十四 籠城の空に舞い上がる炎
態勢を立て直したアルフレッド達は、ジョーンズ家の兵士達と共に小高い丘へと陣取る。そこは奇しくもガストン子爵が遠見の魔法で事態の重さを把握した場所だった。
「本当に先陣を任せても良いのかね?」
ジョーンズがアルフレッドに念押しする。
「ああ。魔術に対する耐性はあなた達の方が極めて高い。不測の事態が起きたとしても後詰があなた達なら安心できる」
「先程も伝えたが、それは買いかぶりというものだ。我らでも耐え切れないかもしれんぞ?」
「その時はその時だ。この戦場では今までのやり方が通用しない可能性が高いのだから」
大真面目に答えるアルフレッドにジョーンズは苦笑する。
「定石は敢えて無視すべきか。だからといって学院に通う者を最前線に立たせるというのは、余りにも無謀というものではないかね?」
そう言うとジョーンズは申し訳なさそうにエリカへ頭を下げる。
「別に貴殿やご息女を疑っているわけではない。災害級の魔物を討伐したのは紛れもない事実だ。
だが、ここは不特定多数の相手がいる戦場だ。一対一というわけではない。それに、魔力量の問題は未だに納得しかねる。無理をさせてしまうのではないかね?」
言葉は強く聞こえるが、まだ学院に通う身である自身のことを慮ってくれていることはしっかりと伝わっているので、別に悪い気はしなかった。
懸念と配慮への返答代わりにエリカは、眼下に広がる戦場に向けて右手を掲げる。
「サンドスピア!」
詠唱と共に、冒険者ギルドの第一層前で彷徨い歩く死者達の足元から砂が隆起し、彼らの動きを阻害する。
だが、所詮は砂でできた突起物に過ぎず、腐り果てた足でも容易に踏み抜くことができてしまう。
その様子を遠見の魔法で観察していたジョーンズが言葉を探す。
「……初級魔術で魔力量を抑え、広範囲に展開する知恵は大したものだが、少し勇み足が過ぎたのやも知れんな……」
「まだまだこれから。娘にお任せあれ」
対してアルフレッドは自信たっぷりに娘を見る。その信頼がエリカは嬉しかった。
軍議が終わった後、エリカは父に自身の考えを告げた。それは余りにも突拍子もないもので、作戦と呼ぶには現実味がないものだった。
だが、エリカは自分にならそれができることを、確かな意志を持ってアルフレッドに伝えた。
最初、アルフレッドは悩む素振りを見せたが、それは彼女の案を吟味するものではなく、愛娘を少しでも危険から遠ざけたいという親としての思いから来るものだった。
だが、少しの逡巡の後、アルフレッドはエリカに大きく頷いた。
その時の父の顔を見た時に湧き上がった感情はエリカを捉えて離さない。そしてその感情を心底大切にしたいと思う。
その為にもエリカはこの作戦をやり遂げなければならなかった。
エリカは左手も戦場に向ける。
徐々に彼女の周りに魔力の渦が巻き起こり、近くにいたアルフレッドとジョーンズは、彼女が発動しようとしている魔術の威力の大きさを自身の肌でひしひしと感じ取っていた。
「これは……。信じられん……」
「これ程のものを見ると、エリカ嬢と相対したのが模擬戦で良かったとつくづく思います」
驚愕の表情を浮かべる父親にデイヴィッドが答える。
彼らのみならず、少し離れたところにいる兵士達からも畏怖の声が上がるが、エリカはそれらを意識から切り離し、今から発動する魔術のイメージに全力で集中する。
彼女が思い描くのは前世の記憶。世界の不思議を特集した番組を見ていた時に知った現象。
「シンクホール!」
エリカが言葉に出してからすぐに、死者達の足元の地面がゆっくりと沈み込んでいく。それを見ながらエリカは左手を掲げ直して、指揮棒を操るようにくるりと一回転させる。
その動きに合わせて地面に渦が生まれ始め、段々とすり鉢状になっていく。死体達は流砂に巻き込まれたかのように地面と共に沈んでいく。
エリカの額に脂汗が浮かび、膝から崩れ落ちそうになる。だが、エリカは歯を食いしばって耐えると、魔術を発動し続ける。
シンクホールは、地下水の浸食などで地下を形成する岩石などが崩壊することで生じる大きな穴を指す。
だが、地面の下に鉄砲水をぶつけるイメージは非常に難しい。
そこでエリカが思いついたのはアリジゴクの巣のイメージだった。サンドスピアで地面に少しでもでこぼこを作り、砂をすり鉢状に集めることで、死者達を沈めてしまう算段だった。
その作戦は今のところ順調に進んでいる。実際のシンクホールと違って、深さはほぼないに等しい状態だが、死者達の腐り果てた足は段々と上がっていく傾斜に耐え切れず、ついには自身の重みにも負けて、脆くも崩れ去っていく。
もがけども、もがけども死者達はその行為によって、より一層抜け出せなくなっていく。
そこまで見届けてからエリカは両手を下ろす。それと同時に、膝から力が抜けた。
ガクンと膝から崩れ落ちそうになる身体を支えてくれたのはアルフレッドだった。
「よくやった。見事だったぞ」
戦場に立つ父は普段とは違う表情をしていた。だからこそ、その姿での称賛の言葉がエリカは心の底から嬉しかった。
心地良い疲れが全身を包み込み、エリカはこのまま意識を手放したくなるが、何とかそれをこらえる。ここは今も戦場で、自分の身は最後まで自身の手で守らねばならなかった。
震える両足に心の中で檄を飛ばしながらエリカは再び立ち上がる。その時、目の端にデイヴィッドの姿が見えた。
どうやら崩れ落ちそうになるエリカを支えようと手を伸ばしていたらしい。しかし、その善意の手は娘を愛する父によって阻まれていた。
「大丈夫ですか?」
それでも精一杯、声をかけてくるデイヴィッドがどこか可愛くてエリカは微笑んでしまう。その表情を見たアルフレッドが不機嫌そうなのは恐らく気のせいではないだろう。
エリカは大きく息を吸う。途端に軽いめまいが襲ってくるが、それをグッとこらえるとデイヴィッドの方へと向き直る。
「ありがとう。心配をおかけしましたわ」
まだふらつきは残るが、エリカはしっかりと地面を踏みしめていた。
その様子を見てアルフレッドは満足げに頷くと、表情を改めて戦場を見据える。
「ここまでは順調だが、戦いは始まったばかりだ。魔術師はあの穴へと火魔術を撃ち込め。その後に我々は進軍する。
目標はガストン卿の救出と、冒険者ギルドの解放。決して気を抜くな!」
アルフレッドが剣を振るうと、魔術師達が紅蓮の炎を放っていく。一人ひとりが放つものは威力が知れているが、それらが合わさることで威力は格段に向上する。
今や死者達がもがき続けるすり鉢状の穴からは、メラメラと火炎の柱が立ち昇っている。それはまるで地獄を閉じ込めた釜の蓋が開いたかのような勢いで燃え盛っていた。
「安らかに眠られよ」
アルフレッドとジョーンズは共に短い黙祷を捧げる。肉が燃える嫌な臭いが漂い始めるが、それ以上酷くなる前に炎が全てを焼き尽くしていった。
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「あれは!?」
冒険者の一人が声を上げる。見れば第一層の城門前付近で炎の柱が上がっていた。
「……ほう。こりゃ、大したもんだね」
リズが感心の声を上げる。
同じ光景を目にしていたローレンスはひときわ大きな声を上げて、周りに呼び掛けていく。
「見ろ!私達は孤立していない!共に戦う者がいる限り、私達が希望を捨てることは許されない!」
そばでローレンスの表情を見ていたガストンが感慨深げに頷く。
「まだ若いのに気骨のある男だ。若者が懸命に前を向いているというのに、我々があぐらをかいているわけにも参らんよ」
「その通りじゃ、ゲイル様。むしろ、まだまだ若い者に出番をくれてやるつもりはないわい」
クレイグがニヤリと微笑む。
彼らのみなぎる士気と勢いのある火魔術を見て、一度は沈み込んでいた冒険者達も一人、また一人と再び腰を上げていく。
ローレンスはここが決断すべき瞬間だと腹をくくった。
「これより私達は第一層の奪還に動く!そして彼らと合流次第、改めて冒険者ギルドを奪還する!
勝利は私達の手にある!行くぞ!」
「おおーーーーっ!!」
冒険者達が声を上げる。それは遥か先の第一層の向こうまで届いただろう。
「んじゃ、作戦を立てようかね」
アンジーが冒険者ギルドの方を見やる。いまだにかつての冒険者達が押し寄せてきていた。
彼らは、合流したアンジー達の手によって築かれた長い土壁を乗り越えられずにいた。それにより、ローレンス達は土壁に遮られてそれ以上進めない死者達に城壁の上から攻撃を仕掛けることができた。
だが、戦力を第一層の方へと集中させれば、数の暴力に耐えきれずに土の壁は遅かれ早かれ崩壊するだろう。
アンジーは即断した。
「ここはアタシが食い止めるよ」
「ならんぞ、アンジー。まだ魔力は回復していないだろう」
「ゲイル様。年食った魔術師を舐めちゃいけないよ。力加減ってのが肝心なんだからね」
そう言うとアンジーは魔力の渦を練り始める。その背中はこれ以上の有無を言わせないと物語っていた。
「ほら、ゲイル様。行きますぞ」
クレイグがそっと子爵の背中を押す。
ガストンは、いまだに魔力を練り続ける忠臣の背中に向かって頭を下げると、ローレンス達と共に城門へと急ぐ。
「行くぞ!」
ガストンの号令で門が開けられ、冒険者と兵士の混合部隊がなだれ込んでいく。
勝利を掴もうとする者達の雄叫びを背後に聞きながら、アンジーは魔力を練り上げ終える。
「……久々に楽しませてくれそうだね」
アンジーは独りつぶやくと、練り上げた魔力を目の前の土壁の向こうではなく、第一層の方へと向ける。
それらは空中を漂ったかと思うと、微細に張り巡らされた細い糸のようなものを断ち切っていく。
戦いの中でアンジーは、冒険者ギルドの方から気味の悪いものが漂っていることに気付いた。
それらは魔物や冒険者達の死体を操るだけでなく、生きている者の動きを阻害し、思考に空白をはさんでいた。
アンジー自身、万全の力を振るえていなかったが、このことに気付いてからは仲間を十全にサポートできた。それがあったからこそガストン達はここまで辿り着くことができた。
また、すっかり覇気を失っていた冒険者達も、気味の悪いものを小さな魔力で打ち払うと見る見るうちに希望を顔に灯すようになった。
だが、それらはいまだに冒険者ギルドから漂ってきている。
アンジーは自身の魔力をもって生存者達の盾となるつもりだった。
「さてと」
魔力の大半を第一層に振り向けた影響は大きく、アンジーは地べたにあぐらをかいて座り込んだ。
土壁を叩く音が段々と大きくなる。死体達がなだれ込んでくるのも時間の問題だった。
目前に迫った危機に対してアンジーは冷静なままだった。彼女の心の中にあるのはただ一つ。一人でも多く土へと還し、真の安らぎを与えることだけだった。
目の前の土壁に穴が開き、腐った腕が突き出てくる。アンジーは静かに魔力を練った。
その時、自身の背後から土くれが雨あられと降り注ぎ、土壁の向こう側にいる死体達を圧し潰していく。
驚いたアンジーは振り向く。一人の女性が杖を振るっていた。
「……アンタは確か「銀色の天秤」の魔術師の一人だったね」
「はい。カーラと言います」
「ここで何を?」
「あなたをお迎えに」
そう言うや否や、カーラはアンジーの手を取って強引に立たせると、第一層と繋がる城門へと引っ張っていく。
「年寄りを急かすんじゃないよ、全く」
「ここを抜けたらいくらでも休ませてあげます」
城門に近付くにつれ、土壁が崩れていく音が聞こえ始める。カーラが舌打ちした。
その時、城門から二人の男が飛び出し、アンジーとカーラに駆け寄る。
「ちょいと失礼」
大柄な男はアンジーをひょいと背負うと、くるりと踵を返した。
「掴まれ!」
もう一人はもう少しだけ紳士的だったが、それでも有無を言わさずカーラの手を取って大柄な男に続く。
「リズ!」
「任せな」
城門の上からリズがファイアウォールを放つ。炎の障壁は迫りくる死体達の行く手を阻んだ。
その隙に全員が第一層内に駆け込み、急いで城門が閉じられる。
「さすがは銀色の天秤だね」
アンジーが感心すると、彼女を背負ったままジェイがニヤリと笑みを浮かべた。
「もう動けるようになったの、ザック?」
「必死だっただけだよ」
カーラは自身の手を引いたザッカリーを見やる。彼の額には脂汗が浮いていたが、その表情は穏やかだった。
軽口を叩くザッカリーはいつの間にかカーラの手を放していた。あくまで紳士的な態度を崩さない彼に感心しつつも、カーラはもう少しだけ彼の手のひらの温もりを感じていたかったことに気付いた。




