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第四話 最善の世界 -Only_Sensitive_Existence- ⑨

 しばらく、時間が止まったかのような静寂が地球の内部を充たしていた。

 するとイヲリは今度は、茫然としているソラへと、静かに銃口を向けた。

 引き金を、引く。

 まばゆい閃光が瞬いたのちも、ソラはそこに居た。

 イヲリはもう一度引き金を引いた。やはりソラは傷一つ無い。

 イヲリの構える銃口を見返しながら、ソラは伏し目がちに口を開いた。

「……あなたたちは、未来が来ないことを嘆くんですか?」

『きみは違うとでも?』

「私は、変わらない未来が永遠に続くことのほうが苦痛に思います。どうしてあなたたちは、九十億年後も変わらず今のままでいたいだなんて願ったんですか? それは滅びることよりも、変わっていってしまうことよりも、ずっとずっと切ないことなのに……」

 ソラはインナースーツの出力と、自らの霊力を最大にまで高めていた。

 髪留めの解けた長い髪は、同じ灰色の瞳とともに、芯から蒼白い仄かな光を放っていた。

 強い意志を秘めたその瞳は、まっすぐイヲリを見つめ返していた。

 武器は持っていない。ソラは戦う意思をいっさい見せていなかった。

 そんな彼女にビームライフルの砲口を向けながら、解せないと言わんばかりにイヲリが問う。

『なぜ逃げない? 単子と座標を再翻訳すればいいだけのことだろう』

「それはできません」

『どうして?』

「待っているからです。――カナがここに戻ってくるのを」

『理解、できないな』

「理由が要りますか? 友達を信じるという単純なことに」

『…………』

「約束したんです。彼女と一緒に、この世界を余すことなく見に行くと」

 見開かれたソラの眼は、表情は、どこまでも揺らぎがなかった。

 イヲリは嘆息すると、砲を構えつつも、再建途上のバルドへと躯体のカメラセンサーの視線を巡らした。重力鋲の塊と化した太陽の遺物を、ブロックのような地盤プレートたちを、そしてその先に覗く広大な空の世界を。

『これが僕らの宇宙なんだよ。矮小なものだろう、ソラさん?』

「否定はしません、カナタのお兄さん」 

『……カナタの言うとおりだな。正しいことなんて無い』

「いいんですよ。あなたはあなたの仁義を貫けばいい」

 イヲリの背後、遥か彼方の地盤ブロックの隙間から、無数のレシーバーやデシーバーたちが集まりつつあった。手に手にT2荷電粒子砲や、その他大量破壊兵器を携えている。アリストートルによって統率された、現生人類討伐用の機械化混成部隊だった。ソラとカナタの叛乱に際し、極秘で配備を続けてきた躯体たちに対して出動要求が出されたのだ。

 蟻の群れのように、夥しく整列する機械仕掛けの人形たち。それらを背後にしながら、イヲリはデシーバーの持つ武器を変形させた。狙いをソラに突きつけたまま、彼は『高次人類の思考回路を積んだ、実存侵食型の霊素照射砲だ』と説明した。

『次で終わりにしよう、天海ソラさん』

「確かに、そのような武器を持ち出されたら、新人類といえどもひとたまりもないでしょう」

 ソラは俯いたまま、イヲリの言葉を認めた。 

 それから少し溜めをつくって、最後の確認をとるようにイヲリへ問い返した。

「――でも、これで終わりだなんて、本当に思っちゃいませんよね?」

 イヲリの座るバーチャルコクピットからは、不敵に口の端を釣り上げるソラの表情が見えていた。壮絶なまでに美しい目つきをしていた。

『まさか――』

 息を呑んだイヲリの声に被せるように、ソラは大声で叫んだ。

 地球の内側に広がる宇宙に、一人の少女の叫びが響き渡った。

「カナタぁッッ! ぶちかませぇッッ!」

『――空間座標機雷、最大広域ッッッ!』

 その瞬間、機械人形たちの群れを無数の霊晶の棘が刺し貫いた。何もない空間から突如として飛び出してきたその透明な茨は、レシーバーやトーテム、そしてイヲリのデシーバーの武装を搦め捕り、完全に無力化した。

 人工単子としての魂を持たないレシーバーは、その霊子の結晶に蝕まれ、あっというまに砕け散っていった。きらきらと澄んだ欠片が飛び交うなか、あとに残ったのは武装解除されたイヲリのデシーバーと、この無差別的な範囲攻撃から免れた残りのレシーバーたちだけだった。

『これは――っ!』

 周囲を見回したイヲリが、切羽詰ったような声を洩らす。

 無数の棘に貫かれた躯体たちは、まったく見動きをとれなくなってしまっている。

 するとそんな中、第九地上層の底部が大きく裂け、大量の海水とともに飛び出す機影があった。地盤ブロックを大きく破壊し、その先から差し込む逆光を背に四肢を開く十八メートル大の機械人形〈デシーバー〉。人体に限りなく近いシルエットを持ち、その外装表面には紫を基調とした紫陽花の着物模様が揺れ踊るその姿は、ソラが旅をともにしてきた一人の〝幽霊〟の面影を色濃く残していた。

『空間座標機雷のスキャニング良好。オブジェクト363から9926、指定単子の再生速度減速、時間凍結開始。――お兄ちゃんはそんな意地悪な喋りかたしないよ、アリストートル』

 ソラたちのレーザー回線に介入する、幼げな少女の声。カナタの声だった。

 紫陽花模様のデシーバーは虚空を一直線に駆け抜けると、ソラの目前で急停止した。

 ソラはそのデシーバーの顔を見上げると、非難がましい声で言った。

「やあ、カナ。予定よりも少しばかり遅い登場じゃないか」

『ごめんね。向こうは時間の流れが違うから、少し手間取っちゃった』

 ソラの後ろに回り込んだデシーバー。

 その外装には様々な幾何学模様と文字表示も踊っていた。

('Direct_Encoder_and_Creational_Exoskeleton_In_the_VERbalizer_systems')

('DECEIVER=BRHASPATI' is running. Hello!! Here is a Manifestation!!)

 それは第九地上層の廃墟で見つけた、廃棄されていたあの機体だった。

 そして、それを操縦するのは――。

『ソラ! こっちへ!」

 コクピットを開いた生身の少女・雲野佳奈多は、緩やかな落下を続けるソラに腕を伸ばす。

 ソラは何も言わず、肉体を持った佳奈多に腕を伸ばし返した。

 触れ合った指先が絡み合い、血と肉の温もりが二人を繋ぐ。

 三十一億年の歳月を越えて、二人の少女が手を取り合った。

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