二 王国の「希望」
冒険者ギルドの食堂はいつも盛大に賑わっている。
その中でもザッカリーは静かにウィスキーを飲みながら、ナッツの盛り合わせをつまんではぼんやりと依頼ボードの方を眺めている。
「何だい。シケた面をして」
隣に座るリズがワインをぐびぐびと飲みながら、ザッカリーのわき腹をつつく。
「いや、別に」
「ハッ。面白くない男だね。緊急依頼を達成したって言うのに」
「そうだそうだー。一番の大手柄なくせに浮かない顔しちゃってー」
カーラはすっかり出来上がっており、自分のグラスが空になっているのを見るやリズのワインボトルをひったくってラッパ飲みし始める。
「ザックのおかげで皆こうして旨い飯が食えるんだ。感謝してるぞ」
川魚を豪快に丸焼きにしたものを更にトマトソースとハーブで煮込んだ料理を、これまた豪快に頬張りながらジェイは満足そうに頷く。
彼らの周りにいる冒険者達もそうだそうだと言わんばかりにグラスを掲げて同意する。
今まで確認されていなかった熊のような魔物を発見しただけでなく討伐してみせたことで、ジェイのパーティーは更にその名声を高めた。
また、その魔物のねぐらを調べると、行方不明になっていた一部の冒険者達の遺品がいくつか見つかり、それらを回収することもできたのも大きい。
それらは全て、斥候のザッカリーが魔物の痕跡や気配を事前に探り当てたからこそで、それによって熊のような魔物の襲撃をことごとく事前に防ぐことができた。
だが、そんな功労者のザッカリーは一人浮かない顔をしていた。
「そう言ってもらえるのは嬉しいけれど、弔いの席って聞いてるとさ……」
「ああ、ザックはこういうのは初めてだったか。これがこのギルドなりの仲間の弔い方なんだ。まあ、俺も最近聞いたばかりだから知ったかぶりみたいなもんだけど」
「そうなのか……」
そう言われてもすっきりしないのでザッカリーは黙って酒を喉の奥に流し込む。
カーラは身を乗り出すと、そんなザッカリーの頭をペチッと叩く。
「いてっ」
「すっきりしないだろうけどね、そういう文化なんだよ。ここで生きていくんだから納得はできなくても折り合いは付けていきな」
「だからってはたくなよ。筋肉バカ女」
「おっ?ライン超えたな?我、魔術師ぞ?」
「だからって杖を向けるな!危ないだろ!?」
カーラが絡んだことでザッカリーもいつもの表情を取り戻していた。そんな様子を楽しそうに眺めつつ、もしもの時に巻き込まれないよう少し離れた席に移ったリズに、同じ理由で二人から席を離したジェイはグラスを差し出す。
「ん?悪いけどアタシはこれしかやらんのさ」
「ああ。でもボトルはとっくの昔にカーラに取られちまってるぞ?」
「あ?……ったく。あのバカ女め」
「替わりのボトルを持ってきてもらうか?」
「もう良いよ。アンタのそれをもらおう」
リズは差し出されたグラスを受け取ると、琥珀色の液体をグビリと飲み干す。途端に顔を苦々し気に歪める。
「うえっ。こんなのをザックの野郎はずっと飲んでるんか。全く大した野郎なのか、舌が狂ってんのか……」
「いや、ウィスキーは結構人気の酒だぞ?むしろ、ワインなんて飲んでる方が珍しいってもんだ」
「ハッ。舌が肥えてる奴が飲むのがワインなんだよ」
「そうなるとカーラも舌が肥えてるんだな」
笑いを噛み殺しながらジェイはカーラを見やる。今のカーラは右手にザッカリーのグラスを、左手にリズから奪い取ったワインボトルを持って、ゲラゲラと笑っている。
「……うん。それを言われると何も言えんな」
「だろ?」
ジェイは軽く笑うと表情を穏やかなものへと変えた。
「ザックは優秀だがまだまだ若い。それに一人で過ごす時間が長過ぎる」
「だからカーラに任せたのかい?」
「ああ。アイツはそういうのが得意だからな」
「そうだな。ああ見えて気が回る」
「珍しいな。お前がアイツを褒めるなんて」
「ふん。気が回るってのは魔術師に求められる適性の一つさ。実際、アイツの腕は確かさ。そんなことを言えば付け上がるから、本人には口が裂けても言えないがね」
「確かに」
嬉しそうに言うとジェイは自分のグラスを傾ける。
「随分と嬉しそうじゃないか」
「まあな。あの二人は良いコンビになると思うとな」
その言葉にリズは肩をすくめると、グラスを傾けようとして中身が空になっていることに気付いた。
手持ち無沙汰になったグラスを手のひらの中でクルクルと転がしながら、どこか不機嫌そうに言う。
「そいつはどうだかね。どっちかがホの字になっちまうとパーティー全体の連携が乱れることになる」
「まるで恋愛感情が芽生える前提のように話すじゃないか」
「当たり前だ。アタシは前例を知ってるんでね」
意味ありげに目配せしてくるリズの眼差しを真正面から受け止めつつ、ジェイは嘆息した。
「……やっぱり気付いてた?」
「あんなにあからさまだってのに気付かないわけがねえよ。アタシだけじゃなくてあの二人だって気付いてるさ。リサさんも気付いてたし、何だったらジェシカ本人だって気付いてたろうな」
「うわぁ……。マジか……」
「良くも悪くもアンタがヘタレだったおかげで、このパーティーは今も続いてる。でも、次はどうなるか分からん」
「となると、俺の判断は間違っていたかな?」
「さあて、どうだかね。ただ、案外ホの字になるのはカーラの方かも知れんね」
「え?普通はザックの方だろう。いや、男なら皆惚れるだろうな」
ジェイの言葉にリズは鼻で笑って答える。
「ハッ。これだから男ってのはバカなんだ。
良いかい?こっちが黙ってても男の方から振り向くような別嬪ほど、その実純情なもんなんだ。そこにきてザックは良い男だ。少し繊細だが、あんな上物は中々いないもんさ。
お目付け役として気を回していたと思ってたら、あれよあれよという間にすっかりホの字になっちまっていてもアタシは驚かないね」
リズの言葉にジェイはただ黙り込むしかなかった。そんなパーティーリーダーのグラスをひったくると、その中身をリズは一気に喉の奥へと流し込んだ。
心なしか目が座っているリズの表情をジェイは見つめるばかりだった。
「そういうわけだから、ザックの面倒はアタシが見てやろうかね」
「なっ。お前、まさか……」
「けっ。馬鹿を言うんじゃないよ。こんだけ講釈垂れといてパーティーの仲間に手を出すわけがないだろうに。
まあ、同じパーティーじゃなかったら、アタシも年甲斐もなく熱を上げてただろうけどね」
「それってやっぱり!」
「アハハ!本気にするとはアンタも存外うぶってところかね?」
「やりやがったな!」
ケタケタと笑い出すリズからジェイは自分のグラスを取り返そうとするが、リズは器用に避けるとグラスを抱えたまま逃げ出す。
だが、そんなリズの行く手を一本の細長い腕が阻んだ。
「ぶへっ」
情けない声を上げてリズが床にべちゃりと倒れ込む。そんな彼女を覗き込んでいるのは他ならぬカーラだった。
「やい、このちんちくりん。そういった酒は私のもんだ。とっとと寄越しな」
リズは勢いよく立ち上がると、未だ突き出されたままのカーラの細腕をぺしっとはたく。
「いたっ」
「やい、この酔っ払い。とっくの昔に中身は空なんだ。そんなことも分からんのなら、さっさと水でも飲んで寝てな」
「おっ?何だ、やる気かコノヤロー」
「上等じゃねえか、この色情魔。後で吠え面かくなよ?」
「はい、ストップストップ」
「ほら、周りに迷惑かけんじゃねえ」
魔術師のはずなのに二人して腕まくりするカーラとリズを、ザッカリーとジェイがなだめる。
そんな彼らを周りにいる冒険者達は温かい目で見守っている。彼らにとってこの光景は日常の一つに過ぎない。
賑やかな笑い声は夜遅くまで続いた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「マッコード!」
「団長!」
悲鳴に近い金切り声を上げたのが自分でも分かる。だが、その声が辺りに響き渡るより前に、マッコードの身体は宙を舞っていた。
地面にしたたかに打ち付けられたせいで、一瞬息ができなくなる。巻き上げられた土砂が口の中に入り込んだせいで余計に息苦しい。
だが、マッコードは痛みをこらえて体を起こし、口の中のものを吐き出す。そして自分を守ってくれた人の姿を探す。
「負傷者は!?」
「白魔術師をすぐに招集しろ!もし手が足りなかったら学院にも応援を求めるんだ!」
「大丈夫か!?」
色々なところで安否と状況確認の怒号が飛び交う。だが、実際のところは皆、軽傷で済んでおり、魔術暴発の影響も結果的にほとんどなかった。
だが、それ程までに被害を抑えてみせた立役者はピクリとも動かなかった。
まだ土煙が巻き起こっている中、身じろぎ一つせず横たわったままの近衛兵の元にマッコードは何とか辿り着く。
彼女の顔は安らかで、まるで眠っているかのようだった。
「団長?団長!団長!」
しかし、マッコードの呼び掛けにも一切応じず、ジーナ・ローリーは意識を閉ざしたままだった。
「……ハッ!」
マッコードは慌てて身を起こす。そして反射的にジーナの姿を探そうとして周りを見回す。
だが、そこは訓練場でもなく、マッコードも既に近衛兵ではなかった。
もう何度目か分からない悪夢に頭を振りつつ、マッコードは蒸気機関型の置時計に目を向ける。
ゴーレムが熱心に書いている数字は、先程見た時よりまだ三十分しか経っていないことを告げていた。
その僅かな間にどうやら眠ってしまったらしいが、今取り掛かっていることの重大さを思えば悪夢に襲われたことにも感謝しなければならない。
そう思いたいが、心の中の霧は一向に晴れなかった。
自分が近衛兵団を去るきっかけになった暴発事故から何年も経っており、その後も意識を回復したジーナの元で蒸気機関の研究に勤しんでいた。
それなのにあの日の悪夢は今もずっとマッコードを苦しめている。
寝落ちする前に取り組んでいた研究に再び取りかかろうとするマッコードだったが、心が荒ぶるせいで中々集中できない。
仕方ないので台所へ行って、牛乳をカップに移して火魔法で温める。そこに少量のハチミツを加え、ゆっくりとかき混ぜる。
それなのにホットミルクは、どこかほろ苦い。
マッコードはちびちびとホットミルクを飲みながら、静かに自分の部屋に戻る。蒸気機関式置時計のゴーレムは相変わらず現在の時刻を健気に書き記している。
その姿を見てマッコードは無性に悲しくなる。別に涙が出てきたわけではないが、何故かまなじりを手の甲でそっと押さえたくなった。
「……もうひと踏ん張りだよ。ベアトリス」
自分にそう言い聞かせると、マッコードは意を決した表情で机に戻る。
もし、ジーナかエリカが机の上の光景を見ていたら、ある種の懐かしさと同時に恐怖の念を覚えていただろう。
そこには一枚の設計図が置かれていた。それは従来の船に蒸気機関が取り付けられたもので、普通の帆船や櫂船と余り変わらない形状をしている。
だが、その両舷には砲台とも違う、何とも言えない形状の装置がところ狭しと並べられている。そしてそれらは全て自立式で動くようになっていた。




