十四 強襲
オズワルドとルーシーの隣を男達が通り過ぎていく。彼らはいずれもジーナの刺客達だったが、自由に行動しているのを見る限り、どうも彼女の服従の呪文は機能していないようだった。
彼らはジェファーソンとマディソンの元に向かうと、にんまりとした笑みを浮かべる。
「準備はできたぞ。そっちはどうだ?」
ジェファーソンは苦々し気に三人の男を見やると、吐き捨てるように言った。
「ふん。とっくの昔にできておるわ。お前らと一緒にするな」
「貴様……。つけあがるなよ。我々の庇護がなければとっくの昔に野垂れ死んでいた分際で」
「はっ。それは国の話だろうに。お前らなぞ満足に仕事もできずにこの国の牢に繋がれておったではないか」
気色ばむ四人をなだめたのはマディソンだった。
「まあ、全員落ち着け。もう計画は最終段階だ。今更いがみ合う必要もあるまい」
「ああ。だが、お前の処分は忘れないからな」
「やれるもんならやってみるが良い」
殺気だった雰囲気を纏いながらも刺客達はそれぞれ飛行船に乗り込んでいく。彼らが乗り込んだのを見送ると、マディソンが呆れたようにジェファーソンを見やる。
「全く。帝国の連中はどいつもこいつも傲慢だな」
「ああ。もうすぐ死ぬというのにな」
「だからこそもっと大人の対応を取ってやらんか。貴様は人の心の機微を知らなさ過ぎる」
「はっ。そんなものは不要だ。不確定要素のあるものなど信ずるに値しない」
やれやれと首を振りながらマディソンは飛行船を見上げた。
オズワルドは顔をしかめる。
「手分けして刺客を排除しよう。ルーシーは手前の飛行船を。私は残りをやる」
二人が動き出した時、ジェファーソンが拡声魔法を使って辺りに呼び掛けた。
「今から補給物資を集める。飛行船を飛ばすから気を付けろ!」
「急ごう」
文字通りオズワルドは風のような速度で真ん中の飛行船に乗り込む。ルーシーもできる限りの速度で手前の飛行船に飛び込むと、刺客を探した。
飛行船の中に入るのは初めてだったが、王城の大広間のように天井が高いだけで、後は何もない殺風景な空間が広がっているのみでルーシーは拍子抜けした。
一応、側面にはところどころ窓が付いているが、その数を見る限り明かり取りにもならない。そのせいで中はかなり薄暗かった。これでは乗客は苦労するだろうなと思いつつ、左手にある唯一の扉へと向かう。
扉の前に立ったルーシーは素早く中に入り込む。そこは操縦席だったが、操縦士が二人いるだけで他の誰かが隠れられるようなスペースは一切なかった。
「な、なんだ!?」
「多分、風だろう。急いで作ったって話だしな」
そう言うと操縦士の一人が扉を閉めた。その時にはルーシーも操縦席の外に出ている。
確かにこの飛行船へ乗り込んだはずなのにと思いつつも、ルーシーは飛行船を探索する。その時、頭上から何かが飛び降りてきてルーシーに襲いかかった。
「チッ。今のを避けるのか」
ルーシーは間一髪のところで避け切ると、油断なく相手を見据える。
「さっさと姿を見せたらどうだ?そこにいるのは分かってるんだ」
少しだけ方向が違っていたものの刺客は彼女の方を見ている。だが、ルーシーはその言葉通りにするつもりはさらさらなかった。
代わりにルーシーは相手の右斜め前から呪文を放つ。それは黒魔術の一つで相手の身体に強い負荷を与えるものだった。
「この程度で動きを封じたつもりか?」
そう言うと刺客は術を解き、自由を取り戻す。だが、その時にはルーシーも相手の背後に回り込んでおり、空気の膜で相手の頭を包み込んだ。
しばらくの間刺客はもがき苦しんでいたが、やがて酸素が完全になくなるとそのまま地面に倒れ伏した。
「思いのほか手こずったわね」
ルーシーは一人呟くと、コウモリ達を召喚する。そして刺客と共にコウモリ達へ不可視の呪文をかけた上で相手を運ばせた。
その時、飛行船が動き出した。どうやら離陸体勢に入ったらしい。
ルーシーは慌てて飛行船から飛び出した。同時に真ん中の飛行船の出入り口の扉が開いて閉じる。誰も見えなかったがその正体はオズワルドだろう。
急いでそこへ向かうと何もない空間からオズワルドの声がした。
「残りはあの一隻か」
「急がないと。まだ一人残ってる」
そう言うとルーシーは白魔術の一つである身体強化魔法をかけて跳躍力を高める。そして既に自分の頭ほどの高さまで上昇し始めている飛行船に飛びつくと、出入口の扉に手をかけた。
「何故扉が開いている!?」
下の方からジェファーソンの声が響き渡るが、それに構ってはいられなかった。ルーシーは急いで中に乗り込むと最後の刺客を探す。
「な、なんだ?」
刺客は飛行船の中央で準備運動をしているところだったが、突然出入口の扉が開いたことに驚きを隠せずにいた。
ルーシーは不意をつかれている刺客の元へ急いで向かうと、先程と同じく空気の膜で相手の頭を包み込む。
しばらくして相手が倒れると、ルーシーは急いでコウモリ達を召喚する。そして出入口の扉を開いて絶句した。
「嘘、もうこんなに!?」
飛行船は既に空高く飛んでおり、ここからコウモリ達に刺客を運ばせるのは難しかった。仕方ないのでルーシーは刺客の首根っこを掴むと、ズルズルと出入口の扉まで引っぱっていく。そして身体強化魔法で自分の両腕を強化すると相手を担ぎ上げ、空へと飛び出した。
空を飛ぶことは何度もあったが、この高さは初めてだった。王都で一番高い王城の塔の一つとほとんど変わらない高さから見る景色は荘厳で、見とれるものがあったが、今は景色を楽しむ余裕はない。
「なんでこんなに重いのよ……」
重力によってルーシーは地上へと引きずり下ろされるような状態で空を飛んでいたが、そういった力があるという科学的視点が育っていないこの世界に生きる彼女は重さの原因を刺客の体重にあると考えていた。
必死に高度を保とうとするが落下速度は収まらず、段々と地上が見えてくる。いっそのこと刺客を投げだしてしまうのも一手だが、どこに落としても下の住宅に被害を与えてしまうのは一目瞭然だった。
「本当に最悪だわ……」
ここまで来ると嘆き悲しむしかない。ルーシーは天を仰ぐしかなかった。
よく誤解されるのだが、長命種は不老なだけであって決して不死ではない。大怪我も負うし、致命傷を受ければそれまでだった。
遥かに長い時を生きながら、最後はこんな終わり方になるのかと思うと少し寂しいものがある。だが、地上は無情にもどんどんと近付いてくる。
何とか誰もいない通りへ向かおうとして、ルーシーは最後の力を振り絞った。その時、一陣の風が吹き抜けたと思うと、自分の身体が一気に軽くなったのをルーシーは感じた。
「待たせて済まない」
オズワルドが両手でルーシー達を包み込んでいた。突然のことに一瞬ボーっとしていたルーシーだが、そのことに気付くや否や慌ててオズワルドに呼び掛ける。
「ちょっと、その姿に戻って良いの!?」
オズワルドは本来の姿に戻っていた。全身は透き通るような淡い水色で、翼は雄々しく空を駆けている。
「今は戒厳令下だ。国の危機に駆けつけたと言えば角は立たないよ」
表情は分からないはずなのに、ルーシーは彼が穏やかに微笑んでいることを感じ取っていた。
「それに、実際のところ国の危機だったんだ。今すぐ刺客達を誰もいないところに運ばねばならない」
「え、どういうこと?」
「彼らには爆破の魔法陣が刻み込まれている。それも遠隔で作動するタイプだ。どうもあの二人は飛行船ごと彼らを爆破して王都に更なる混乱をもたらそうとしていたらしい」
「そ、そんな……」
「今は私の魔力で阻害しているが、二人のことだ。直に何らかの対策を取ってくるだろう」
「ちなみに、彼らを運ぶ先は決まっているの?」
「いや、まだ決まっていない。とりあえず王都を離れることを最優先にしている」
ルーシーはすぐに提案した。
「なら私の屋敷へ行って。あの庭園だったら周りには被害が出ないわ」
「だが、あそこは君のお気に入りの場所じゃないか」
「別に良いの。庭園なんていつかは元通りになるけど、こっちはそう言う訳にはいかないわ」
「分かった」
そう言うとオズワルドはすぐに方向を変える。
「それで、あの二人はどうなったの?」
「逃げられてしまったよ」
そう返すオズワルドの声は苦々しさをたたえていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「何故扉が開いている!?」
ジェファーソンの叫びを振り切りながらルーシーが三隻目の飛行船に飛び乗った後、オズワルドは二人の行動を注視していた。
扉が開いて閉まる様子を見ていたジェファーソンは猛然と駆け出す。だが、既に飛行船は手の届かないところまで上昇していた。
「どうやら邪魔が入ったらしいな」
肩で大きく息をするジェファーソンにマディソンが左手を置いた。それは慰めのジェスチャーに見えたが実際は治癒魔法をかけたようで、すぐにジェファーソンは元通りになった。
全く贅沢な使い方をするとオズワルドは心の中で毒づく。自分の腕を誇り、おごり高ぶるマディソンは生理的に合わなかった。
「ああ。だが、飛行船はまだ残っている。二隻だけでも充分な被害を与えられるだろう。なにせこの私が手塩にかけて育て上げたのだからな」
「確かに貴様の錬金術には感服するが、飛行船ぐらいでそのように舞い上がられても困るな」
「ふん。芸術も分からぬ愚民めが。増産する飛行船と同じにしてもらっては心外だな。彼らには、あの愚か者共の爆発に連鎖して大きな爆発を引き起こす仕掛けを凝らしておるわ」
オズワルドは耳を疑った。急いで気を失っている二人の刺客を調べると、彼らの胸の辺りに爆破の魔法陣が刻み込まれていた。
すぐに自身の魔力を放ち、魔法陣をドーム型に包み込んで保護する。これで時間は稼げたが、まだ安全とは言えなかった。
オズワルドは動く。高密度に圧縮した魔力を自身の両手に宿すと、二人の元に忍び寄る。
「何だ?」
マディソンが溢れ出る魔力に気付いて振り返った時には、彼の腹にオズワルドの重い一撃が沈みこんでいた。
「ぐふっ……」
あっけなく当て身を喰らうマディソンに対し、ジェファーソンはその小柄でずんぐりとした体形からは想像もつかない速度で一撃を躱す。
オズワルドはそれに驚くこともなく、冷静にもう一撃を繰り出す。それはさすがに躱し切れず、直撃した右肩は使い物にならない状態となった。
「不可視の呪文か」
そのような状態にもかかわらず、ジェファーソンは一言だけ呟くと目を細める。途端にオズワルドの不可視の呪文が解除された。
「ほう。これを解除するとは」
「貴様……。ドラゴンか。それも高位の」
感心した素振りを互いに見せつつ、近距離で呪文を放ったのはジェファーソンだった。その威力の大きさにオズワルドはとっさにマディソンを放して、両手で対処する。片手で呪文そのものを解除し、もう一方で旧訓練場にひしめく無関係の人達を保護する。それ程までに危険な威力のものを軽々と放つ目の前の男の倫理観のなさにオズワルドは戦慄した。
エンシェントドラゴンにもなれば凄まじい威力を持つ呪文にも無理なく対処できるが、このような場所では力を行使するには制限が多過ぎた。
その全てを解除しながら、高威力の呪文をためらいなく連発するジェファーソンに対してオズワルドは怒りを募らせていく。
「もらった」
そう言うや否やジェファーソンが煙幕を張る。更に高位の呪文を放ってくることを警戒したオズワルドはすぐに自分の背後にいる、何も知らない人達を守る結界を張って、自身は迫り来る呪文に備えた。
だが、いつまで経ってもジェファーソンから呪文が飛んでくることはなかった。警戒しつつもオズワルドは風を起こして煙を追い払う。
「……」
そこにはジェファーソンはおろか、マディソンの姿すらなかった。まんまと一杯食わされたことに気付いたオズワルドは拳を硬く握りしめる他なかった。
「なあ、あんた。今、こっちの方で煙が出ていたが大丈夫か?」
異変に気付いた医療スタッフの一人が声を掛けてくる。オズワルドは返事の代わりに本来の姿へ戻ると刺客達を回収して空へと上がり、何も知らないルーシーの元へと急いだのだった。




