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彼女は魔術と紅茶を楽しんで  作者: 賀来文彰
王都連続爆破テロ
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七 少女は物思う

「お茶の準備ができました」


 執事らしき長身の男性の号令と共に、使用人達がティーワゴンを押してやってくる。そのワゴンの高さは家にあるものの比ではなく、載せられているお菓子の種類も豊富だった。

 普段のエリカならその光景をじっと見ていたいところだが、ここが王城であることを考えると慎み深さを優先すべきだ


 だが、その慎み深さも一瞬で吹き飛んでしまう事態が起きた。


「国王陛下……」


 コーナー男爵が青い表情を浮かべる。そこにいるはずのない人物が副団長と近衛兵一人を従えて大広間の扉をくぐり抜けてきたからだ。

 それは使用人達も同じで、突然のことにうろたえてしまっている。給仕係に至ってはあまりの緊張に震える手を抑えるのに必死だった。

 だが、国王はそれを見るや否や気さくに声をかける。


「確かメアリーと言ったな。驚かせて済まぬ」

「め、滅相もございません……」


 恐縮してかしこまる給仕係に笑いかけると、現国王ヴァレリー・マクファーソンはワゴンに手を伸ばした。


 それも非常に驚くべきことだった。ヴァレリーはティーポットを持つと人数分あるカップに綺麗に紅茶を注いでいく。

 あまりに自然な仕草に執事ですら固まっていたが、すぐに我に返るや否や慌てて頭を下げる。


「陛下のお手を煩わせてしまい誠に申し訳ございません」

「気にせずとも良い。これは余がしたいことであるからな」


 そう言うとヴァレリーは、急いで給仕しようとする使用人達を右手で制すと、自ら客人達に振る舞っていく。

 誰もが前例のない事態にしどろもどろになる中、エリカ自身は織田信長や豊臣秀吉がしていたような接待の仕方だと思っていた。実際に彼らがそのような振る舞いをしていたかは分からないが、歴史小説などでは人心掌握の一環としてそういう気さくな振る舞いをしていたと描かれることが多い。

 或いは、裏切り者をあぶり出す時に。


 多くの者が緊張か感激するあまり礼儀作法がぎこちなくなる中で、エリカ一人はつとめて優雅にヴァレリーから紅茶を受け取った。


 その洗練された仕草に執事が驚きの表情を浮かべ、近衛兵達は不満げな様子を浮かべていた。ヴァレリー自身は顔色を変えなかったものの、何か感じるところがあったようなのが雰囲気から伝わってきた。


 一通り渡すと、ヴァレリーは自らの席に着く。


「本来であれば、今頃は勲章を授け終わり、諸君は凱旋の帰途についていた。このような事態になり心苦しく思う。これはほんのわずかばかりの気持ちである。受け取って欲しい」


 そう言うとヴァレリーは紅茶を一口飲む。参列者の中で無言の素早いやり取りが行われ、一番位の高いアルフレッドが紅茶に手を付けた。その様子を見ながらエリカは頑張れと心の中でエールを送る。


 一口飲んでは感想を述べ、次の人に順番が回っていくさまは見ている分には面白いが、その場にいる者としては中々に緊張感溢れる瞬間だ。

 最後の一人が感想を伝えた時には、全員がぐったりとしているのが手に取るように分かった。だが、それを表に出す者は一人としていなかった。


 ヴァレリーは嬉しそうに目を細めると、驚いたことに一人ひとりに声をかけていく。それも席次関係なく話し掛けていくものだから、全員がどぎまぎした表情で目の前のティーセットを眺めていた。

 きっと何を食べても砂を噛んでいるような味しかしないだろうなと同情しつつ、エリカだけは礼儀正しく、それでいて大胆にも心の底からお茶とお菓子を楽しんでいた。

 隣に座るアステリアはそれに気付いたようだが、国王がいる手前、娘を咎めることもできず、どうしたものかと悩まし気だった。


 だが、エリカにすればある種の開き直りがある。この世界にテロの概念を持ち込んだ者がいる以上、安全な場所はどこにもない。今こうしている間にも四度目の爆発が起きるかもしれないし、それが王城の中で起きないとは限らない。

 それにきな臭い動きをしているとオズワルド達に警戒されているジーナがこの場にいないこともおかしかったし、国王が操られているという話が本当ならば、この不意打ちも国王が意図したものではないことになる。

 何より逃げ場がないのだ。出たとこ勝負で行くしかない以上、お茶とお菓子ぐらいゆっくり味わわせろというのがエリカの正直な思いだった。


 案の定、国王の関心を惹いたようで彼女はエリカに話し掛ける。


「口に合うようで何よりだ」

「はい、とても美味しく頂いております」


 ヴァレリーは軽く笑うとエリカを見やる。


「確か、そなたがデーモンスパイダーを討ち果たしたのであったな?」

「滅相もございません。デーモンスパイダーは既にコーナー男爵家の兵士達の手によって弱っておりました。本当にわたくしは幸運に恵まれました」

「娘の話通りだな。だが、そなたの魔術の腕前は学生らしからぬ卓越したものだと聞いておるぞ」


 興味津々といった様子で聞いてくるヴァレリーだが、その真意は読めなかった。なのでエリカも一歩踏み込んでみる。


「そのようなお言葉、大変恐縮でございます。ですが、これからは蒸気機関が重要になってくると考えております」


 この爆弾発言にも両親は肝をつぶさなかった。だが、オズワルドからの忠告を踏まえると、家に戻れば厳しい説教が待っているのは確実だろう。

 国王は興味深そうにエリカを見つめる。


「ほう……。中々に面白いことを申すな。何故、そう思う?」

「デーモンスパイダーの件でサンスキンから王都へ戻る際、飛行船に乗船致しました。馬車と違い短時間であの距離を移動できること、多くの人や物品を運搬できることを鑑みますと、これからの世界の在り方が変わると思っております」

「その通りだ。まだ学院では授業が始まっておらぬはずだが、よく学んでいるな」

「ありがとうございます」


 満足げに頷くヴァレリーは他の人に話しかけていく。結果は分からないが、今のところは悪い印象を与えていないはずだ。


 エリカはヴァレリーが左手首に籠手を着けていることに気付いていた。そしてそれは、スチームパンクの小説の挿絵でよく見ていた、いかにもな形をしている。

 恐らくあの籠手にも蒸気機関が組み込まれているのだろう。だが、そこにまで踏み込むのはまだ危険性が高かった。


 ポットの中身も少なくなり、時間的にもそろそろお茶会が終わる頃合いだ。


 大広間の扉が開き、団長のジーナ・ローリーが駆け込んできた。さすがに取り乱すようなことはないが、その表情は険しい。

 ジーナはヴァレリーに一礼すると報告を始める。


「申し上げます。現在、実行犯達とRCISが王都のはずれにて交戦中とのことです。大事を取ってここからお移りください」

「何故だ?」


 ヴァレリーは少し不機嫌そうだ。その様子に面食らいながらもジーナは重ねて進言する。


「この戦闘が陽動の可能性もございます。敵は未知の方法でこれ程の騒ぎを起こしてきました。敢えて申し上げますが、ここも安全とは言えません。どうかお聞き入れください」

「ならぬ。ここにいる者達は国をデーモンスパイダーから救った英雄達だ。皆を置いて去ることなどできぬわ」

「……かしこまりました。では、私も職務に戻ります」


 ジーナが副団長に頷くと、彼は大広間を出ていった。そのすぐ後に近衛兵が現れ、元いた兵と交代する。


 この予想外な展開を、余裕を持って受け止められているのはエリカだけだった。他の者は全員、国王がこの部屋に居続けることに気まずさを覚えている。


 その自覚は国王自身も持ち合わせているようで、気遣いからか積極的に皆へ声をかけていく。だが、かけられる方からすれば緊張が高まるので逆効果だ。

 そもそも一国の長とこれ程長時間一緒にいる機会はまずない。緊張して当然だった。


 それにすぐ気付いたヴァレリーは、この中で一番物怖じせずに答えるエリカに話し掛けていく。


「そなたは誰から魔術の手ほどきを受けたのだ?」

「エンシェントドラゴンのオズワルド様です」

「オズワルドか。そなたは良い師を持ったな」

「はい。オズワルド様には感謝しております」

「ジーナよ。確かビルもオズワルドに師事していたのではなかったか?」


 まるで銅像のように直立不動だったジーナは、国王から突然話の矛先を向けられたことに驚きつつも、すぐに平静を保ち直して返答する。


「さようでございます、国王陛下」


 エリカは何気なくジーナを見やる。職務に忠実でありたいが、国王直々の話し掛けを無下にすることもできず、どう振る舞うべきか悩んでいるのが容易に見て取れた。

 その様子はどう見てもこれ程の惨事を引き起こす黒幕には見えなかった。根拠のない勘だと言われればそれまでだが、彼女が悪人だとはどうも思えない。


 エリカの視線に気付いたのか、ヴァレリーがいたずらっぽく笑ってジーナを見る。


「そなたは団長のことが気になるのか?」


 中々食えないお方だと思いながらもエリカは相槌を打つ。


「は。同じ女性として憧れの方でして」

「ふふ。中々に面白いことを言う。そなたはまだ学生であろうに?」

「学院の中でも近衛兵団の皆様のことは話題に上がることが多いのです。学友の一人は近衛兵になることを目標に勉学に邁進しております」

「そうか」


 そう言うとヴァレリーは感慨深げに目を細めた。


 意外なことに、この国では団長を除く近衛兵団の団員は全員平民出身である。これは初代国王がこの土地に逃れた際、クーデターを起こした帝国側の一派を押しとどめたのが他ならぬ平民達だったことに起因している。


 ヴァレリーはジーナを見やった。


「嬉しいことではないか、ジーナよ」

「は」


 言葉少なく答えるジーナはエリカに一瞬視線を投げかけると、すぐに前に向き直った。


 執事が前に進み出る。それに伴い、使用人達もティーセットを片付けていく。

 お茶会も終わる。


 国王のティーセットを捧げ持った執事が大広間を出ていく。その後を使用人達がティーワゴンを押して続いていく。

 彼らと入れ違いに副団長のビル・ウォレスが大広間に入って来る。ジーナと視線を交わすと場所を交代した。


 大広間を出ていこうとするジーナはふと足を止めると、エリカに話し掛ける。


「エリカ殿。少し宜しいか?どのようにしてそれ程の腕を磨かれたのか、是非ともお聞きしたい」


 そう言うとジーナは右手を扉の方に指し示す。アルフレッドがすかさず止めに入った。


「ローリー殿。娘のことを評価してもらえるのは嬉しいが、このような時だ。控えては頂けないか?」

「大丈夫よ、お父様。ちょうど、用事があるのを思い出したところでしたし。それに憧れの方とお話できる機会ですのよ」


 そう言うとエリカは立ち上がる。その様子にジーナが少しだけだが驚いていた。


 大広間を出たエリカはジーナの後に続いていく。エリカの予想通り、ジーナは大広間から離れていく。


「ローリー団長。お聞きになられていたと思いますけど、わたくしは用事がありますの」

「大事ない。このままついてこられよ」

「でしたらもう少し急いでくださらない?このままだと遅れてしまいますわ」


 少し切羽詰まったふりをしながらエリカはジーナに言い放つ。芝居を打つことでジーナのペースを崩すことがエリカの狙いだった。とはいえ、お茶の飲み過ぎで気にはなり始めていたので、半分芝居、半分本音なのが正直なところではある。


 ジーナは一瞬迷う素振りを見せたが、子爵家の一人娘に醜態をさらさせた時の影響を恐れてか、すぐに道を変えて新たな目的の場所へとエリカを連れて行く。


 程なくしてすっきりしたエリカは、律義に外で待っていたジーナに礼を述べると、いたずらっぽく笑って耳元でささやいた。


「あなたも一緒に用を済ませたら良かったのに」

「戯言は大概になされよ、エリカ殿」

「それにしても案内表示があれば良いのに」

「そんなものが壁や天井に付いていたら景観を損ねるだろう」


 ジーナはキッと睨みつけると歩き出す。エリカはその後ろ姿を見て確信を抱いた。


 ジーナが案内した部屋は棚や台ばかりで、それらに様々な小物が並べられている。どうやらここは物置の一つらしい。

 エリカは予想よりも明るさのある場所に少し驚きつつも、自ら進んで部屋の奥に向かう。案の定、ジーナは扉の前に立った。


「それでローリー団長。どのようなお話をお聞きになりたいんですの?」


 ジーナはすらりと剣を抜き放つとエリカに向ける。


「貴様、何者だ」


 予想通りの展開に思わずエリカは笑みを浮かべそうになる。ジーナが警戒心と不快感をあらわに一歩詰め寄る。


「この騒ぎと貴様はどう関係している?」

「ごめんなさい。どうしてそんな結論に達せられるのか全く分からないわ。わたくしはずっとここにいたじゃない」

「仲間がいれば貴様がどこにいようと関係ない。そもそもデーモンスパイダーを一介の学生が倒せること自体おかしい。あれも貴様の仕業か?」


 そこまで聞いてエリカは本当に笑いだしてしまった。どうやら目の前の女性は盛大な勘違いをしているようだ。

 ただ、いかに自分が乱暴で愚かな推論をしているのかを自覚できていないことは、ジーナにとって非常に不幸なことでもあった。仮に彼女が女優顔負けの芝居を売っていたとしても、この筋書きでは何も生み出さない。近衛兵団の団長が乱心して子爵家の一人娘に斬りかかった。それだけである。


 ひとしきり笑ったエリカは、オズワルドからの忠告を思い返しながらジーナの両目をひたと見据える。涼やかな瞳だとジーナは一瞬我に返った。


「ねえ、ジーナ・ローリー。あなたはどこから転生してきたの?」


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