振るう。まるでハエでも叩き落すかのような自然な動きだったが、その瞬間思考がクリアになったことにエリカは気付いた。
すぐに自分の周りに結界魔法を張ると、アンジーが少し驚いた表情で彼女を見ていたが、すぐにニヤリと笑った。
「物分かりが良いね」
「ですが、これは防ぎ切れませんね。皆がすぐに対応できるわけでもないし、魔術師が対応にあたれば戦力はダウンする」
「それに自分の身も守らなくちゃならない」
「どう動くべきでしょうか?」
いくら年下とはいえ、貴族でありながら丁寧に接し続けるエリカに若干の戸惑いを覚えつつもアンジーは答える。
「誰か一人があの魔法だか魔術だかを打ち払い続けないとなんないね。逆にそれができれば他が一斉に事にあたれるようになる」
「それならわたくしが」
「いいや。ここは別の誰かに任せるべきだ」
そう言うとアンジーはチラリと目を向ける。さっきからこちらを気にしている様子でカーラが視線を向けていた。
アンジーはカーラを手招きする。近付いてきた彼女にアンジーはさっきと同じ動作をする。
「あれ?」
思考がクリアになったのを経験したからか、カーラがきょとんとした表情を浮かべる。だが、その彼女の元にまた細い糸のようなものが纏わりつきそうになるので、エリカは急いで結界魔法を張った。
「あら?エリカさん?」
急に結界魔法を張られて驚いているカーラに、エリカとアンジーは事の次第を説明した。
それを聞いたカーラは飲み込むまでに少し時間がかかったものの、自身でも敵の能力を確認すると、それを打ち払う役目を受け入れた。
「それじゃあ、後はこれの張本人をどう倒すかだね」
アンジーの言葉にエリカは頷いた。




