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三 親友達との模擬戦

 総当たり戦ということもあり春先まで行われる総当たり戦だが、どの学年も思いのほか順調に進んでいるようで、予定よりも早く終わる見込みだった。

 その中でエリカは上々の成績を修めている。百二十名近くいる中で、エリカは八割近くの白星を挙げている。


 だが、そこに待ったをかけてきたのがグロリアとシェリルだった。親友だからこそお互いの手の内はよく分かっている。

 特にエリカの実力を知っているからこそ、グロリアとシェリルは研鑽を怠ることなく邁進してきた。そのことはエリカも分かっているので心が休まらない日が続いていた。


 今までは模擬戦で出会っていなかったが、遂にその日がやって来た。


 エリカは向かい側にいる親友の顔を見つめる。


「本気なの?」

「勿論、本気だよ」

「エリカ・スタンフォード。グロリア・ブロードベント。何があったか知らんがこれは模擬戦だ。私情は挟むな」


 何かを感じ取ったのか、オリヴァーが二人に釘を刺す。


「それでは、試合開始!」


 号令と共にグロリアは手のひらに生み出した水球を掴みながら横に振るう。難易度の高い無詠唱で無理やり発動した為に、その水球は非常に小さいものだったが、グロリアにはそれで充分だった。


 勢いよく振るわれた反動で、細かな水の塊がいくつもエリカの顔に降りかかる。反射的にそれを左手でかばうエリカにグロリアは肉薄する。


 エリカがその作戦に気付いた時にはグロリアはもう目と鼻の先にまで迫っている。それなのに目に入った水滴が視界を妨げる。

 動きが鈍いエリカに対してグロリアは積極的に体術を仕掛けていく。どちらかと言えば魔術師寄りのエリカはやむなく防戦一方となる。だが、グロリアの体術は非常に洗練されていた。


「くっ!」


 思わず出た舌打ちにグロリアが顔をほころばせたのがエリカにも分かった。


「どう?びっくりしたでしょう?」

「まあね。中々やるじゃん」

「ナタリアに訓練付けてもらったしね」

「それってずるくない!?」

「ふん。オズワルド様に色々と教わってきたエリカだけには言われたくないけどね」


 そう言いながら振るってきた右腕の薙ぎ払いを両腕で防いだ時、左足に痛みが走ってエリカはよろめく。グロリアが右足で踏みつけてきたのだ。

 体勢が崩れたエリカの胸元を狙ってグロリアの手刀が差し出される。だが、エリカは身を半回転させる勢いでよじると、何とかわき腹の方へと手刀をずらすことに成功する。


 自分の右わき腹近くを通り過ぎるグロリアの腕を、逆に自分の右腕を使って挟み込んだエリカは、グロリアの右肩に自身の左手を当てて動きを封じる。


「放しなさいよ!」

「やっと捕まえられた」


 ジタバタするグロリアだったが、エリカは決して彼女を離さない。


「ねえ、グロリア。さっき、本気って言ったのって嘘でしょ?」

「……」

「グロリアが惚れっぽい性格なのは知ってるからね。合同授業の時だってザッカリーさんに熱を上げてたでしょう?」

「それはそうだけど……。その瞬間は本当に恋焦がれるの!仕方ないでしょう、惚れっぽいのは自分でも分かってるんだから」


 どこか拗ねたように答える親友に少し安心しつつ、エリカは改めて決意する。


「そういうことなら尚更あなたに手出しさせる訳にはいかない」

「それはオズワルド様が決め……」


 むきになって言い返そうとしたグロリアだったが、エリカは左手から風魔法を放つ。ゼロ距離から放たれた衝撃でグロリアは後ろによろめく。このままだと押さえている彼女の左腕が脱臼してしまうので、すぐに締め付けから解放する。


 支えがなくなったグロリアはそのまま倒れそうになるが、地面に頭をぶつける寸前でエリカに抱きかかえられる。


「それまで!」

「先生、私はまだ戦えます!」


 オリヴァーの宣言にグロリアが抗議するが、ひと睨みで黙らせてしまう。


「これが実戦だったら、地面に倒れた段階でまずとどめを刺されるぞ。こうして助けられている段階で貴様の命は彼女の手の中にある」


 少し悔しさを滲ませつつもグロリアはそれ以上何も言わなかった。そんな彼女にエリカは手を差しだす。


「あなたが本気で惚れこんでいるなら、私も真剣に競い合うわよ。でも一瞬の気の迷いなら邪魔しないで」


 グロリアは黙って手を掴むと立ち上がる。だが、その表情はどこか晴れやかだった。


 その後、何組かの試合が続く。模擬戦期間の中盤にもなってくると、総当たり戦というのも相まって、戦いの幅が広がっているのがよく分かる。

 木剣を二刀流にする者もいれば、暗器のように使う者もいる。魔術師寄りの学生は杖を使うことも増え始めた。

 自分の得意とする武器を扱おうとする者もいる。勿論、それらは全て木製のものに変更されるが、だからこそ積極的にそれを選択する学生が多い。

 また、自信の種族の特性を活かした戦い方をする者もいれば、敢えてその逆の戦い方をすることで意表を突こうとする者もいた。


 その中にあってシェリルは最初からずっと戦法を変えることはなかった。エルフとしての特性を存分に活かし、魔法戦のみで相手を圧倒していた。

 だからこそシェリルと対峙した時、彼女が多くの木剣を用意していることにエリカは驚きを隠せなかった。

 それはクラスメイト達も同じで、唖然とした表情でシェリルを見つめている。


「別に急がなくても良いぞ。それ程の量だ、ゆっくりと準備しろ」

「ありがとうございます。ですが、慣れていますから」


 オリヴァーの言葉に礼儀正しく答えながらシェリルは、言葉通りに慣れた手つきで木剣を携帯していく。

 ざっと把握しただけでも、背中にはクロス状に剣を装備し、両脚にもまるですね当てのように剣を装備している。他にも制服の裾の箇所に暗器として剣を仕込んでいるだろうとエリカは見当をつけた。


 その上でシェリルは他よりもひときわ長いロングソードを手にして構えた。

 いくら運動場とはいえ、模擬戦の試合場所となる範囲は限られている。取り回しの面でロングソードは圧倒的に不利なはずだった。


「では、試合開始!」


 エリカはすぐに前へ駆け出す。木剣とはいえ武器を持っている相手に素手で挑むのは自殺行為だが、だからこそ意表を突く行動になるはずだった。

 だが、シェリルは圧倒的優位の状態でありながらするすると後ろへ下がっていく。その余りにも滑らかな動きにエリカは一瞬、虚を突かれる。


 その瞬間を見逃さなかったシェリルは、一気に走り出して距離を詰める。ロングソードの間合いもあってエリカが反応し切る前に鋭い一撃が迫る。

 試合終了の号令が響かなかったのは、エリカが寸前のところで風魔法を放ったことでロングソードの軌道を僅かに逸らすことができたからだ。


 しかしその剣撃は見事にエリカの右肩をしたたかに捉えており、早くもエリカは片腕、しかも利き腕ではない左腕のみで戦うことを余儀なくされた。


 だがシェリルは一切油断することなく、苛烈なまでに剣撃を繰り出してくる。それを何とか躱しつつ、エリカは素直に言葉を投げかける。


「強いね」

「勝たなきゃいけないから……」

「必死さは伝わるんだけど、シェリルってそんなに先生と接点あったっけ?」

「正直ないよ」

「じゃあ、何で……」


 尚も理由を聞こうとするエリカの鼻先をロングソードの切っ先がかすめる。その勢いに秘められた明確な意思を確かに受け取ったエリカは言葉を呑み込むしかなかった。

 この模擬戦が終わらない限り、シェリルは何故自分との戦いに執着していたのかを話してくれることはないだろう。その理由は気になるが、少なくともオズワルドに纏わる色恋沙汰ではないと分かったことは安心できた。


 エリカは自身に風魔法を放って、意図的に後方へと下がって距離を取ろうとする。そのエリカに対してシェリルは左手をかざした。

 この辺りはエリカにも予想がついている。自分がシェリルならこういった瞬間を見逃さない。


 だが、放たれたのは風魔法だった。それもエリカがたった今使ったのと同じものだった。

 それによってエリカは予想以上に後方へと飛ばされる。また勢いも想定以上についているせいで思わず片膝をついてしまう。


 そこにシェリルが再び左手をかざす。だが、そこから繰り出されたのは魔法や魔術ではなかった。

 裾に仕込まれていた短剣が弾丸のような勢いで飛び出し、まだ立ち上がっていないエリカの左足のすね辺りに直撃する。

 木製なので短剣はカランと音を立てて地面を転がるが、実戦では確実にその箇所を貫いていただろう。


 エリカは左腕と右足のみで戦うことを余儀なくされていた。


「あんな状態でまだ戦うっていうの!?」

「ギブアップすれば良いのに……」

「俺なら右腕をやられた段階でギブアップするぜ」

「ふーん。じゃあ、今度あんたと戦う時は右腕を狙おう」

「はーん。作戦かも知んねえだろ?」


 クラスメイト達が口々に騒いでいるが、エリカは全神経を目の前のシェリルに集中させる。


 シェリルはスピードを活かして、また一気にエリカとの間合いを詰める。エリカは焦らずその挙動をじっくりと観察しつつ、タイミングを見計らった。


 シェリルの剣撃が迫り来る寸前、エリカは風魔法を発動する。反撃を予期していたシェリルは身構えるが、エリカが放った風魔法はシェリルに向けられていなかった。

 風魔法の影響を受けたのはエリカの左足を封じた木剣だった。地面に転がっていたそれは意思を持ったかのようにシェリルの両足へ襲い掛かる。


 慌てて体を横向きにし、足に装備した木剣でそれを防ぐシェリルだったが、その瞬間に自身の右腕が軽くなったことに気付いた。


 彼女の右腕に仕込まれていた木剣を風魔法で抜き出すと、エリカはそれを操ってシェリルに反撃する。

 実際にそれを握っている者がいないからこそ、普通ならあり得ない動きで攻め立ててくる木剣にシェリルは防御を余儀なくされる。

 その隙にエリカは、転がっている木剣に手を伸ばそうとする。だが、それを見逃すシェリルではなかった。


 シェリルは強引に木剣の攻撃をかいくぐってエリカに肉薄する。その際に左腕を打たれるが、片腕になってもロングソードを見事に操ってエリカに襲いかかった。


 瞬間、エリカはシェリルの足に装備している木剣を風魔法で動かす。既に操っている木剣があるので満足に動かせないが、それでもシェリルの注意を逸らすには充分過ぎた。


 剣を奪われることを警戒したシェリルは攻撃の手を緩めるが、その時には地面の上の木剣を手にしている。

 それを弾き飛ばそうとシェリルがロングソードを振るった瞬間、エリカは風魔法の出力を上げた。


「ウィンド!」


 今まで無詠唱だったところを敢えて大声で詠唱する。その瞬間、シェリルが装備していた木剣が宙に浮き上がった。

 驚くシェリルに、浮き上がった全ての木剣が迫る勢いで落下してくる。それに何とか対応しようとするシェリルだったが、それらが全て操作されたものでないことにシェリルは気付いた。


 次の瞬間、エリカの木剣がシェリルのロングソードを弾き飛ばし、返す刀でそのまま首元に向かう。

 だが、シェリルもその時には右腕を胸元に入れていた。


「それまで!」


 オリヴァーの号令を聞いて初めて、辺りが静まり返っていたことにクラスメイト達は気付いた。

 それ程までにこの試合は何とも言えない、息詰まるものがあった。


「ふーむ。どうしたものかな」


 そんな空気を打ち払ったのはオリヴァーだった。困った表情で頭をかくと、目の前にいる二人の学生の試合結果をどう差配したものか思い巡らせる。


 エリカの切っ先はもうひと押しすればシェリルの首元に届く位置にあった。だが、シェリルが胸元にまで隠していた木剣はエリカのみぞおち辺りに向けられている。


「……相討ち?」

「……そうみたい」


 シェリルがつぶやくと、エリカもそれに答えた。


「……ふふ」


 どちらともなく笑い出すと、二人は段々と声を上げていく。

 貴族の女性二人がお腹を抱えて笑う光景は、いくら身分の垣根がないことを謳う学院でのこととはいえ、それを見た者に強烈な印象を残した。


 思いがけない接戦にお互いをねぎらい合いながらも、その表情は次の戦いに向けて引き締まっている。


「次は勝ってみせるよ」


 シェリルのその言葉を聞いて、エリカは何となく彼女が自分との戦いを望んだ理由が分かったような気がした。


 まるで青春だなと思う自分がいたが、すぐに今まさにその青春時代を生きていることを思い出すと、エリカは何だか照れくさくなって、またはにかむ。

 そして改めて目の前の親友を見やる。


「いーや、次は私が勝ってみせるから」


 エリカ自身、感情に呑み込まれず純粋な実力でここまでの戦いができたことが嬉しかった。


「……盛り上がっているところ申し訳ないが、引き分けはないのでこの戦いは後日再戦となる」

「え!?」

「どうしたものかって悩んでたじゃないですかー」

「いや、余りの見事な戦いぶりに我を忘れただけで、決まりは決まりだからな」


 頬をかくオリヴァーに二人のみならずクラスメイト達もジト目を向ける。

 涼やかな風が運動場を駆け抜ける。


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