五 明らかになる帝国の所業
ローレンスは室内を落ち着きなく歩き回っている。
キャサリンが森の奥へと向かって一週間が経つ。予定では昨日の晩には戻って来ているはずだった。
「まあ、落ち着いてくださいよ。副ギルドマスター」
落ち着きのないローレンスをジェイがなだめる。
「落ち着いてなどいられないよ。ましてあなた達に特別依頼を出す瀬戸際に立たされているというのに」
そう答えるローレンスの不安げな目は窓の外に向いている。
「そんなにヤバい件なら俺達の手にも負えないと思いますが」
「そんなことはない……と言いたいところですが、正直に言ってあなた達にしか頼めない」
「はっ。こりゃまた随分な期待だね。でもね、アタシ達がここまで来たのは、危険なものを見極める感覚が優れているからに他ならない。
そんなわけだからアンタが特別依頼を出すのを悩んでいるなんて姿を目の前で見た以上、言われる前から答えは決まってるよ」
リズが不機嫌そうに答える。隣に座るカーラは黙っているものの、その不機嫌そうな表情からリズが話した内容に同意しているのは明らかだった。
「ああ。その通りだが……」
ローレンスも無理を言おうとしている自覚はあるので、言葉に詰まる。
そもそもこれはジーナ一人に課せられた密命である。自分の私情でこのギルドの優秀なパーティーを救出に向かわせようと悩むことすら、本来であれば許されるものではなかった。
だが、未開の魔物領から冒険者を救い出すという困難なミッションをこなせる可能性が最も高いのも彼らだった。
悩んだ末にローレンスは特別依頼の内容を伝える。その上で彼らに判断してもらうことにした。
「……冒険者の救出ね。しかも特別依頼を受けた冒険者の」
リズが胡散臭そうに鼻を鳴らす。
「ちょっとそれはズルいよ。副ギルドマスター」
カーラは非難がましい視線を向けた。
実際、ローレンスは逃げの一手を打った。冒険者は依頼を受けるかどうかの自由度が高い。指名を含む特別依頼についても強制ではなく、拒否することもできる。
だが、冒険者同士の暗黙の了解として、仲間の救出については緊急依頼問わず引き受けることが絶対視されていた。
それが分かっているからこそ、ローレンスは内容を伝えた。本来であればその鉄の掟に従って救出に向かうよう命ずるだけで良かった。命ずるまでもなく彼らは引き受けただろう。
だが、そうしなかったのは再び冒険者を自らの手で死地へと送り込みたくなかったからだ。死んでくれと再び告げるにはローレンスの心は優し過ぎた。
その一方で、周りの目がない場所とはいえ、仲間の救出の選択を冒険者達に委ねさせるという弱さも前面に出てしまった。王位継承権を自ら放棄したのは英断だったのかもしれない。
窓のそばで、それまでのやり取りを黙って聞いていたザッカリーだったが、軽く視線を窓の外に向けるとローレンスに尋ねる。
「副ギルドマスター。あなたが言う冒険者とはもしかしてキャサリンさんのことですか?」
「ザック。不用意に聞いたらダメよ。聞いてしまったらもう引き返せなくなる」
慌ててカーラがたしなめるが、ザッカリーは構わず続ける。
「いや、キャサリンさんが誰かを連れて帰って来てるところみたいですよ。その誰かが今の話の人なら、僕らも悩まなくて済むかなと……」
だが、ザッカリーの言葉が最後まで聞き届けられることはなかった。
脱兎のごとく部屋を飛び出したローレンスは、階下の職員室に駆け込むや否や白魔術師の手配を命じる。
職員室は受付を兼ねている為、ローレンスの電光石火の指示は同じフロアにいる冒険者達にもしっかりと届いていた。
依頼ボードの付近や食堂にいる冒険者達は自発的に負傷者の受け入れ態勢を整えていく。副ギルドマスターが白魔術師の手配を慌てて命じたということは、誰かが生きて帰ってきたことを意味すると身に染みて分かっているからだ。
遅れてジェイ達のパーティーも階下に向かう。騒然とする一階の中で自分達にもできることをしようと動き始めた時、正面玄関の扉が勢いよく開かれる。
「キャサリンじゃねえか!大丈夫か!?」
扉の一番近くにいた冒険者が声をかけるが、キャサリンは軽く頷いて答えた。
「隣にいるのは?」
他の冒険者が声をかける。
キャサリンの隣にいた人物は奇妙な姿をしていた。キャサリンが羽織っていたであろうローブを頭からすっぽりと被り、両手は包帯でぐるぐる巻きにされている。
白魔術師が治療の為に近付こうとした瞬間、キャサリンはかばうように前に出た。
「ここではダメ」
その一言で何かを察した白魔術師は大人しく下がる。
実際は治療が必要なのはキャサリンだけでその人物は傷一つ追っていないのだが、ローブの下の姿を見れば周りがパニックに陥るのは目に見えている。
ローレンスはキャサリンの元へと駆け寄った。
「大丈夫かい!?」
「副ギルドマスター」
思わず我を忘れているローレンスをやんわりと制止すると、キャサリンは意味ありげに目配せする。
「急いで報告したいことがあります。誰もいないところが必要です」
「なっ!?」
キャサリンはひそひそ声で話していたが、それでも近くにいる冒険者達の耳には届いてしまう。
「何だよ、キャサリン。水臭えじゃねえか」
「そうだ。それに手当てが最優先だろ」
「皆さん、申し訳ないですがここは飲み込んでください」
ローレンスはそれだけを伝えると、二人を伴って階上へと向かう。
ローレンス達がいなくなった後、冒険者達はこぞって噂話を始める。にわかに騒がしくなったギルド内で、ジェイ達だけは不安げな表情を浮かべていた。
救出対象がキャサリンだったのは、まず間違いない。だが、その彼女が受けていたという特別依頼の正体がどうにも引っかかって仕方なかった。
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三階にあるローレンス専用の秘密の部屋に入るや否や、キャサリンは忠告する。
「最初にお伝えせねばなりませんが、このフードの下を見ても驚かないでください」
「あ、ああ……。だが、まずは」
ローレンスの言葉を遮るようにキャサリンは、自分が連れてきた相手のフードをゆっくりと脱がせていく。徐々に露わになる姿にローレンスは叫びそうになったが、キャサリンの忠告を思い出して、出かかった悲鳴を何とか呑み込んだ。
「グギ……ガ…ハ……ハジメ……マシ…テ……」
蜘蛛の頭部を持ちながら確かに聞こえてきた自分達の言葉に、ローレンスは困惑するばかりで何も返せない。
キャサリンが咳払いする。
「副ギルドマスター。ご挨拶を」
「あ、ああ。そうだったな……。初めまして。ここの副ギルドマスターです」
名前を名乗らなかったのは相手を警戒してのことだった。いくらキャサリンが連れてきたとはいえ、目の前にいる存在の姿形は余りにも理解の範疇を超えていた。
それはキャサリンも分かっているので、敢えて役職名でローレンスを呼ぶ。
「副ギルドマスター。詳しくは後で説明しますが、こちらの女性は特別依頼の調査結果につながる方です」
「ふむ……」
「彼女は帝国の被害者でした」
「何と!?」
ローレンスは驚きの余り声を上げてしまう。それに驚いた蟲人間はびくりと身体を震わせた。
「副ギルドマスター」
「失礼。取り乱してしまった……。だが、被害者とは一体どういうことかな……」
その言葉にキャサリンは静かに説明を始める。もっとも、その内容自体もこの数日間で苦労して聞いたものなので、内容量としては非常に少ない。
そもそも彼女は帝国の魔術師だったそうだが、ある研究でミスを犯したが為にその責任を取らされる形で、ある錬金術師の実験台にさせられた。
実験内容は魔物を強制的に支配するというものだが、その実態は魔物領で入手できた卵を体内に埋め込み、錬金術で強制的に融合させることによって、魔物と人間のハーフを生み出し、直接指示を下せる存在に育て上げるというおぞましいものだった。
群れを率いる動物の多くにはリーダーとなる存在がいる。その仕組みを魔物に持ち込もうとしたのが帝国の思惑だった。
だが、魔物にはそれが通用しなかった。
九年前、マクファーソン王国に甚大な被害を与えた魔物群大侵攻、俗に言うスタンピードは帝国にも及んでいた。
既に蟲人間となっていた彼女は魔物をコントロールするようにと命じられたが、魔物の群れは彼女の指示を一切受け付けなかった。
王国の知らないところで、王国以上の被害をこうむった帝国は仕方なく方針を変える。それは魔物を一旦殺し、その死骸を死霊術によって操るというものだった。
そしてその実験には再び彼女が選ばれた。既に魔物との融合を果たしていた彼女は、このような実験に耐え得る資質を有しているとみなされていた。
だが、その実験は魔物との融合以上に彼女の精神をむしばむものだった。死霊術という夢物語に等しい前人未到の分野に臨まされるだけでなく、成果を上げることが求められた。
その苦しみは数年にも及び、そしてようやく一つの形を確立させる。
「それがデーモンスパイダーだったのか……」
力なくつぶやくローレンスにキャサリンは静かに頷いた。
そもそも王国を襲撃したデーモンスパイダーは、元は九年前のスタンピードによって瀕死状態になっていた。
理性の外にいる魔物達は同士討ちを繰り返しながらも、本能に従って目に入るもの全てを引きずり倒し、なぎ払い、食らい尽くした。
いくら災害級の魔物といえども、膨大な数の魔物達の本能による殺し合いに巻き込まれてはひとたまりもなかった。
瀕死のデーモンスパイダーは、スタンピードの後始末と周辺調査に駆り出された部隊によって発見される。
本来であればその場でとどめを刺されるところだったが、同行していた錬金術師によって死霊術の実験台に選ばれる。
そしてその実験は成功した。
彼女は苦心の末にデーモンスパイダーの死骸を死霊術によって操ることができたが、元が災害級の魔物ということもあって、他の魔物の死骸を操る余裕はなく、その一体に全力を尽くすだけで精一杯だった。
しかし、長い年月をかけてようやくデーモンスパイダーを完全に使役できるようになった彼女は、遂に王国侵攻の先兵という大任を与えられた。
「だが、予想以上に早くデーモンスパイダーは討伐されてしまった」
ローレンスが結んだ言葉に彼女は頷いた。
「それで、責任を取らされそうになって魔物領へ逃げていたというわけかな?」
「ガガ……ハ…イ……」
「そうか」
ローレンスは思いがけない成果に心底喜んだ。本来の目的であったデーモンスパイダーの調査だけでなく、帝国の内情を知る者を手中に収めることができたからだ。
だが同時に警戒心も湧き上がる。話の内容が真実だとすれば彼女は死霊術という高みに到達したことになる。それ程の人物が簡単に切り捨てられるだろうか。
もしかするとキャサリンは黒魔術の支配下にあるかもしれない。その可能性も踏まえながら、ローレンスは慎重に言葉を選ぶ。
「それであなたはこれからどうしたい?」
「グゲ……デ…デキレ……ググガ…………タス…ケ…………テ……ホ…シ……」
「分かった。できる限り手を尽くそう」
そう言うとローレンスは扉の方へと向かう。
「キャサリン。しばらくの間ここで彼女と待っていて欲しい。安全な場所を用意する必要があるし、冒険者達の関心も高まっていることだろう。無用なトラブルが起きないうちに手を回す必要がある」
「分かりました」
そう言うとキャサリンは隣に座る帝国からの逃亡者の背中を優しくなでた。
部屋を出たローレンスはすぐにギルドマスターの部屋へ向かい、問答無用で扉を開ける。
「一体何事でしょうか?」
驚くギルドマスターを尻目にローレンスは、床に隠されている非常用の転移魔法陣を起動させる。
「済まないが、大至急RCISのスペンサー本部長の元へ向かって欲しい。帝国からの逃亡兵を保護したが、罠の可能性も考えられる。特殊戦術部隊の出動を要請すると伝えてくれ」
「かしこまりました。直ちに」
ローレンスが王族に連なる人物だと知っている数少ない一人であるギルドマスターは、すぐに転移魔法陣へと飛び込んでいった。
それを見届けたローレンスはすぐに踵を返すと階下に向かい、職員達にあるハンドサインを送る。
それを見た瞬間、職員達は訓練された兵士のようにきびきびと動き始める。それに合わせていくつかのパーティーがローレンスの元へと集まり、彼の周りを自然な流れで囲んだ。
「これはこれは。随分と厄介そうだ」
「リズ、カーラ。お前らは最後尾に移れ。ザック。お前は俺の後ろに」
ローレンスの正体を知る一人であるジェイはすぐにパーティーに指示を出す。彼らはローレンスとは関係ない純粋な冒険者達だが、この厳戒態勢を見て何事にも即座に対応できる陣形を取る。
「皆、済まないが一時的に冒険者ギルドを封鎖する。これは他ならぬ私の意思によって行われるものである」
ローレンスが厳かに宣言すると、正面玄関の扉を初めとして人が出入りできるところは全て自動でロックされた。
「全く、錬金術ってヤな感じ。言葉だけで全部解決するんだもん」
「バカ。もっと自信を持て」
不満げなカーラをリズがたしなめる。だが、思わず愚痴をこぼしてしまいたくなるくらい、ローレンスの錬金術は見事なものだった。
彼はその類まれなる錬金術を駆使して、この冒険者ギルドを有事の際の防衛拠点へと作り変えていた。
「では、宜しく頼む」
「はっ」
護衛に守られながらローレンスは再び階上へと向かう。その瞳にかすかな不安がよぎっているのに気付く者は誰一人としていなかった。




