九 奇妙な友情
口では追い詰めているものの、エリカはジーナがこの件に関与していないと思っている。ただ、オズワルド達が懸念していたように怪しい動きをしているのは事実なので、それを明らかにする必要があった。
だが、それ以外にもジーナがズカズカと自分の中に踏み込んできたので、お灸をすえる意味もあった。
ジーナはわなわなと震えているが、それは恐怖半分、怒り半分といったところだろうか。エリカはあくまで冷たい表情を装ってジーナを見やった。
「私はこの国を豊かにしたかっただけ。そしてそれができる知識が私にはある。
ここには核がない。戦車もなければミサイルだってない。そんな世界に蒸気機関を持ち込めば、この国は比類なき力を得られるの。誰も手出しできなくなれば戦火に怯えることもないでしょう?
でも、これが机上の空論だってことも分かってる。いつかは周辺国にも蒸気機関の知識は広まるでしょうから。でも、それまでにこの国が力を付けていれば安心できる」
「あなたが言う力って軍事力なの?それとも経済力?」
「経済力。経済を制する者が全てを制するから。軍事力があっても経済力がなければ人々はいずれ飢えていく。でも経済力があれば軍事力も含めてあらゆるものを増強することができる。
私は蒸気機関を使って大規模な輸送網をこの国に築き上げたいの。まずは飛行船が飛び交うようになれば、今まで傷んだり腐ったりしていた肉や魚も気軽に食べられるようになる。多くの物資の行き来ができるようになれば商売の幅も広がっていくわ」
エリカは口をはさまず、ジーナの言葉に静かに耳を傾けていた。
「飛行船が当たり前のように飛んでいる頃には、蒸気機関車や蒸気船もできているでしょう。そうすればこの国は真の力を持った強国へと生まれ変わることができるの」
ジーナは軽く扉にもたれた。エリカは少しの間考え込んでいたが、やがて口を開いた。
「ねえ、ジーナ。あなたがこの世界に転生して何年になるの?」
「え?もう少しで三年になるけど……」
予想外の質問に毒気を抜かれつつもジーナは答える。
「そうなの」
エリカは感心する。わずか三年で自分の思いをここまで貫いてきて、実現させようと取り組んでいるその姿勢に尊敬の念を抱かずにはいられなかった。
「よくここまでやってこれたわね。でも、どうして?あなたの想いは分かるけど、ここはアメリカじゃないのよ?どうしてそこまで献身的になれるの?」
ジーナは少しうつむくと、言いにくそうに答える。
「……名を挙げたかったから」
その答えに今度はエリカが拍子抜けした。
「転生する前の私は冴えない大学生だった。心理学は楽しかったけど、教授もクラスメイトもイマイチだった。両親は小さい頃に離婚していて、引き取ってくれた母も大学に入る前に男を作って出ていった。
成績が良かったから奨学金を受けられたけど、心は空っぽだった。そもそも周りも空っぽだった。冷戦のせいで皆どこか暗かったし。
で、キューバ危機があっていよいよ私は絶望感を抱くようになった。大統領が海上封鎖を命じた日に私はバーでしこたま飲んで、家でも飲んで最後は引き金を引いたの」
軽く笑うジーナだったが、当時を思い出すその表情は薄暗かった。
「目が覚めた時、最初は病院にいるんだと思ったの。死ねなかったんだって。最悪だったわ。治療費のことを考えないといけなかったんですから。
けれど、全然見たことがない人が傍で見守っていてくれて、目覚めた私の手を取って涙を浮かべていたの。そしてすぐに立ち上がると大声で叫んだの。
「団長が目を覚ました!早く誰か来てくれ!」って。
何が何だか分からない私だったけど、段々とここが自分のいた世界じゃないことが分かってきた。そもそも自分の姿が別人になっていたんだから。
不思議なことに元のジーナの記憶は受け継いでいた。自分であって自分じゃない感覚には中々慣れなかったけど、その記憶のおかげで私はこの世界を生きることができた。
何にもなかった私だけど、人生をやり直せるって分かって嬉しかった。そして欲が出てきたの。どうせならこの世界で私は有名になろうって。幸いにもこの世界の水準は前より低かった。新たなものを持ち込むだけで自分は皆に認められる。何にもなかった私でも名前を残すことが、生きた証を残すことができるって」
「その気持ち、分かるよ。まあ、私の場合は魔法や魔術を使えるのが嬉しくてそっちにのめり込んでいったタイプだけどね」
エリカはジーナの隣まで歩いて行くと、同じようにもたれかかった。
「で、それを実現する為に黒魔術を?」
「ええ。誰も知らないものを訴えたところで理解されるまで時間がかかるから。それに私は近衛兵団の団長。表舞台に立つのは人以上に大変だと気付くのにそう時間はかからなかった。
強引だって自覚はあるわ。人に褒められるようなことでもないって分かってる。それでも私は何かを残したかったの。生まれてきた意味や証みたいなものを」
「まあ、その気持ちも分からなくないけど。でも、国王にかけた服従の呪文くらいは解いておいた方が良いよ。ただでさえ、今のあなたは疑われているんだから」
「その件だけど、陛下にはそんな呪文をかけてないの。さすがにできなかった」
エリカは隣を見やる。
「でも、国王を操りでもしないと学院に新たな科目を作ったり飛行船の大量造船計画を進めたりできないでしょう?」
「まあ、そうなんだけど。国王を操っていないと言えば嘘になる。でも、服従の呪文をかけたことは一度もないわ」
「ふーん。まあ、そう言うなら信じるよ」
「え?」
「だって、かけてないんでしょう?なら、それを信じるだけ」
「いや、信じてもらえるのは嬉しいけど。私が言うのもおかしな話だけど、証拠も何もないんだよ?」
「まあね。でも、仮にあなたが嘘をついていたところで、私には分かりっこないし。それにあなたが何をしようと、こっちに害がない限りは何の関係もない話だしね」
ジーナは啞然とした。目の前の少女の中にいる人格はあまりにも投げやりで、ぶっきらぼうで、純真だった。
エリカは壁から身を起こすと、ジーナの真正面に立つ。ひたと見据えるその瞳は、この部屋に入った時と同じく澄んでいた。
「それで?あなたが無実なのは信じるけれど、それならそれで何を進めていたの?」
ジーナは少しだけためらったが、気が付けば色々なことを話していたので、今更隠すことでもないと思い直した。それに、こんな不思議な経験をしたのは自分だけじゃなかったことに感慨深さまで感じていた。
ジーナから本来の計画を聞かされたエリカは溜息をついた。
「叙勲式に乱入してくる襲撃者を返り討ちにするって……。あんたって結構抜けてるのね」
その言葉にジーナは気を悪くする。
「なんで?襲撃者は全員、牢から密かに脱走させた犯罪者で、万が一を防ぐ為に黒魔術を用いて完全に服従させてたし、陛下には蒸気機関式籠手で武装してもらってる。しっかりと計画したのよ」
「でも実際はこの体たらくでしょう?」
そう言われると返す言葉もなく、ジーナは黙り込んだ。
「今回の件は別として、受勲者やその家族に危害が及んでいたらどうするつもりだったの?襲撃者を止めようとした警備の人達や近衛兵達が怪我していたかもしれない。それに襲撃者を取り逃がす危険もあった。現にそうなってる訳だからね」
エリカはしばらく考え込む。ジーナは黒魔術の力を信じ切っているが、予想だにしない行動を彼らが取る可能性も捨てきれない。
その時、頭の中に閃くものがあってエリカはジーナの顔を見つめた。
「な、何よ……」
「ねえ、ジーナ。あなたの不安材料を取り払いたくない?」
「そんなの当たり前でしょうよ」
「なら……」
そう言うとエリカはジーナに顔を近付けて妖しく笑い、ささやくように言った。
「今から私が力を貸してあげる」
得体の知れないその表情にジーナはごくりと唾を飲み込んだ。
エリカが提案した内容はシンプルだった。疑念を抱いているオズワルド達に直接事情を説明し、襲撃者達を捕まえる協力を仰ぐ。
当然のことながら、ジーナはその提案に猛反対した。協力してもらえるはずがないし、自分がしたことを咎められるのは確実だからだ。
だが、エリカはあくまで冷めた視点で現実を見ていた。
「ねえ、ジーナ。そもそもどうして皆があなたのことを疑ったか分かる?」
「そんなの分からないわよ」
エリカはオズワルドから聞いた話を思い返していた。そもそもの始まりは第三王女のエミリーが内部告発を受けたことにある。ただ、よくよく考えると違和感しかない。
何故、れっきとした捜査機関であるRCISではなく、第三王女とはいえ学院の理事長でしかないエミリーに伝えたのか。
それを聞いたジーナは青ざめる。
「嘘でしょ……」
「どうもあなたの黒魔術は完璧じゃないみたいね」
ジーナは膝から崩れ落ちそうになる。完璧だと思っていたものが足元から崩れ去るのは確かにショックを受けるものだ。
「こんなはずじゃなかったのに……」
「まあ、あんまり気にしなくて良いんじゃない?むしろツイてると思うよ。自分のことをはめようとしている相手をあぶり出せるんだから」
「え?」
「だってタイミングが良過ぎるでしょう?内部告発があった時期と今回の件。そういう情報が入って疑念が高まっていく中で今回の件があれば、黒幕はあなたで決定だもの。
今回のテロは最初からあなたを真犯人に仕立て上げる為のものだったと考えるのが自然よね」
「……」
ジーナは言葉を失う。そんな彼女にエリカは肩をすくめて言った。
「相手がこのテロを起こしたそもそもの理由はまだ分からないけど、蒸気機関を強引に広めようとしているあなたは生贄にぴったりだったんでしょうね。
さて、もう一度だけ聞くけど。さっきの提案に乗る?それとも乗らない?」
ジーナは思いつめた表情を見せていた。しばらくしてから彼女は決然とした表情でエリカを見つめた。
「宜しくお願い致します」
「決まりね」
頷くエリカは右手を差し出す。一瞬、何のことか分からない様子のジーナだったが、その意味に気付くや否やすぐにその手を取った。
その後二人は簡単なやり取りを済ませると大広間へ戻る。
大広間に戻ると、国王を初めその場にいる全員が二人に視線を向けてくる。特にアルフレッドとアステリアはひどく心配そうにエリカを見つめていた。
席に着くエリカは物言わぬ両親からの厳しい視線に耐えながら、ジーナが動くのをひたすら待った。
ある程度してジーナが国王に話し掛ける。
「陛下。そろそろお部屋に戻られた方が良いかと」
「ジーナ。その話は終わったはずだ」
不機嫌そうにジーナを見やる国王の強い視線を真っ向から受け止めながら、彼女は続ける。
「陛下。ここにいる方々のことを思えばこそです。そろそろ用事を済ませたい方もいらっしゃるでしょう。ですが、皆様は陛下の御前を離れることを良しとされません。
皆様のことも我々近衛兵団が必ずお守り致しますので、どうか切にお願い申し上げます」
頭を深く下げるジーナを見続けると、やがて国王はその顔をエリカ達に向けた。
「皆の者、気を遣わせた。くれぐれも気を付けよ」
控えていた近衛兵が急いで大広間の外へと掛けていく。護衛対象が動くのに合わせて護衛状況も変わるから当然だ。
慌てて大広間に入ってきた副団長はジーナと二言三言言葉を交わすと、もう一人の近衛兵と共に国王の前後を固めた。
ジーナも扉のところまで同行したが、国王達が退室するのを見送ると部屋に残り、入れ違いに入室してきた近衛兵達に軽く指示を出した。
一気に緊張から解放された人達は席を立ちあがり、体のコリをそれとなくほぐしていく。盛大に伸びをしたいところだが、仮にも貴族が最高位のお膝元でその様な振る舞いをできるはずがない。
「エリカ……」
エリカを詰問しようとした父親を制して、彼女は両親の手を取って周りに誰もいない場所へといざなう。
エリカは充分に用心しながら先程のジーナとのやり取りを話した。
「……」
さすがに声を荒げたり息を呑んだりするような注意を惹く行動は取らなかったものの、アルフレッドは冷たい視線を、アステリアは失望した表情を我が子に向けた。
「どれ程浅はかな振る舞いか分かっているのか。彼女が今すぐ私達を葬ってもおかしくない」
アルフレッドの言うことは完全に正しいが、エリカは更に説明を重ねる。ジーナが服従の呪文をかけてきたことを聞いた時にはさすがの二人も厳しい視線を彼女に投げかけそうになったが、それはエリカが必死に止めた。
そしてエリカはジーナに目配せした。
ジーナはエリカ達の元にやってくると謝罪から始める。勿論、周りの目があるので自然な会話を装っているが、彼女の言葉は誠実だった。
第一段階は上手くいったと、手を結んだ相手の背中を見つめながらエリカは思った。




