十三 反撃の狼煙
RCIS本部は厳戒態勢に入っていた。
非番の者も含め、特殊戦術部隊は全員招集を受けており、誰もがいつでも指示に従える状態になっていた。
「対象は帝国の錬金術師。死霊術を極めており、その影響力は未知数。
転移魔法陣の痕跡を辿るに、対象は冒険者ギルドへ向かった。そこでは魔物達の散発的な襲撃が報告されていることから、何らかの因果関係があると推定される。
なお、冒険者ギルドにはパトリシア・テイラー特別捜査官が向かっていた。彼女の救出が副次任務となる。
決して気を抜くな。対象には抹殺命令が下されている。攻撃は十分後。ブラボーとデルタが先行し、アルファが五分後に突入する。チャーリーは捜査官の救出にあたりつつ、各隊の援護を。エコーとフォックストロットは非常時に備え待機」
アシュリー・レーガンのブリーフィングに異議をはさむ者は誰一人としていなかった。隊員達はそれぞれ防御魔法を互いに掛け合い、各々の得物のメンテナンスを行いながらその時を待つ。
その様子を遠目から眺めていたゾーイは、静かに立ち去り本部長室へと戻る。手前の控室で待機している秘書官に、許可を出すまで誰も通さないよう厳命すると、ゾーイは静かに準備を整え始める。
地味なスーツを脱いで一糸まとわぬ姿になると、それらを全て丁寧に畳んで自分の椅子の上に置く。そして引き出しからローブを取り出すとそれに身を包んだ。
そのローブは王国を影から支えてきたスペンサー家の者のみが着用することを許されたもので、古代魔法も含めた叡智が集められた逸品だった。
ローブが完全に肌になじんだのを確認すると、ゾーイは右袖口に縫い込まれた魔法陣に魔力を通して展開する。
ホログラムのように宙へと浮かび上がった魔法陣はどんどんと大きくなり、やがては人一人が充分にくぐり抜けられる程の大きさとなっていた。
ゾーイはそこに一歩踏み出し、ローレンスの迅速な救出に乗り出す。彼が思い詰めてあの羊皮紙を開いてしまわないように。
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ローレンスは二つの点で苦境に立たされていた。
一つ目は、冒険者ギルドそのものが敵の手に落ちていたことだった。
城壁の第一層を捨てて第二層へと退却したまでは良かったものの、冒険者ギルドからも死体となった冒険者が現れたことで、ジェイ達は完全に逃げ場を絶たれていた。
ローレンスが目覚めたのは、死霊術の手にかかる前に逃げ延びた僅かな冒険者達がジェイ達の元に合流してからだった。
ギルドマスターと他の副ギルドマスターはいずれも命を落としており、指揮系統は既に機能しておらず、意識を取り戻して早々にローレンスは、挟撃にあう城壁の上で冒険者達に生存の為の指示をくださなければならないという重責を背負うことになった。
二つ目は彼自身の傷にある。
右ひじより先を失ったローレンスは、自身が思いのほか役に立てないことを痛感していた。
利き腕ではない以上、剣を振るうにせよ魔術を放つにせよ、どうしても普段通りにいかない。まして応急処置を受けただけの状態故に、満足に戦う程の体力も魔力も残されてはいない。
一度、第一層の方がにわかに騒がしくなり、ガストン家の兵士達の姿が遠目に見えた時は全員の士気も上がったが、すぐに彼らも死霊術によって命を落としては、かつての仲間に襲いかかっていく地獄絵図を目の当たりにしてからは意気消沈としていた。
今、第二層の城壁の上部を守っているのはジェイ達を初めとする僅かだけで、他の冒険者達は失意のどん底にいては、かつての仲間を手にかけなければならないことに絶望し、うつむくばかりだった。
その気持ちがローレンスにもいたく理解できる。直接手を下したわけではないが、自分のことをずっと、あらゆる意味で守ってくれていたギルドマスターを見殺しにしてしまった事実は一生背負っていかなければならない。
だが、それでも前を向かねばならなかった。
すっかり気力をなくして地べたに座り込んでしまう冒険者達に、ローレンスは静かに語りかける。
「さあ、そろそろ交代の時間ですよ」
「……俺はもう嫌だ。これ以上仲間を殺したくない……」
「ええ。分かりますよ。ですが、彼らはもっと辛いのです。本当の意味で死ぬこともできず、かつての仲間に襲いかからないといけない。それに終わりはない。
仲間の為にも私達はやり抜かなければならない。違いますか?」
「分かってる。分かってるけどよ……」
「仲間を最後まで守り抜くのが冒険者です。なら、彼らに助けられた私達は何をなすべきでしょうね」
「……」
冒険者達は答えなかった。だが、ローレンスは諦めなかった。
まだ慣れない隻腕の状態でも、ローレンスは果敢に階段の防衛戦に加勢する。悲しみの底に沈んだままの仲間を再び浮かび上がらせるのは言葉ではなく行動だという信念を持って。
そんな彼だが、例の羊皮紙のことが脳裏によぎらなかったわけではない。
だが、その度にゾーイの懇願が思い出され、ローレンスは羊皮紙を開きたい気持ちをグッと抑え込んでいた。
まだ絶望に染まったわけではない。希望がひとかけらでもある限り、そこにしがみつく。
その思いがローレンスを奮い立たせていた。
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キャサリン・ブラッドリーが部屋を出ようとすると、外にいた警官が慌てて彼女を止める。
「何をなさっているんですか。安静にしていてください」
「怪我ならこの通り。もう大丈夫だから」
キャサリンは自分の身体を軽くポンと叩いてみせたが、警官の態度は変わらなかった。
「そういうわけにはいきません。あなたをお守りするようにとの命令です」
「その命令ってもしかして本部長から?」
「お答えできません」
警官は答えをはぐらかすが、それは事実上の肯定だった。
キャサリンは、やっぱりと思いつつも笑顔を絶やさなかった。
「なら、一緒に来てくれる?何がどうなったのか知りたいし」
「いえ、ここから出てはならないという命令ですので」
「じゃあ、私が斬られた後はどうなったのか聞かせてくれる?」
「私にはお答えする権限がありません」
はあ、とため息をつきたくなる気持ちを必死に抑え込みつつ、キャサリンはそれでも目の前の警官を好ましく思う。自分がジーナ・ローリーで、彼が近衛兵だったら手放しで称賛し、手元にずっと置いておきたいと思うくらいに職務に忠実で、厳格だった。
だが、今の自分はキャサリン・ブラッドリーだった。
キャサリンは困ったような笑みを浮かべると、瞬時に当て身を喰らわせた。その時にメアリーから受けた傷が少し痛んだが、それを意図的に無視すると、意識をなくした警官が頭をどこかにぶつけないよう、優しく地面に寝かしつける。
「ごめんなさい。でも私にもやらないといけないことがあるの」
決して聞こえていないだろうが、キャサリンは彼の耳元で言い訳をささやく。
そして身を起こすと、魔法陣の保管室へと向かう。
メアリーに攻撃された時、キャサリンの中に彼女の思いのようなものが流れ込んできた実感があった。
それが走馬灯のようなものだったのか、それともメアリーの裏切りを受け止めきれなかったことによる正当化のようなものだったのかはキャサリン自身にも分からない。
分からないからこそ、この真相を突き止めなければならない。
奇襲によって意識をなくす今まさにその時、キャサリンが感じた彼女の感情は悲しみと苦しみ、そして絶望だった。
その思いが、初めて出会った時に見せた彼女の涙と重なっている。
それに自分が感じた彼女の思いがたとえ勘違いだったとしても、彼女を止めるのは自分以外の誰でもなかった。
彼女の涙と身の上話を信じて、ローレンスやゾーイ達に引き合わせたのは自分自身である。そのけじめは自分がつけなければならない。
一つの決意を胸にキャサリンは保管室へと向かう。
その足取りは自分でも気付かないうちに、どんどんと速まっていた。
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ガストンは僅かな手勢と共に、第一層と第二層をつなぐ城門へと辿り着く。その城門はしっかりと閉まっていたが、ガストンは一歩前に出て大声で宣言する。
「私はゲイル・ガストン子爵。救援に参った!」
扉の奥でわずかなどよめきが広がったのが、子爵達にも伝わってくる。
程なくして城門が少しだけ開き、緊張した面持ちの冒険者が彼らを出迎えた。
「救援、感謝申し上げます。私はザッカリー・マーティン。銀色の天秤のパーティーメンバーで、ここの守備を任されています」
「ほう。若いのにしっかりしとるのう。だが、その傷はなんじゃ?よもや死体の手にかかったのではあるまいの?」
クレイグがそれとなく槍を構えながら前に出る。その言葉に兵士達は臨戦態勢に入るが、ザッカリーは苦渋に満ちた表情のままクレイグに向き直る。
「この傷はこの騒動が起こる前のものです。ただ、信用できないと引き返されるのでしたら、私は引き留めません。
残念ながら冒険者ギルドは敵の手に落ちてしまいました。今や第二層はギルドと第一層とから挟撃されています。死地をくぐり抜けて駆けつけてくださったのは嬉しいのですが、これ以上進んでも地獄は終わりません」
その言葉にさすがのクレイグも絶句する。だが、子爵は事もなげに頷くと、目の前の傷付いている冒険者の目をしっかりと見据えて言った。
「今更戻ったところで地獄は変わらん。それ以前に、自らを犠牲にしてまで私達をここまで送ってくれた兵士達に申し訳が立たん。
私達は彼らの為にも救援の任を続行する所存だ」
言い終えると子爵は、まるで散歩するかのような自然な足取りで城門へと向かい、そこをくぐり抜けていく。呆気にとられて固まってしまうザッカリーの前を、子爵に続いた兵士達が歩いていく。
「相変わらず甘い坊ちゃんだね、ゲイル様は。だが、それが良いんだがね」
最後尾を歩いていたアンジーがどこか嬉しそうに笑う。その彼女の背後で城門が再び閉じられていく。
救援と呼ぶには余りにも少な過ぎる数だが、兵士の一人ひとりがガストンと同じ思いを持ってここまで来ていた。
「ガハハ!ガストン家の底力を見せてやるぞい!」
クレイグが豪胆に笑みを浮かべる。それにつられて兵士達も士気をみなぎらせていく。その様子を見ていたザッカリーは、彼らならこの苦境を逆転させてくれるかもしれないという一抹の希望を抱き始めていた。
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ガストン子爵の領主館に撤退したアルフレッド達は、マカリスターとケヴィン・ガストン、そしてジョーンズに出迎えられる。
「如何でしたか!?父……冒険者の方々は?」
ケヴィンは一番聞きたいことをグッと飲み込んで、気丈に振る舞おうとしている。
「父上は城壁の第二層へと向かわれたようだ。ご自身の役目を果たされようと今も必死に奮闘されている」
アルフレッドはケヴィンの想いを汲み取って答える。
「ところでトラヴィス卿は戻られたか?」
「いや、戻られていないが?」
マカリスターが訝しげに答えるが、アルフレッドはため息をつくしかなかった。
「恐らく事態が落ち着くまで、どこかで身を隠されているのだろうな」
ジョーンズがあざけり笑いながらつぶやく。本来であれば問題発言だが、誰もが同じことを思っていたので、ジョーンズをたしなめる者はいなかった。
「最高指揮官がいない今、隊を再編成する必要がある。マカリスター卿、頼めるか?」
「応じるしかないな」
マカリスターは肩をすくめる。あまり後方で指揮するのは好きではないと、ありありと顔に浮かべていたが、ガストン子爵の次にこの辺りのことに詳しいのが彼女になるので、その任に収まるのは当然のことだった。
「では、私達を戦場に出してもらおうか」
いきなりジョーンズがマカリスターに直談判を始めるが、それをアルフレッドがなだめる。
「待たれよ、ジョーンズ卿。あの戦場は少し勝手が違う。充分に準備を進めねば我々の二の舞になってしまう」
「謙遜されるな。指揮官が無能であれば優秀な人材も満足に働けんものだ」
「ジョーンズ卿」
マカリスターが指揮官としての威風をもってたしなめると、ジョーンズは不服そうに口を閉じた。
「それで、スタンフォード卿。勝手が違うとはどういうことか?」
「ああ。あそこには強固な黒魔術の罠がいたるところに張り巡らされている可能性が高い。いくら戦いに慣れていないとはいえ、伯爵の手勢が余りにも早く崩れ去ってしまった。
戦場での判断能力が高いはずのケラー卿も、人が変わったかのように己の武勇に頼るのみで、そこには戦略的判断も戦術的判断も見受けられなかった。何より……」
そこまで言うとアルフレッドは口ごもる。父親が何を言おうとしているのかを瞬時に悟ったエリカは、どうやってケヴィンをここから離れさせるか思い巡らせる。
しかし、それを打ち破ったのはマカリスターだった。
「気を遣ってもらうのはありがたいが、ここにいるケヴィンはガストン家の嫡男。過度な気遣いは彼の為にならない」
「……では。第一層の城壁の上に兵士達がいたが、彼らは私達に撤退するよう告げると自ら命を絶っていった」
「なんと!?」
「それも剣によってではない。城壁の上から次々と飛び降りていったのだ。地面にぶつかる寸前まで、逃げろと叫び続けながら」
その場にいた全員がその言葉を真に理解するまで、少しの間があった。その中で一番に立ち直ったのは、意外なことにケヴィンだった。
「彼らの覚悟によって、犠牲が最小限に食い止められたということですね。スタンフォード卿。彼らの最後の姿を教えてくださりありがとうございます」
深く一礼するケヴィンの肩にアルフレッドはそっと手を置く。
「あなたの兵士達の最後の思いを無駄にしない為にも、盤石の態勢で臨みましょう」
アルフレッドの言葉が静かに大広間へ広がっていく。父の言葉を聞いてエリカは、今まで憎しみや怒りといった負のエネルギーによって振るってきた自身の力を、純粋な意志によって振るおうと改めて心に誓った。
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マクファーソン王国の数少ない臨海部。
漆黒の闇の中、小さな港に据え置かれた一隻の船の前で、全身黒づくめの者達が懸命に作業に取り組んでいた。
その船は一見すると櫂船だったが、よくよく見ると両舷に備えられた櫂の数は一般的なものに比べて遥かに多い。だが、それ程の漕ぎ手が収容できるような大きさでもなかった。
その代わりに、本来ならば漕ぎ手が入るスペースの上部に、大きな長方形の箱が三つずつ取り付けられている。
その箱には向こう側まで見通せる程の穴が開けられており、それはまるでレンズを入れ忘れた望遠鏡のような姿をイメージさせる。
その内の一つの前で誰かがかがみ込んでいる。その手は何かを点検しているようだった。
「調子はどうかな?」
その人物に声をかける者がいる。かがんでいた人物は振り返ると満足げに答えた。
「全て順調です、殿下」
その声にトレヴァー・マクファーソンは機嫌を良くすると、これからこの船に乗って出港していく兵士達の前に立つ。
全員がフードを目深にかぶっている。それは本来であれば王族に対する不敬として咎められるものだったが、他でもないトレヴァーの指示によってなされていることだった。
トレヴァーは敢えて声をかけない。その代わりに一人ひとりにしっかりと目線を合わしていき、最後には大きく頷いた。
振り返り、先程言葉を交わした者を見やる。
「我らにお任せを。殿下」
フードの下からベアトリス・マッコードが見つめ返す。
そこには普段のおっちょこちょいな教師としての姿はなく、かつて近衛兵として武に生きていた者の姿があった。




