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彼女は魔術と紅茶を楽しんで  作者: 賀来文彰
王都連続爆破テロ
27/323

四 誤算

「国王陛下!ここは一旦お下がりください!」

「ならぬ!民達の為にも我々が立たなくてどうする」

「しかし、敵の詳細も掴めておりません!ここは情報が集まるのをお待ちください!」


 離れたところで行われている国王と副団長の言い合いに近いやり取りを半分ぼんやりと聞きながら、ジーナ・ローリーは今回の計画が破綻した原因を必死に考えていた。


 本来であれば、叙勲式に乱入してくる襲撃者を成敗する手はずだった。襲撃者は全員、牢から密かに脱走させた犯罪者で、万が一を防ぐ為に黒魔術を用いて完全に服従させている。

 彼らに国王のみを狙わせ、それを蒸気機関式籠手で武装した国王自らの手で撃退する。そうすることで集まった国民達に蒸気機関の有用性を知らしめるのがジーナの狙いだった。


 だが、実際に起きたのは計画に一切ない爆発だった。ジーナは急いで国王を避難させる他なかった。

 しばらくしてから二回目の爆発が起きた。こうなるともうジーナの手には負えない。


 ジーナは知らず知らずのうちに歯ぎしりしていた。歯茎を襲う痛みと口の中に広がる僅かな血の味で、自分が激情に駆られていることに気付いた。

 一旦呼吸を整えると、ジーナは冷静に原因を考え直す。


 一番考えられるのは黒魔術の効果が切れたことで、襲撃者達が勝手な行動を取った可能性だ。ただ、保険の為に同じものをかけておいた数名の近衛兵達は全員、効果が続いている様子だ。

 であれば、今回の件は全くの偶然という可能性もある。ただ、そうなると襲撃者達は自分が用意した者も含めて、今も国王を狙っていることになる。爆発を起こした者はどうか分からないが、黒魔術によって操られている者達は王城に忍び込んででも国王の命を狙ってくる。相手を絶対的に服従させる術がここで牙を剥いてくるのは誤算だった。


 正直に言って、王城に忍び込んだところで彼らに勝ち目はない。術をかけられたからと言って力が増す訳でもないからだ。重犯罪者には違いないが、近衛兵一人でも充分倒せる程に実力差はかけ離れている。ジーナ自身、そうなるように手駒とする犯罪者達を選別してきたつもりだ。

 ただ、王城内に賊が押し入ること自体が問題だった。これでは周辺国にマクファーソン王国の衰退を示すようなもので、特にリーヴェン帝国は嬉々としてその事実をプロパガンダに用いるだろう。


 そこでジーナはふと思い至る。今回の件には帝国が絡んでいるのかも知れない。

 国同士の思惑により最悪の事態を常日頃から意識しなければならない激動の時代に生まれたジーナにとって、その想定はあまりにも自然なものだった。

 ただ、そうなると敵は第二、第三の手を使ってきても不思議ではない。リーヴェン帝国は、他の独裁色が強い国同様、謀略に長けている。


 更なる不安を覚えたジーナは黒魔術で支配下に置いている近衛兵の一人を呼び出すと、脱走者達の現状を把握するように指示を出す。

 今回の件には不確定要素が多過ぎる。帝国が絡んでいると想定するならば、偶然襲撃が重なったとは思えない。どこかで自分の計画が漏れ、それを利用されたのだろう。

 しかし、この計画は誰にも話していない。協力者は皆、黒魔術によって従わせているだけで、万が一術が解けたとしてもその間の記憶は残っていない。盗聴器や監視カメラのないこの世界で情報が漏れるはずがなかった。


 苛立たし気に首を振るその様子を見ていたのか、遠くから国王が呼び掛ける。慌ててジーナは意識を戻し、国王の元に走り寄った。


「ローリー団長。いつまで余を押さえつけるつもりか」

「陛下の安全が確実なものとなるまでです」

「ならぬ。今、安全を脅かされているのはこの王都に住まう民達だ。自分一人ぬくぬくと安全な城の中にいる訳にはいかぬ」

「恐れながら国王陛下。城の中も安全とは言えない可能性がございます。ウォレス副団長の言う通り、詳細は不明なのです。せめてこの城が安全だと確証を持てるまでお待ちください」

「では、それはいつまでかかるのだ」


 国王の問いにジーナは返答を詰まらせる。まずは自分が用意していた襲撃者達が発見されないことには安全を保証できない。自分が把握している限りの安全は。

 応えられないジーナに対して、国王は決然とした表情を浮かべて彼女を見やる。


「いかなる状況であれ、午後一時をもって余は戒厳令を発令する。皆が不安を覚えているからこそ、それを我々が払拭せねばならない。これは決定事項である。良いな?」


 必死に止めようとするジーナを制して、国王は断言した。深く礼をしつつもジーナは一刻も早く自分の手駒達と他の襲撃者が見つかることを祈っていた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ジョー・スミス巡査は学院通りを全力疾走している。腰に差している杖が走る度に左の脇腹に食い込み、鈍い痛みが広がっている。


「くそっ、なんて速さなんだ」


 悪態をつきながらジョーは前方を走る女を追いかけている。彼女の右腕はかろうじて体に繋がっているようなありさまで、使い物にならないのは一目瞭然だった。だが、それでも何かをしでかすのではないかと思わざるを得ない程の凄みが漂っている。


 彼女が逃げ去った後、すぐにジョーは出入口のがれきを吹き飛ばした。人ひとりが通れるくらいの穴ができたのですぐに追いかけ始めたものの、相手は既にかなり先まで走り去っていた。


 ここまで差を縮められたのは日頃の訓練の賜物だと感謝しながらジョーは、呆気に取られて固まっている通行人達に道を空けるように叫び続けた。


 しばらくすると前方に交差点が現れ、女がどの道に進むかを注視する必要にかられた。ジョーは忌々し気に舌打ちすると、道を曲がられても見失うことのないようにもっと差を縮めようと必死になった。

 その時、交差点の右側から白い馬車が警笛を鳴らしながら駆けてくるのが見えた。それは負傷者を搬送する為のものだった。


 相手がふと足を止める。そして右側から来る馬車をジッと見つめ続けた。嫌な予感がしたジョーは拡声魔法を自分にかけると白い馬車を運転する御者に呼びかける。


「気を付けろ!その女は危険人物だ!」


 だが、その時には女は交差点に一歩踏み出し、軽くその場で足踏みし始めた。御者はギョッとした表情を見せると馬を減速させようと手綱を握った。

 ジョーは警官人生で初めて赤い光を打ち上げると、そのまま杖を相手に向けた。風魔法によって対象を吹き飛ばし、安全を確保する。


 女は見事に吹き飛んだ。だが、空中で軽く受け身を取ると自身も風魔法を用いて優雅に着地する。そしてまた走り始めた。


 馬車は何事もなく無事に交差点を通過した。ジョーは一瞬ホッとしたものの、すぐに女の追跡を再開しようとする。


 その時、女性の特別捜査官が現れ、かなり前を走る相手に対して正確に呪文を放った。それはジョーも知らないものだった。

 女はくるりと振り返ると、左手を横に薙ぎ払う。特別捜査官が放った呪文が逸れて、近くの店の壁に激突する。レンガ造りのはずなのに、その壁には何か黒いもので引っかいたような跡が残った。


 女の背後に特殊戦術部隊員が現れ、相手の足元から水球を生み出す。女を包み込みながら水球は瞬く間に大きくなっていく。

 しかし、女は水中にいる状態だというのに窒息しているそぶりも見せない。よく見れば、呼吸していることを示す空気のあぶくすらなかった。


 その光景にジョーはゾッとする。自分が今まで追いかけてきた相手が人外の存在であることに今更ながらに気付いたことに恐怖を覚える。

 その時、今まで無表情だった女が初めて笑みを浮かべた。その笑みは氷のように冷たいものだった。


「気を付けて!」


 特別捜査官が叫ぶと同時に、水球の中に閉じ込められているはずの女の左手から炎が現れ、それが水球を内側から蒸発させていく。

 水蒸気が立ち込め、辺りはまるで霧に包まれたように白くなる。隊員達が急いで風魔法で水蒸気をかき消す。


 水蒸気が消えて視界が開けた時、女の姿は既になかった。


「くそっ!」


 特別捜査官が近くの建物の壁を蹴りつけた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 叙勲式が行われるはずだった正門前広場はすっかり人がいなくなり、寂しい様子を見せている。

 城下通りで爆発が起きた時はパニックも凄まじかったが、警備していた警官達の必死の誘導により事態は収束し、一定の静寂を保っている。


 ただ、王城と繋がる唯一の場所である跳ね上げ式の橋は吊り上げられた状態になっている。建国して以来、初めて目にするこの光景は見た者の心に重くのしかかっている。これも人がいなくなった原因の一つだった。


 誰ひとりとしていなくなった正門前広場だったが、そこに三人の男が現れた。どこからともなく現れた彼らはどこか虚ろな表情でゆっくりと王城に向かって歩いていく。

 監視塔から彼らを見つけた見張りの兵士が警告の鐘を鳴らす。すぐに警備に当たっている近衛兵達が城壁の上に現れ、いつでも放てるよう弓を構える。


「何者だ」


 警備隊長が正門真上の防衛拠点から拡声魔法で詰問するが、男達は何も答えなかった。

 ただ無言で歩き続け、しかしその足取りは確実に王城へと近付いている。その光景に隊長は何とも言えない不気味な感情を抱く。橋が吊り上げられている以上、向かって来たところで王城には決してたどり着けない。それが分かっているはずなのに歩みを止めずこちらへ向かってくる彼らに背筋が凍る思いだった。


「それ以上近付けば弓を射る」


 命令の声は少し上ずっていたが、問題なく兵士達は狙いを定める。だが、彼らのほとんどが手の震えを隠せなかった。

 いよいよ男達は正門前広場の中央に差し掛かる。隊長が右手を上げ、兵士達が弓を絞った。


 突如、男の一人が前に一歩踏み出すとギロリと城壁の上の兵士達をにらみつける。その気迫に何人かの兵士が気圧される。

 男は非常にゆっくりと両手を上げていく。そして万歳の状態になった瞬間、大声で叫んだ。


「死にたくなぁーい!」


 突如、男が文字通り爆散する。血しぶきが辺り一帯に飛び散った。

 それと同時に、残った二人は互いに向き直ると、それぞれ相手に杖を向ける。次の瞬間、ひときわ大きな爆発が生じ、正門前広場の大半に彼らの部位や臓器が飛び散った。


「何ということだ……」


 隊長は足がすくみかける。城壁の上から正門前広場まで距離は離れているものの、男達がいた辺りが赤黒くなってしまっているのは容易に判別できた。

 こみ上げてくる吐き気と戦いながら、隊長は城内に伝令を向かわせる。一応、危機は去ったと知らせなければならない。その後、杖を正門前広場の方へと向け、赤い光をその上空に放った。


 程なくしてRCISの捜査官達が正門前広場にやってくる。王城の目の前ということもあって、増援を乗せた武装馬車が五台も駆けつけ、王城をかばうように扇形に展開した。


 武装馬車から続々と警官達が飛び出してくるが、辺りの惨状に衝撃を受けている。中には胃の中身を戻してしまう警官も複数いるが、誰も彼らを責めなかった。

 ショック状態の警官が多い中で、一人の男性は毅然とした様子で王城の方へ歩みを進める。それは必然的に惨劇の現場へ近付くことを意味するが、他の警官達のように鼻と口を両手で覆ったり、えずいたりすることなく拡声魔法を使って王城に向かって話し始める。


「RCIS特殊犯罪対策部門、主任特別捜査官のフランク・マーカスです。要請を受けて参りました」


 事務的な挨拶を一方的に行うと、フランクは拡声魔法を解いて警官達の方へと向き直る。そこで彼らに何かを指示しながら歩き始める。

 いつの間にか特殊戦術部隊も現れており、フランクの周囲に陣取っていく。その様子を見た何人かの兵士達が感嘆の声を上げた。

 戦場に出るには体力や魔力が衰え始めている兵士達は少なからずいるが、そうなると特殊戦術部隊を初めとしたRCISの一員として新たな人生を歩み出すのが慣習となりつつある。それ故に、彼らの「再就職先」には見知った仲間がいることも多い。


 花形である特殊戦術部隊に見とれている兵士達に咳払いで注意を与えつつ、隊長は新たな伝令を出す。

 この襲撃への対応が自分達から彼らに移ったことを知らせる為に。


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