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彼女は魔術と紅茶を楽しんで  作者: 賀来文彰
王都連続爆破テロ
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八 尋問

 隙間一つない場所のはずなのに、冷たい風が吹き抜けた気がする。


 ジーナは目の前の少女が放った言葉の意味をすぐに理解できなかった。だが、すぐさま自分の懸念通りであったと確信し、次の手を打つことにした。


「もう一度だけ聞く。貴様は何者だ?」


 エリカはやれやれといった様子でわざとらしく溜息をつく。その姿は見た目以上に年老いたものを感じさせた。


「あのね、私は本当に巻き込まれただけなの。デーモンスパイダーの件だってそう。何か、私のことをテロリストだか狂信者だかと勘違いしてるみたいだけど、こっちはいい迷惑なの」

「あくまで白を切るつもりか」

「……話を聞く気がないの?言っとくけど、こっちはずっとイライラしてるんだけど。夏の暑い日にこんな服を着なきゃならなくて、勲章をもらえるかと思ったらこの時代にないはずのテロに巻き込まれてさ。だから、これ以上私を怒らせないでくれる?」


 睨みつけるように自分を見てきた瞬間、ジーナは剣の先から黒魔術を放った。ただでさえ狭い空間での奇襲にエリカは防御もせず、棒立ちのまま真正面から黒魔術をその身に浴びた。


「服従せよ」


 その言葉と同時にエリカの瞳が虚ろになった。


 この服従の呪文はジーナの十八番だった。これを受けた相手は術者の指示に従うようになる。それだけでなく、術をかけられている間のことは覚えていない。朝に何を食べたか、誰と会う予定だったかなどの基本的なことは思い出せるものの、指示を受けていた事柄に関してはぼんやりとした記憶しか浮かばず、それも他の取るに足らない出来事に上書きされている。

 例えば、誰かを尾行するよう操られていたとしても、その記憶は誰かと軽く話したことのように認識する。


 だが、それ以上に危険な要素がこの呪文にはあることをジーナは経験から見い出していた。


 ジーナは呪文がかかったことを確認すると、剣を鞘に納めてエリカに歩み寄る。ぼんやりとした表情の彼女は自分がどこにいるのかも分かっていない様子だ。

 そのエリカの顔を両手で優しく包み込むと、ジーナは彼女の焦点の合っていない目をひたと見据えて、命令した。


「その心を明らかにせよ」


 それと同時にジーナの意識はエリカの中に潜り込んでいく。意識が浸透するにつれ、段々と五感が共有されていく。

 自分が自身の両頬を包み込んでいる感覚があり、自分が自身の顔を覗き込んでいる感覚がある。


 これが服従の呪文の真の効果だった。相手と自分を同化することで、相手を第二の自分自身として思いのままに操るだけでなく、その記憶や感情までも読み取ってしまう。

 一応、古い魔術書などにはこの効果のことも触れられているが、発動するには常時膨大な魔力を消費する必要があるとされており、今となってはこの効果は、服従の呪文の悪用を防ぐ為に挿入された虚偽の内容として捉えられていた。実際、実践しようとした者達が急性魔力枯渇症で全員倒れてからというもの、ますます同化の部分は無視されるようになっていた。

 だが、ジーナは蒸気機関による魔力回復装置を創り出したことで、服従の呪文を完全に極めることができた。

 彼女の鎧や剣にはこの装置が複数埋め込まれており、魔力が欠乏しそうになる度に蒸気機関の力によって回復の魔法陣が直接身体に撃ち込まれることで、最高難易度の呪文を多く習得することができている。


「お邪魔するわよ」


 ジーナはエリカの深層へと潜り込んでいく。

 エリカ・スタンフォードとしての今までの記憶や体験の数々をジーナは一つ一つ見ていく。その時、どんなことを考えたのか。どんな風に感じたのか。何を考えたのか。

 確かに、彼女はこの件にもデーモンスパイダーの件にも関与していないらしい。純粋に巻き込まれただけなのは理解できた。

 それと同時に、自分が国王を洗脳して何かを企んでいると見なされていることも知る。ただ、エリカ自身はその意見に対して否定的だったし、彼女だからこそ分かる理由で正しい結論に辿り着いていた。


 しばらくするとエリカとは違う人格の姿が見えてくる。その姿は今の自分と同じくらいか、少し若く見える。

 その女性は気の毒になるくらい不幸な人生を歩んでいた。真面目なのに評価されず、性格が良いのに都合よく利用される。幸せなこともあったが、それはほんのわずかな慰めに過ぎず、彼女は人生の中でずっと傷付いたままだった。


 自分自身との共通点も感じながら、ジーナは尚も彼女の根源へと近付いていく。その究極的な部分へ手を触れようとした瞬間、ジーナの全身を激しい恐怖が貫いた。


 突然の出来事にジーナは両手を離す。だが、それでも震えは収まらない。気が付けば、ジーナはその場にへたり込んでいた。立ち上がろうにも全身に力が入らず、一歩も動けない。


 硬直したかのように何もできないジーナの顔の前に影が差す。その正体を確認することすら許されない、何とも言えない感覚が彼女にまとわりついて離れない。


 影がゆっくりと降りてくる。まばたきすらできない状況で、心臓だけが激しくのたうち回っている。


「……」


 瞳に映ったのはエリカだった。自分と視線を合わせる為にしゃがみ込んでいる彼女の顔に表情はなかった。


「ねえ、ジーナ」


 その冷たい声は、彼女が既に服従の呪文の影響下にないことを物語っている。


「私の言ったことが嘘じゃないのはいい加減分かったわよね?それに、どこから転生したのかって聞いた理由も分かったでしょう?

 でも、あなたはそこで止めなかった。そういう好奇心で人のプライベートな部分に踏み込み奴が大嫌いなのよ」


 そう言うとエリカは両手で震えるジーナの両頬をスッと押さえると、口を開く。


「その心をさらせ」


 その瞬間、ジーナの心の中にエリカが入ってくるのが感じられた。


 それはまさしく嵐のようだった。同化というレベルではなく、ただ一方的に、無遠慮に、暴虐的に踏み込んでくる。何かを探す訳でもなく、エリカは手当たり次第にジーナの記憶を漁っていった。それをジーナはなすすべなく見ていることしかできなかった。


 始まりと同じく、終わりも突然やってくる。


 エリカは手を離すと、軽く伸びをする。解放されたジーナはただ震えるばかりだった。それでもやっとの思いでジーナはエリカに尋ねる。


「どうしてあなたがこの呪文を?」

「ああ、見よう見まね。あなたが私にやったことを再現しただけ。全然使いこなせなかったけどね」


 事もなげに言い放つエリカにジーナは言葉を失う。かけられた術をまねることは、理論上は可能だが実際にできる訳ではない。


「でも、何で効いてないの……?」

「あなたが服従の呪文を使うことを予想してたから。そうでないと対策なんてできる訳ないでしょう?」


 違うと言い返しそうになって、ジーナは慌てて口を噤んだ。黒魔術は特に習得が難しいが、それさえできれば余程の実力の差がない限り、対応することができない程の威力を発揮する。この呪文が飛んでくるからといって、簡単に防げるようなものではない。

 なので魔術の腕はほぼ互角で、剣術に至っては完全に下の少女が防げる可能性はまず間違いなくゼロに等しい。

 だが、彼女の根底にある核となる部分がそれを可能にしている。


 それはチート能力などではなく、誰もが持っているものだった。そしてそれは手放そうと思って手放せるものではない。


 ジーナは急に胸が苦しくなる。目の前の少女が背負ってきたものの重みが、自分にも分かるからだ。例え、それが彼女から見ればほんのわずかに過ぎないとしても。


 ようやく言うことを聞くようになってきた身体を精一杯動かして何とか立ち上がると、ジーナはゆっくりと頭を下げる。


「エリカ殿。この度の無礼な振る舞い、心からお詫び申し上げます」

「ああ、もうそういうのはいらないから。うわべだけの言葉ほど耳が腐るものはないんで」


 エリカの冷たい口調にジーナは絶句するしかなかった。


 エリカは手頃な椅子を探したが見つからず、近くにある何も載っていない台に仕方なさそうに身体を預けた。


「で?あなたはどこから転生してきたの?」

「アメリカ合衆国です……」


 やっぱりとエリカは思う。服従の呪文をまねてみたもののクオリティは低く、彼女と同化することはできなかった。ただ荒れ狂う情報の波を気ままにかき分けていくだけだったので、例えば彼女の前世がどういうものだったのかといった情報を抽出し、分析することはできず、代わりにランダムに飛び込んでくる情報を見ることしかできなかった。


「ふーん。じゃあ、結構幸せな前世だったんだ」

「そんなことはありません。私達はソ連との戦争が始まることにずっと怯えていました。いつ戦争が始まり、核が飛んでくるのか分からない日々の中で過ごさねばなりませんでした」

「へえ。じゃあ、キューバ危機は知ってる?」


 ジーナが驚きの目でエリカを見つめる。


「どうしてそのことを?もしかして、あなたも私と同じ時代から?」

「いや、私はもう少し後の時代から」

「それで祖国はどうなったのでしょうか?核戦争は起きてしまったのですか?どうか教えてください」

「ああ、戦争なら回避されたから安心して。私の時代にもアメリカはあり続けていたし」


 良かったとジーナは胸をなでおろす。どうも彼女はキューバ危機の最中に転生してきたらしい。道理で蒸気機関を推し進めた訳だ。それにより軍備が拡張されればリーヴェン帝国との軍事バランスに大きな変化が訪れる。


「あなた。もしかして核抑止論的な思惑でリーヴェン帝国を抑え込みたかったの?それで蒸気機関を?」

「確かにその考えもあります。核と違って蒸気機関で人が滅ぶ可能性は低いですし。でも、それ以上にこの国を豊かにしたかった。飛行船が飛ぶようになれば今まで以上に物資がやり取りされます。人の往来も増えるでしょう。それらが積み重なっていけば経済力にも反映されていくはずです」


 確かに輸送量が今までと大きく変われば、経済システムに多大な影響を及ぼすだろう。ただ、全てが良いことばかりだとは限らない。

 ジーナの言葉を考えるエリカだったが、彼女からの質問に遮られる。


「ところで、どうして自分が転生してきたって分かったんですか?」

「やっぱり今回のテロが大きかった。今までにないことで皆は慌てふためいて、不安に怯えていたけれど、あなただけは違った。初めて経験したはずの脅威を正しく分析して、国王を安全な場所に留めようと必死だった。

 この時代にないはずのテロをそうだと認識して動いた段階で、自分と同じ転生者だって思うよ」

「そうでしたか……」

「まあ、確信を持ったのはさっきだけどね」

「え?」

「お手洗いの時に案内表示の話をしたでしょう?何でそれを理解できたの?」


 エリカが言うように、この世界にはそういった案内表示もない。どこに何があるかは文字通り体で覚えるしかなかった。

 ジーナは肩の力が抜けるのを感じた。そんな彼女をエリカは冷たく見やる。


「で?あなたは今回の件にどう絡んでいるの?」

「ちょ、ちょっと待って。私も無実よ。無関係の人を巻き込むようなことは決して……」

「服従の呪文を使いまくってるから全然説得力がないよ?」

「そ、それは……」

「正直に言って、あなたが国王まで操ってたとしても別に驚かない。国王の左手首にある籠手にも蒸気機関が内蔵されていることくらい分かってるし。

 怪しい動きをしているのはあなただけ。そこに都合よく別の誰かが、この時代にはないはずの攻撃方法である爆破テロを仕掛けるとは思えない」


 エリカが冷たく言い放ったその言葉は、ジーナの胸に深く突き刺さった。


「私はテロリストなんかじゃ……」

「まあ、そうだよね。テロリストのくせにそうだと認める訳ないよね」

「違う!私は……」

「じゃあ、何で服従の呪文を色々な人にかけているの?さっき呪文をやり返した時にちらっと見えたけれど、中々な規模だったじゃない。

 あなた自身はテロリストじゃないのかもしれないけれど、爆破の実行犯に手を貸していたんなら立派な共犯者だよ。それで、本当にそうじゃないと胸を張って言えるの?」


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