四 合同授業
目の前に広がる森は静寂に包まれている。学院敷地内の森とはまた違った雰囲気にエリカ達は圧倒されていた。
普段は賑やかな村の広場も今日は物々しい。いつも子供達が取り合っている木のベンチには冒険者達の荷物が置かれており、その近くでは学院の担当者と冒険者の代表、そして中年の村人が話し込んでいる。とはいえその表情は明るく、朗らかだった。
村をキョロキョロと見回すエリカにグロリアが声を掛ける。
「こういうのってワクワクするね」
「え、うーん。まあ、そうだね」
「あれ、そんなに乗り気じゃないの?」
「いやー、乗り気じゃないというか自信がないのよ。血が苦手で」
エリカは力なく笑う。
今日は中級魔術学と薬草学の合同授業の日で、今回習うのは効果的な動物の仕留め方と保存方法だった。
魔術は総じて威力が強い為、狩りで用いるには細心の注意を払う必要がある。不必要な傷が付くと動物や魔物の死骸はくさりやすくなるし、価値も大きく下がってしまう。それを防ぐ為に授業を通して魔術の加減を学ぶ必要があった。
同時に、薬草の生息場所や下処理の仕方なども実地を通じて覚えさせようという狙いもある。
というわけでエリカ達は朝から王都近郊の村に出向き、そこで授業の準備が整うのを待っている。
薬草学担当のリサ・グレゴリーが冒険者達を伴って、エリカ達が集まっているところまでやってくる。
「先程も説明しましたが、今回から一ヶ月間この授業は実地になります。実地期間中は常に四人一組で動くように。そして冒険者の皆さんの指示に従うこと。彼らはこの辺りの森に詳しいので、もらったアドバイスをしっかりと心に留め置いてください」
「そんなに持ち上げないでくださいよ……」
冒険者の一人が照れ笑いを浮かべる。グレゴリーはそちらをチラリと見たが、その眼差しは穏やかだった。
「この機会だから良いでしょう。皆さんはBランクパーティーで、いつもこの合同授業に協力してくれています。
この中には冒険者を目指している人もいるでしょうから、皆さんから学べることはしっかりと吸収してください」
「おお……!」
感嘆の声が響き渡る。エリカ自身もその一人で憧れの眼差しを冒険者達に向ける。
冒険者は身分に関係無く誰でも就くことができる仕事で、ランクはF~Sまであるが平民だとEランクが基本で、Dランク以上になると尊敬される程に昇格することは難しい。
実際、Cランクから上になるのはかなり難しく、貴族の子供はCランク相当の実力を付けることを目指して努力を続けている。
それ故にBランクパーティーとこうして授業で出会えるのは、定食屋に行ったらお忍びで来ていたハリウッドスターから相席を頼まれたようなもので、エリカ達のテンションが高まるのは当然のことだった。
そんな中、ナタリアだけはできる限り身を縮こませて気配を隠そうと必死になっていた。それに気付いたシェリルが首をかしげる。
「どうしたの?」
「いや、ちょっと……」
どこか歯切れが悪いナタリアだが、そこに冒険者の一人が声を掛けてくる。
「おお、ナタリアの嬢ちゃんじゃねえか。久し振りだな!」
「あ、どうも……」
乾いた笑みを浮かべるナタリアとは対照的に冒険者はにこやかだ。まるで親戚のおじさんかのような雰囲気にエリカは思わず尋ねる。
「ナタリアのお知り合い?」
「おお、そうさ!なんてったって、俺達はジェシカのパーティー出身だからな!」
そう言うと冒険者はガハハと笑う。腰に差した大剣と輝くような金髪が印象的だ。彼の笑い声につられて他の冒険者達がこちらへやってくる。
「ちょっと、ジェイ。朝から騒ぎ過ぎなんだよ」
全身をすっぽりと包むローブを着こなす典型的な魔法使いの装備をした女性がじろりと大剣持ちを見る。その後ろには他のパーティーメンバーも控えていた。
「そう言うなよ、カーラ。ジェシカんとこの嬢ちゃんがいたんだから仕方ねえだろ」
「え、ナタリアちゃん!?」
そう言うや否やカーラと呼ばれた女性が冒険者の元に駆け寄ってくる。そしてナタリアの顔を見るや否や、にぱあと顔を輝かせてナタリアに抱きつく。
「わあー、本物のナタリアちゃんだ!何年振りかしら。もうこんなに大きくなっちゃって!」
ナタリアをすりすりするカーラを呆れ顔で見つめるエリカ達に、先程の冒険者が苦笑交じりに挨拶する。
「何だか順番があべこべになっちまって済まないな。俺はジェイ。一応、このパーティーのリーダーだ。で、ナタリアの嬢ちゃんにしがみついてる酔っ払いみたいな女がカーラ。まあ、ああ見えて腕は立つんだ」
「ああ見えてとはなんだ」
カーラがパッと顔を上げるが、ナタリアを両手に抱えたままなので何の説得力もない。ナタリア自身はもう為すがままにといった諦めの表情を浮かべていた。
「で、そっちのひょろっとしたモヤシがザッカリー。斥候にかけちゃリサさんからお墨付きをもらうくらいだから、この授業じゃアイツから一番色々と学ぶことがあるだろう」
「そんなにおだてられると困っちゃうな……」
照れくさそうに頬をかくその青年は、グレゴリーの紹介に照れていた冒険者だった。
「で、最後のちんまいのがリズ。リズもカーラと同じく魔術師だ」
「はっ」
たいして面白くなさそうに鼻で笑ったリズはドワーフだった。
「ちんまいのはドワーフの特権だ」
そう言うとリズはカーラをじろりと見やる。
「やい、この色情魔。ナタリアが嫌がってるだろう。さっさと離れろ」
「やだね」
「あん?アタシの言うことが聞けねえのかい?」
「ナタリアちゃんに勝るものはない!」
「よし、なら今度からてめえの装備はてめえで修理しやがれ」
「はい、申し訳ございませんでした」
驚くほどのスピードでカーラがナタリアから離れる。解放されたナタリアの表情はまだ暗かったものの、気分はいくらかマシになったようだ。
その様子を微笑まし気に見ていたグレゴリーがパンパンと手を叩く。その音は軽かったのに不思議とよく通って、クラスメイト達の関心はそちらに引き戻される。
「少し騒がしくなりましたが、これで冒険者の皆さんの名前と顔は完璧に覚えられたでしょう。
さて、今日は効果的な動物の仕留め方と保存方法について学びます。これより四人一組で森に入りますが、同時に入るのは五組までです。各組には冒険者かソレンソン先生が同行します。くれぐれも注意に従うこと。良いですね」
エリカ達は無言で頷いた。その様子を満足そうに見つめるとグレゴリーは話を続ける。
「森に入るのは最大で三十分です。それ以上森に居続けることはいかなる理由があったとしても認められません。
既に狩猟経験のある人も多いでしょうが、そういう人ほど油断しないように。一人の身勝手や慢心が仲間を危険に晒します」
「まあ、仮に馬鹿な真似をしでかしても俺や冒険者達が許さんさ」
ソレンソンがニヤリと笑みを浮かべる。ちょうどソレンソンの近くにいるクラスメイトが居心地悪そうに身を縮こませる。
グレゴリーはチラリとソレンソンを見やるが、すぐに視線を戻す。
「という訳ですから皆さんもそのつもりで。では、まずはザッカリー班から」
「よーし。じゃあ、みんな行こうか」
ザッカリーの号令でクラスメイト達が立ち上がる。全員が表情を引き締める中、ザッカリー自身は軽く伸びをして胸いっぱいに空気を吸い込んだ。
「ザッカリーさんて、すごくフランクな感じだよね」
その様子を見ていたグロリアがポツリとつぶやく。心なしか必要以上に熱い視線を向けている気がしてエリカは軽くからかってやろうかと思うが、その前にカーラが口をはさんでくる。
「あれがザッカリーのやり方なんだよ。ああやって周りの環境と自分を同化させるのさ」
なるほどと感心しながらエリカはザッカリーを見る。斥候という役割の奥深さを学べたら良かったのにと少し思う。エリカ達を担当するのはどうやらカーラのようなので、その人選に不満がないと言えば嘘になった。
だが、エリカ達の担当となったのはカーラではなくリズだった。それを告げたジェイにカーラは猛抗議する。
「ちょっと、どういうことよ!?なんで、私がナタリアちゃんと別々になるの!?」
「これがちゃんとした授業だからだよ。お前は少し私情が入り過ぎているからな」
「ふん。森に入る時にはさすがの私も切り替えるよ」
「全く信用ならん奴だ。まあ、あのバカは放っておくが良いさ。あんたらの面倒はアタシがちゃんと見るから安心しな」
そう言うリズをギロリと睨みつけるが、カーラはすぐに申し訳なさそうな表情を浮かべてナタリアの両肩に手を置く。
「ごめんね、ナタリアちゃん。あの年増ドワーフが嫉妬心丸出しにしちゃって」
「誰が年増だ、このドアホ。テメェとアタシは同い年だろうが」
リズが呆れた様子でカーラを見た。そんな二人を苦笑交じりに見るジェイだが、彼の背後にいつの間にかグレゴリーが歩み寄っていた。
「カーラ。もう少しこの授業にしっかりと向き合ってもらえないかしら?あなたがそんな体たらくだと、私も色々と考えなければならなくなるんだけど」
グレゴリーが静かに杖で地面をトンと叩く。穏やかな表情は変わらないままだが、眼鏡の奥の瞳は笑っていなかった。
カーラはすぐに姿勢を正すと、額に汗を浮かべた。
「よろしい」
それだけ言うとグレゴリーはまた元の位置へと戻っていく。
一気に態度が変わったカーラは、ジェイの班が森に入っていくのを儀仗兵よろしく不動の姿勢でしっかりと見届ける。
そんなカーラを面白そうに見ながら、リズはエリカ達へ声を掛ける。
「さて、アタシ達の番になるまでまだ時間があるから先に言っとくぞ。どんなことがあっても隊列を乱すな。下手に動き回られると結界魔法が届かなくなるからな」
「結界魔法が必要なんですか?」
「ああ、そうだよ。エルフの嬢ちゃん。滅多に出くわさないが魔物も一応いるんだ。まあ、どれも嬢ちゃん達でも倒せる程弱いがね。
それに動物にも凶暴なやつはいる。特に仕留めそこなったやつは文字通り命がけでこっちに向って来るから、用心に越したことはないんだよ」
ぶっきらぼうに見えて親切に説明してくれるドワーフの魔術師をエリカは好ましく思った。
「それで隊列の話だが、見たところ近接戦闘が得意そうなのはナタリアとエルフの嬢ちゃんか。二人の後ろに残りの二人がつきな。アタシは一番後ろに回るよ」
話だけ聞くとエリカ達を盾にするような並びになるが、一番防御が手薄で咄嗟の反応を求められることも多い最後尾にベテラン冒険者が陣取るのは非常に理にかなっている。まして結界魔法で全員を守る以上、エリカ達を視界に収めておく必要があるのは当然のことだった。
「何があっても勝手な行動はすんじゃねえぞ。この程度なら自分でできるってことも多いだろうが、リサさんの言う通り一人の身勝手や慢心が仲間を危険に晒すことを忘れんな」
リズが注意喚起を終えるタイミングでソレンソンの班が森に入っていく。彼らを眺めながらリズは楽しそうに頬を緩める。
「ふん。ヴィクターの野郎、今年はいつも以上に気合が入ってんな。神童がいるせいか?」
「神童ですか?」
グロリアがリズに尋ねると、彼女はニヤリとエリカを見つめた。
「ああ、あのデーモンスパイダーを退治した神童がな。
知ってると思うがヴィクターも元冒険者だ。アタシら冒険者にとって災害級の魔物の討伐は大きな目標だからな。授業の舞台になるくらいだからこの辺りは平和なもんだが、実地には変わりねえ。そんなつもりはなくても張り合いたくなるのが冒険者の性ってもんだ」
軽く準備運動をこなすとリズは爽やかな笑みを浮かべる。エリカが視線を巡らせると、カーラがチラチラとこちらを見ているのに気付く。どうやら彼らの関心はナタリアだけに寄せられたものではなかったらしい。
「まあ、アタシは張り合うつもりはないから安心しな。だけど、特別扱いもしないからね」
そう言うとリズは首をゆるりと回す。そして号令をかける。
「んじゃ、アタシ達もそろそろ森に入るよ。さっきの隊列を忘れずにな」
エリカ達は頷くと目の前に広がる森へと足を踏み出した。
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