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彼女は魔術と紅茶を楽しんで  作者: 賀来文彰
王都連続爆破テロ
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六 新たな動き

 チャールズは久々にRCIS本部の正面玄関をくぐる。膨大な紙とインクの匂いが鼻を通り抜け、警官や犯罪者、被害者達による喧騒に耳を澄ませた。


 ここが俺の居場所だ。


 チャールズは本部の中の空気を目一杯吸い込むと、まずはフランクの部屋へと向かう。

 最後に見た時と同じく、フランクの部屋は他の主任特別捜査官と違ってごみごみとしていた。キャビネットには事件の資料がぎっしりと並べられ、権威を示すような賞状や勲章などは一切飾られていない。

 変わらないのは机の向こう側に座るフランク自身も同様で、その体つきは今も現場の捜査官のそれと言っても差し支えない。記憶と違うことがあるとすれば、今では彼の斜め後ろにかつての相棒が控えているということだけだった。


「チャールズ。復職おめでとう」

「ありがとうございます。マーカス主任特別捜査官」


 二人は軽く握手する。フランクが椅子を勧めた。

 パトリシアは厳しい視線を投げかけながら、部屋を出ていった。その様子を見ていたフランクはため息をつく。


「それで、早速パトリシアと一戦交えたのかね?」

「そんなつもりは無かったんですが」


 そう言いながらもチャールズは不機嫌さを隠そうともしなかった。


「パトリシアに他意はないことくらい分かっているだろう」

「フランク。その話はもうやめてくれ。俺は自分がやったことを恥じていないが、処分にもきちんと従った。でも、あいつはあのクズの肩を持って俺を売った。それ以上でも以下でもない」

「そのことだが、彼女が君をかばっていたことくらい既に知っているだろう?それに今の私は君の上司だということを忘れるな」


 忌々し気にチャールズは鼻を鳴らすとキャビネットの方に目線を向ける。その眼差しは複雑な感情をたたえていた。


「ええ、分かってますよ。だから腹立たしいんです。確かに俺は理性的ではなかっただろうが、あの光景を見た奴なら全員同じ行動を取ったはずです。それに、かばうくらいなら最初から突き出さなければ良かったんだ」

「それが良心というものだよ。警官としてか個人としてか。彼女の場合は前者がほんの少し上回り、君の場合は後者がほんの少し上回った。

 最初は特別捜査官からの降格を自ら希望してきたんだ。君を止めなかったのは自分の責任だと言ってな。あまりにもうるさく言うので私の秘書官になってもらうことにしたが」

「あなたはいつも離れ業を使いますね」

「優秀だが少々短気なやつと長らく組んでいた影響だろう」


 そう言うとフランクは軽く笑みをこぼす。まだ、チャールズが捜査官になりたての頃に指導役を務めていたのがフランクだった。


「さて、話に戻ろう。今、あらゆる警官達に王都を四方から捜索させている。敵は二人だが、いずれも凄まじい力を秘めている。

 それでだが、今から話すことは個人的な意見になるのでそのつもりでいるように」

「はい」

「どうもホムンクルスが絡んでいるようだ」


 深刻な表情で頷いたものの、チャールズは内心ではあまり驚いていない。それくらいの懸念がなければ、いくらフランクの後ろ盾があるからと言って停職期間の途中で復職することはあり得なかった。


「王都内の錬金術師はまだホムンクルスを生み出せていないはずですが」

「ああ。だが、男の特徴はまさしく伝承通りだ。キメラのような顔になっていたという証言や、ローブの中身が目まぐるしく変化していたという証言も得られている」

「道理でアシュリー達でも捕まえられないはずだ。魔力量が絶対的に違い過ぎる。今からでも復職取り消しにならないですかね?」

「残念だがチャールズ。君の復職は決定事項だ」


 今のは軽いジョークで、本心ではこの獲物を自分の手で捕まえるという狩人の欲求が首をもたげている。

 チャールズは椅子から立ち上がる。


「それで、自分はどのペアに加われば良いんです?」

「しばらく待っていてくれ」


 そう言うとフランクは立ち上がり部屋を出ていく。この段階でチャールズは嫌な予感を覚えている。

 程なくして部屋に戻ってきたフランクの後ろには緊張した表情の警官が二人立っている。二人とも年齢が若い。


「紹介しよう。こちらはチャールズ・ベイトソン特別捜査官。チャールズ。彼らはジェーン・ヒギンズ巡査部長とジョー・スミス巡査だ」

「宜しくお願い致します」

「ああ、こちらこそ」


 二人からの握手に応えながらもチャールズは目だけでフランクに抗議の意思を伝えた。その視線を真正面から受け止めながらフランクが紹介を続ける。


「二人とも犯人達と対峙している。相手の特徴は彼らに確認しろ」

「分かりました、マーカス主任特別捜査官。さあ、二人とも捜索に加わるぞ」


 ほんの少しだけ不機嫌さを見せながらも、チャールズは二人の警官を引き連れて部屋を出ていった。

 扉を閉めようとしなかったのは反抗心なのかもしれないと思いつつ、自分が二人の警官を付けた意味を真に理解してくれていることが分かってフランクは嬉しかった。停職期間は長かったが特別捜査官としての勘は鈍っていないようだ。


 扉を閉めに向かうとパトリシアが入ってきた。その表情は恋焦がれている者特有のものだが、対象は犯人達だ。彼女もやはり特別捜査官として今回の事態を引き起こした連中を捕らえたいと思っている。


「君もそろそろ現場に戻っても良いんじゃないか?」

「いえ、自分は……」


 パトリシアは言葉少なく答えると、秘書官としての業務に移っていく。その様子を見ながら、頑固なところはチャールズと変わらないとフランクは思った。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ヴァレリーはジーナと僅か数名の近衛兵を引き連れて、暗くジメジメとした道を進んでいく。

 それは地下道だった。王城内部でもその存在を知るのは一部の者だけだが、王城が建てられた当初から様々な場所へ通じる地下道が張り巡らされている。

 その中でも最近増設された地下道をヴァレリー達は歩いていた。


「国王陛下。この先に段差があります。お足元にお気を付けください」


 先導するジーナが注意を呼び掛ける。ヴァレリーは軽く頷いた。


 しばらくすると通路が上向きに変わる。地上が近付いてきたのか、吹き込む風を肌に感じることが多くなってきた。

 緩やかな坂の途中から階段が現れ、一行はそこを慎重に上っていく。歩いていく内にだんだんと天井が低くなり、ついには手を伸ばせば軽く触れられるくらいの距離になる。

 ジーナが左手を伸ばし、天井の一部を押し上げる。ハッチのような構造の隠し扉が現れ、そこを開くと明るい光がほのかに差し込んでくる。


 光と共に差し込む空気を肺一杯に吸い込む。大して旨くはないが、湿気が多い石壁の中を進み続けたせいかたっぷりと味わいたくなる。

 しかし、その中でヴァレリーだけは辺りをゆっくりと眺めていた。その視線に気付いたジーナが説明する。


「お待たせしました、国王陛下。こちらが飛行船の製造所となります」


 そこは広い空間で、見たところ倉庫のようだった。ヴァレリーはここまで来た道のりを頭の中で思い描き、王都の地図に当てはめた。


「なるほど。旧訓練場か」

「その通りでございます」


 元々、兵士の鍛錬の場として活用されてきた訓練場だが、兵士の増加で手狭になり、かつ娯楽を求める国民の為に闘技場を兼ねた訓練場が設立されたこともあり、今はその敷地が残るのみだった。

 ただ、軍事的観点からも安全面からも関係者以外の立ち入りは禁止されているので、王都の中にありながら人の目には触れてこなかった。


 ジーナは杖を取り出すと空に向ける。みるみるうちに巨大な流線型のものが露わになる。


「これらが現時点で稼働できる飛行船になります」


 今や等間隔に並ぶ四隻の飛行船が姿を見せていた。ヴァレリーはそれらを感慨深げに眺めると、満足そうにうなずいた。


「大儀であった」

「ありがとうございます」

「では、運用に移れ」


 ジーナは念を押す。


「本当に宜しいのですか?ここが明らかになりますが」

「構わん。地下道のことだけ知られなければそれで良い」

「かしこまりました」


 ジーナは頭を下げると近衛兵達に指示を出し、負傷者の搬送と補給物資の輸送準備に移る。

 ここへ至るまでの地下道を閉じなければならないのは痛手だが、計画が進むことを思えば許容範囲内である。


 国王が近衛兵達と共に王城内へ戻っていくのを最後まで確認したジーナは、少し時間を空けてから軽く手を叩いた。すると、ジーナの前に二人の男が現れる。

 二人ともジーナがかけた認識阻害の呪文により、誰にもその存在を気付かれていなかった。

 もっとも、今この瞬間国王を護衛させている近衛兵達も同じく黒魔術によりジーナの支配下にあるので、彼らの存在が明らかになる可能性はゼロに等しい。


 二人の内、背の低い方が嬉しそうに話し始める。


「いよいよこの子達が空を飛ぶのですね」

「ええ、その通りよ。本当はこんな形で運用したくなかったのだけれど」

「きっかけなどどうでも良いのです。馬車も走らなければただの箱でしかないのと同じく、飛行船もずっと地上に留め置かれたままでは意味がありません」


 恍惚とした表情を浮かべる男にジーナは嫌悪感を抱く。この男は元々優秀な錬金術師だったが、あまりにも人の心を理解しようとしない為、表舞台に立つことを許されなかった人物だ。ジーナ自身、飛行船計画のことがなかったら手を組むことは決してなかったと思っている。


 そんなジーナの心境を読み取ったのか、もう一人の男がやんわりと注意する。


「落ち着きたまえよ、ジェファーソン。気持ちは分からんでもないが、今は不謹慎というものだ」


 ジェファーソンと呼ばれた男は途端に顔を醜く歪める。そして忌々し気に相手を見た。


「君のそうした澄ました態度が気に食わんのだよ、マディソン。君も正直に言ったらどうだ?どうせここには我々しかいないんだ。取り繕ったところでそれを不快に思う者は誰一人いない」


 あんたの目の前にいるけどねとジーナは心の中で返したが、実際に口から出たのは別の言葉だった。


「学院の医療センターや他の診療所に通達を出すわ。一隻もあれば負傷者を充分に搬送できる。残った三隻で補給物資の輸送を行うわ」

「輸送も一隻で事足りるのではないかね?」


 マディソンが眉をひそめるが、ジーナはその目をじっと見ながら言った。


「ええ、その通りよ。でも、飛行船のことを世界に知らしめるには数が必要なの。今は四隻しかまだ使えないけれど、大量の飛行船を運用できる体制になれば世界の在り方が変わる。その為にもあなた達の力が引き続き必要なの」


 二人は頷くと、振り返って飛行船を眺める。その瞳に狂気が揺らめいていることにジーナは気付かなかった。


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