三 襲撃者との戦い
「RCIS!」
ジェーンの背後から現れた女性が杖を相手に向けつつ怒声を上げる。彼女の腕章には特別捜査官の階級と、アシュリー・レーガンという名前が示されていた。
「さっさと腹ばいになれ!」
特別捜査官の指示に従うこともせず、男はその場に立ち尽くしていた。彼女のハンドサインで他の隊員達がじわじわと包囲を狭めていく。
アシュリーが更に降伏を勧告しようとした瞬間、男が自分の足元に向けて魔法を放った。
舞い上がる土煙の中を複数の光が駆け抜ける。その威力の強さにジェーンは思わず地面に伏せた。
本能がこの戦いに参加することは危険だと告げている。それは巡査部長に上り詰めた経験と誇りをかなぐり捨てるのに充分だった。
「同士討ちに気を付けろ!」
隊員の一人が叫びながら魔法を連続で放つ。最初に放たれた風魔法が土煙を吹き飛ばして視界を確保する。続いて放たれた土魔術により、しっかりと固められた複数の土の塊が男の急所めがけて飛んでいく。
だが男はそれらを無視して、アシュリーに向けて火魔術を放った。大きな火の玉は彼女に向かいながら蛇の姿に形を変えていく。
それをアシュリーは水魔術で作った壁で防ぐだけでなく、そのまま押し出して男にぶつけようとしていく。
水壁に飲み込まれる蛇をそのままに男は両腕を自分の前に開いて伸ばし、そのまま閉じていく。その動きに合わせて水壁が両端から消えていった。
それを黙って見ている隊員達ではなく、水壁が消え始めた時から様々な属性の魔術を放っている。
先程と同じく土の塊が男に向かって飛んでいくが、それが円錐型になっていることにジェーンは気付いた。どうやら確保することから方針を切り替えたらしい。
男もさすがにそれを無視することはせず、円錐型の土の塊を足元から盛り上げた土の壁で防ぐと、自分の右手から飛んでくる風魔術による複数の空気の刃を、全く同じ方法で弾いた。
アシュリーが杖を足元に向けると、男の真下の地面から植物の根が飛び出し、両足に絡みついた。
男は特に抵抗することもなく、そのまま根に引き倒されていく。更に飛び出した根がうつ伏せに横たわる男の両手首と首元に巻き付いた。
「動くな」
アシュリーは杖を男に向けたまま近付いていく。隊員達も男の元に駆け寄ろうとしたその時、近くに位置する学院の方から大きな爆発音が聞こえてきた。
「何事?」
爆発が起きた瞬間、男は根を引き千切り、そのうつ伏せの姿勢のまま駆け出していく。すぐに隊員達が男を拘束しようとしたが、走って逃げていた時のスピードよりも遥かに速い勢いでその場から去っていった。
「魔法陣が消されている!」
隊員の一人が初めて慌てた声を上げる。男を上空から追尾していた魔法陣がかき消されていたらしい。
アシュリーが直ちに指示を出す。
「A1から4は対象を追跡、残りは私に続け」
そう言うや否やアシュリーは学院の方へすぐに駆け出している。ようやく体を起こしたジェーンは彼女の後に続こうとする。
その時、学院の方から黄色い光が上がった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
悲惨な現場を目の当たりにしているジョー・スミス巡査はかつてない緊張感に包まれていた。
数日前の自分は、仲間達と城下通りをのんびりと警備するつもりだった。実際、王都はかなり治安が良いだけでなく、その日は数年振りに国王が自分達の前に姿をお見せになる特別な日だったので、犯罪者達も鳴りを潜めている。想定されるケースは迷子の対応か魔が差した連中の確保くらいなもので、ジョーは叙勲式に伴う城下通りの警備担当の一人に選ばれたことを心の底から喜んでいた。
そう思っていたのも三十分前までのことだった。
もやのような存在が城下通りにいることを確認したジョーはすぐさま上司のジェーン・ヒギンズ巡査部長にその旨を報告し、追跡を開始したが、肝心のもやが消失してしまった為肩すかしを食らった気分だった。
恐らく誰かのイタズラだろうとジェーンと話していると、近くで爆発が起きた。
巻き上がる土煙と灰のせいでお互いの顔は煤だらけになっているのに、未だ何が起きたのか掴めず呆然としていた二人は、多くの人々が泣き叫ぶ声を耳にしてようやく我に返り、直ちに爆発現場へ向かった。
そこはまるで戦場のようだった。
並んでいた屋台の大半は崩れ去っており、かろうじてその形を留めている内の一つがごうごうと燃え盛っている。
道路には人々がうつ伏せや仰向けなど様々な姿勢になって倒れ込んでいる。彼らの大半は怪我の具合がひどかった。
「誰かこの子を!」
親子連れだろうか、女性が胸の中に女の子を抱きしめている。その子供の右肩辺りに大きながれきの破片が刺さっていた。
「白魔術を使える人を集めて」
そう言うやジェーンはその子供の元に向かい、杖を取り出す。ジョーはすぐに拡声魔法を使うと、白魔術師がいないか呼び掛け始める。
それと同時に白魔術をまだ使えない自分が歯痒く思えた。巡査部長以上を目指す場合、白魔術を使えることは絶対条件の一つだが、元々出世欲のなかったジョーは巡査として一生を終えるつもりだったので白魔術に全く力を入れていなかった。
過去の自分を殴り倒したくなる思いで、ジョーは自分にできる範囲のことをするしかなかった。
出血が激しくても相手に少しでも余裕があれば止血に留め、より優先度の高い負傷者の応急処置に努める。医者である白魔術師だけでなく白魔術を使える冒険者や警官、軍人がいれば、現役・退役関係なく負傷者の元へ振り分けていく。自分と同じく白魔術を使えない警官には避難誘導をさせていく。
「私達も手伝うよ」
屋台を出していたエルフの男性が数人の仲間と共に避難民の誘導を進めていく。すぐに処置できる怪我にはその場で白魔術をかけるだけでなく、励ましの声掛けも忘れていなかった。
しばらくしてそのエルフの男性が人々の流れに逆行していく男を見つけ、そっちは危ないと声をかけた。
男はくるりと振り返ると彼に向けて右手をかざした。その瞬間、エルフの男性を含む周辺にいた人達が吹き飛ばされる。とっさにジョーは風魔法を放ち、彼らが地面に激突しないよう空気のクッションを作った。
「何事?」
負傷者の手当てに当たっていたジェーンがこちらへ振り向いた時には、ジョーは男に対して魔法を放っていた。
だが、男はハエでも払うかのような仕草をするだけでジョーの魔法を無力化すると、火魔術を放つ。地面に伸びた炎の帯がジョー達の行く手を阻んだ。
「あいつは私が追う!あなたは引き続き救助活動の指揮に当たって!」
「待て、ジェーン!」
炎の帯に巻き込まれていなかったジェーンが男を追いかけ始めた。後に続きたかったが、まずはこの炎の帯をどうにかする他なかった。
何とか消火させたジョーは彼女を追いかけようとしたが、近くにある学院内医療センターから応援に駆けつけたスタッフ達が行く手を阻んだ。
「通してくれ!」
「ここの責任者は君かな?」
スタッフの一人がジョーに話しかけるが、彼の返事を待つことなく続けざまに話し続ける。
「彼らを医療センターに搬送する。その指揮を頼む」
「いや、しかし!」
「彼女なら既に応援を呼んでいる。見たまえ。先程から西の方向に黄色の光が上がり続けているだろう?
目の前にいる彼らも救助を求めている。私達は私達にできることをしなければならない」
そう言うとスタッフは周りにいる仲間に指示を出していく。ジョーは少しの間、西の空に上がり続ける黄色い光を見ていたが、鋭く舌打ちをすると負傷者の搬送の手伝いに加わった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「センター長!」
「ベッドの準備はできているかね?」
「はい。寮の方からも空いているベッドを運ばせています」
「よくやった、リリー」
「それとソレンソン先生とコリンズ先生も負傷者の手当てを手伝ってくださっています」
「ヴィクターとシャーロットか。それは心強い」
この会話の中でスチュアート・ヘミングスとリリー・キャラハンは十人の負傷者を治療している。その杖さばきと負傷状態の瞬時の判断はだてに、センター長と副センター長の肩書を名乗らせていない。
スタッフの一人が駆け込んできて、二人に報告する。
「パーカー先生が到着されました!手伝ってくださるとのことです」
「ジュリアが?今度、上等なワインを送らねば」
「あら、楽しみにしてるわ」
そう言いながら姿を現したパーカーは、彼らの元に歩み寄りつつ負傷者を手当たり次第に治療していく。
「相変わらず君の魔力は恐ろしいな」
「これでも吸血鬼ですから」
すまし顔でパーカーは答える。
彼女を含めた増援の存在により、負傷者の手当ては迅速に進んでいた。だが、そのそばから新たな負傷者が運び込まれてくるので、スタッフ達の負担は一向に減らなかった。
キャラハンは目の前にいる負傷者を治療し終えた途端、ふらついた。既に魔力はそこを尽きかけていた。
近くにいた別の負傷者の一人がキャラハンに声をかける。
「無理するんじゃない」
そう言う彼は両足を骨折しているが、自分よりも他者を優先するようにと言って聞かなかった。
責任感の強い巡査なのだろう。彼はベッドも拒否し、両足を伸ばした状態で床に座っている。
キャラハンは自分と余り変わらない年齢の相手の真摯な態度に胸打たれながらも、彼に言葉を返す。
「ありがとう。でも、今はみんなが無理して頑張っている時だから」
その時、正面玄関の方から爆発音が鳴り響いた。咄嗟に巡査がよろめくキャラハンの腕を取って彼女をかばう。
しかし、何か大きなものが崩れる衝撃で彼女は今度こそ尻餅をついた。
「もう何事なの?」
何とか起き上がったキャラハンは急いで爆発場所へと向かう。
「嘘でしょ」
衝撃に巻き込まれた何人かが床の上で呻いている中、出入口はがれきによって完全に塞がっていた。だが、よく見ると細身の人ならギリギリ通れるかどうかの僅かな隙間ができている。
そこに女性がいた。
キャラハンは彼女が崩落に巻き込まれたと思い、急いで駆けつけようとするが、すぐにその足を止める。
自らの意思で彼女がその隙間を進んでいるのが直感的に分かり、キャラハンはゾッとした。
「彼らを早く避難させてください!」
振り返ると、若い巡査が床に倒れている負傷者を担ぎながら指揮を執っている。確か、ヘミングスと共に城下通りから負傷者を搬送していた警官だ。
キャラハンは急いで彼の応援に向かう。幸いなことに出入口付近にいた人は僅かで、すぐに避難させることができた。
巡査ががれきの中を突き進む女性に声をかける。
「動かないでください。すぐに助けます」
「ちょっと待って!」
駆け出そうとする巡査を止めてキャサリンは耳打ちする。
「自分の意思で進んでる。多分、この件と関係があるんだと思う」
キャサリンの懸念は当たった。かなり小さい声でやり取りしたはずなのに、聞こえるはずのない場所にいるその女性が、強い意志をたたえた視線を投げかけてきたのが本能的に分かった。
同じくその視線に気付いた巡査が杖に手を伸ばすと、女性は自分の体を引き千切るかのように猛スピードでがれきの中を進んでいく。
慌てて追いかける二人の耳に骨が折れ、肉が引き裂かれる音が聞こえてくる。聞くだけで恐ろしい状態なのに、彼女は無表情のまま突き進み、あっという間に姿が見えなくなった。




