第四話 最善の世界 -Only_Sensitive_Existence- ③
インナースーツに包まれた太股に光子スラスターを呼び出し、ソラは射撃体勢に移った。迷わずに引き金を引くと、回転式の銃身が唸りながら、霊晶製の弾丸を無数に撒き散らした。腰に巻きつけた擬似霊晶炉が簡易的な重力鋲としてのスタビライザーを果たすため、身の丈に合わない武装を空中落下中に取り回しながらも、ソラのすらりとした肢体はまったくブレない。
カナタも武器の格納データからバズーカ式の無反動砲を二丁顕現させると、両肩に担ぎ、散弾による弾幕をまんべんなく張った。こちらもソラのガトリングガンと同様、霊子結晶の破片を広域に撒き散らす。あっという間に弾倉を使い切ると、無反動砲は放棄。これもすかさず霊素に還元する。二人の周囲は、細かい霊子の粒子によってキラキラと煌めいた。
「弾の無駄ではありますが、今は周囲の霊素濃度を引き上げることに集中して下さい!」
「分かってる! 少しでも有利な環境が組めればそれでいい!」
高次人類と呼ばれるホモ=フェノメノンは、肉体という〝枷〟を克服した、人類進化の最新形態。肉体や感情、個人の概念を持たない彼らは、カナタやソラとは比べ物にならないほどの霊素に対する圧倒的な〈読解力〉を有し、バルドにおける自らの勢力圏を着々と押し広げている。カナタたちや他のトーテムたちがいるのは、まさにそんな空域だった。
バルドの地上に棲んでいると言われるフェノメノン。彼らは自らの領域に侵入した他の思惟を邪魔者と見なし、単子や霊子の翻訳によってその存在ごと一掃してしまうという。それは人工単子で動くカナタたちも例外ではなく、いつ消されてしまうか分からない状況にあった。
相手の姿が手元に見えない以上、下手な一歩は踏み出せない。そう考えたカナタたちは出来うる限り自分たちに有利な霊素環境を組み上げ、フェノメノンたちからの暴力的な翻訳攻撃や実存侵食を食い止めようとしていた。目に見えない霊的な攻防戦のさなか、カナタの左腕が一瞬だけ半透明になる。消されかけたのだ。トーテムの演算処理を全開にした再翻訳によって慌てて対抗したカナタは、危うく実存を取り返したものの、心の底からヒヤッとしていた。
「カナ、大丈夫か!」
「大丈夫! ここを切り抜けることさえ出来れば……」
今度は、落下を続ける二人の元にマイクロミサイルが飛んでくる。立て続けに三発。
ソラは「僕に任せて!」と言い、太刀に切り替えた機械兵装を振るった。
真っ二つにされたミサイルたちは起爆することなく、切り口から霊晶に崩れていった。
「今度はなんですか、これ!」とカナタが悪態をつく。
「彼らが撃ってきたみたいだ。さっきの襲われていたトーテムたち。たぶん警告だよ。近づくなっていう」
「馬鹿じゃないですか! そんな暇があればさっさと逃げればいいのに!」
「逃げない理由があるんじゃないかな? 例えば――」
すると、言い合うカナタたちのもとにレーザー回線による無線通信が入った。
二人の足元で飛行を続ける三機のトーテムたちからだった。
『こちら神野ツカサ! そこのトーテム! 戦闘の邪魔だ! 早く退がれ!』
無遠慮にがなりたてる通話相手に対して、カナタも怒鳴り返した。
「こちら雲野カナタ=アダプト! わたしたちの目的は、バルドの踏査のために地上へ向かうことです! アリストートルの許可も得ています! だいたいあなたたちの邪魔なんかしちゃいません! そっちが勝手に撃ってるだけでしょーが!」
『こっちは高次人類に消されかかっているんだぞ! 我侭言わんでくれ!』
「人工単子のオリジナルデータはPHB−NASに保存されてあるんだから消されたって文句はないでしょう! おおかた霊学迷彩を解いて先に手を出したクチでしょう! そんな旧式機で何が出来るんです! さっさとやられて外殻に帰りなさい! アリへの然るべき報告を済ませてから、新しい躯体と任務を貰えばいいだけのことでしょう!」
『おまえたちがそうすればいいだけだろう!』
「こっちは死ねません! ホモ=ヌーメノンの同行人がいるんですから!」
『この小娘が――!』
「うるさい! わかったらさっさと武器を退いて道を開けて! 邪魔をするのなら実力行使もやぶさかではありません! フェノメノンたちの実存侵食結界も迫ってきている! 自分の命や仕事なんかよりも、まずは自分たちのマインドを大切にしなさい!」
「これは非道い……」
ソラが呆れたように本音をぼそっと漏らす。またカナタは完全にテンパっていた。
「戦いになるとどうしてこう短気になるかなぁ……」
「ほんと、どうしてでしょうね」
そうぼやきあう二人の眼前で、三機のトーテムたちが動きを止めた。
ホモ=フェノメノンたちに完全に呑まれたのだ。
意識を失い操り人形と化した彼らは、カナタたちへの砲撃を始めた。
「玩具にされて言わんこっちゃない……!」
「もう彼らを同胞と思うな、カナ!」
「分かってます! ヒトじゃなければ遠慮はいらない!」
カナタとソラはそれぞれ武器を構え直した。
しかし間の悪いことに、カナタたちの周囲に新たなトーテムたちが出現する。
何もかもが半透明なそのトーテムたちを見やり、ソラが冷や汗をかきながら指摘する。
「あれは正確にはトーテムではないね」
「フェノメノンたちの翻訳によって創り出された幻影みたいなものですね。これはまずい」
「奴ら、霊素で僕らを消しきれないからって暴力に物言わせる気だよ、これ」
「新人類が聞いて呆れますね。結局意識じゃなくて肉体頼みですか……!」
トーテムの幻影たちが武器を構え、二人への接近を始める。
ソラは太刀を斧槍に切り替えて構え直し、カナタに指示を飛ばした。
「カナ! 接近してくる相手は任せた!」
「ソラさんはッ?」
訊き返されたソラは、斧槍を杖のように両手で握りながら言った。
「フェノメノンたちの実存侵食を食い止める! このままではマインドすら喰われる!」
「了解しました! レーザーブレード顕現処理! 最終安全装置解除、発振!」
カナタの右手から、レーザー光による斬撃武器が解き放たれる。
本来であれば近接戦闘用に使われるそれを、カナタは遠距離攻撃に用いた。限界まで伸ばした光の切っ先で、遠くのトーテムを切り裂く。相手は制御を失い、実存侵食に呑まれ、キラキラと霊素に還元されていった。
とはいえ、敵の数が明らかに多すぎる。墜としそこねた敵機が、二人の懐まで入り込む。カナタは反射的に左腕マニピュレータにビームライフルを呼び出すと、接近してきたそれに一発打ち込んだ。すぐに爆発四散していく。
カナタの奮闘の陰でソラは目を瞑ると、怪しげな詠唱を開始した。
「GCTコネクタ再設定、思考領域との親和性保ちつつ――」
二人の周囲に上霊帝国文字のリングが無数に浮かび上がる。
ソラの援護を続けるカナタは、そこで頬を強張らせた。
二人の落下していく先に、白い雲海が漂っていたのだ。
避けきれなかった二人は、雲の中に飛び込む羽目になる。
数秒ほど視界が曇ったのち、雲を抜け、世界が暗転する。
あっという間に、地上が目前まで迫ってきていた。
水と緑の地盤ブロック、無数の空の柱、そして高さ数キロにも及ぶ巨大な大理石立像の数々。
「くそっ、向こうの〈読解力〉は底なしか!」
ソラは霊素の翻訳を続けながら毒づいた。敵の数は一方に減らない。
「擬似霊晶炉を開放します。陽性霊素の狭域散布開始、ホモ=フェノメノンに対抗します!」
「ありがとう、助かる! ――っていうか現在高度!」
「八キロを切りました! この減速率だと地上まで五分もありません!」
「なんか嫌な予感しかしない! まずいんじゃないの、これ!」
「一キロあればちゃんと着地できます! 安心して!」
「この調子で本当に〈苔むしたダヴィデ〉まで行くつもりなのか!」
「地上に入ったら霊学迷彩を展開します! ここさえしのげば!」
声を交わしながらも奮戦を続けるカナタとソラ。
するとソラが、硬い声を発した。
「カナタッッ! 後ろだッッ!」
「ッッッ!」
ソラの忠告に従って振り向いたカナタだったが、すでに接近しきっていた敵機が武器を振り下ろそうとしている瞬間だった。
間に合わない――とカナタが顔をしかめた瞬間のことだった。
二人を襲うトーテムの幻影たちが、何らかの被弾をして墜落していく。
「へ……?」
呆気にとられたような顔をして、二人は慌てて周囲を見回した。
そこには、トーテムの幻影たちを撃ち抜く本物のトーテムたちの姿があった。
その数は十にも及ぼうとしていた。すべて異なる着物模様や浴衣模様を浮かべている。
彼らは手に手にT2荷電粒子砲を構えると、容赦のない乱射を続けた。
「援軍……」とソラが呟く。
「ダシに使われましたね。わたしたちも、さっきのヒトたちも」
「フェノメノン討伐用の本隊が到着するまでの足止めだったってことか……」
「乱暴なことをしますね」
そう言った二人の前で、トーテムたちは粒子砲を地表へと向けた。定格出力まで充填したのち、躊躇わずに一斉射撃。世界が白く染まり上がる。地上にいるであろうホモ=フェノメノンたちに物理的な攻撃を行ったのだろう。さすがの熱量にフェノメノンたちも耐えかねたのか、カナタとソラは直後に実存侵食の波が潰えたことを知った。
なんとか生き延びることが出来た……。
安堵するように戦闘の構えを解いた二人に、援軍のトーテムたちから電信が入る。
『そこのトーテムとヌーメノンの二人組! 大丈夫か!』
「え、ええ……あなたたちは?」とソラ。
『通りすがっただけのトーテムだ! あんたたちが怒鳴りあっている声が聞こえたから駆けつけたんだ! こんな未踏査領域を突っ切る理由は知らないが、地上を目指しているんだろ! 今ならフェノメノンたちの霊力も弱まってきている! 地上に入ったらすぐに単子と霊素を遮断するんだ! わかったな!』
「ありがとう! でもお兄さんたち、次からは新人類とももう少し仲良くしてね!」
『考えておくよ! そこのトーテムもそれで良いだろ!』
しかし話を振られた当のカナタは、血の気が引いたような顔をしていた。
「その声……」という吐息のような声が唇から漏れ出す。
「カナ?」
『トーテム! おいこら答えろ!』
激しい問いかけにも応じることなく、やがてカナタは震えるような声で言った。
「お兄、ちゃん……?」
無線の向こうで、少年の息を呑む声が聞こえた。
『その声……もしかして、カナ、か?』
硬直していたカナタは、あっと息を呑んだ。やっぱり彼は――。
しかし慌てて口を開いて返事をしようとした瞬間、通信は突然途絶した。離れすぎたのだ。
カナタはこれまでにない形相で唇を強く噛み締めた。皮膚が破けて血が滲むほどに。
とうとう二人きりになってしまったカナタとソラ。
二人の手元で、けたたましい警告音が鳴り響いた。墜落警報だ。
「もう地上だ! カナタ!」とソラが叫ぶと、ようやくカナタも正気を取り戻したようだった。
「ソラさん、つかまって!』と返しながら内骨格への高次憑依を解くと、空中で身をひねる。
ソラとカナタは互いに腕を伸ばしあうと、手を取り合った。
そのまま強引に腕を引き寄せ、カナタはソラをお姫様抱っこした。
『リフター起動、アンチマタークラフト展開! 着地します(ランディング)!』
カナタは背部に折畳んだ前進翼を展開すると、落下の動きを滑空の力に変えた。
緑に覆われた地表が近づく。カナタは両脚を前に出した。
『逆噴射! 歯を食いしばって!』
そう叫んだ直後、躯体の踵部が接地する。
トーテムはブレーキをかけて減速しながら、実に一キロにも及ぶ轍をつくった。
すべてが静止すると、カナタは恐る恐る胸に抱えたソラに訊いた。
『怪我してません?』
「たぶんタンコブできた」
二人は顔を見合わせて同時に噴き出す。それからカナタはソラを地面に下ろしてやった。
するとソラは、「わ……」と膝から崩れ落ちてしまった。
『大丈夫ですか?』
「足に力が入らない……フェノメノンたちは?」
『反応、ありません。どうやらこの地域から撤退したみたいです』
「それは良かった。霊学迷彩は?」
『しばらく休むぶんには、問題ないでしょう。それから霊素と単子を遮断しましょう』
「了解……少しこのままにしてていいかい?」
『どうぞ。いくらでも待ちますよ、わたしは』
カナタは頷くと、ソラの身体に力が戻ってくるまで待っていてあげた。
その間、ソラは俯いて言う。
「あのお兄さん、カナの名前を知っていたね……」
『ごめん、今はまだ、その話をするには気持ちの整理がつかないかな……』
「そりゃそうだ。つまらないことを訊いたね、ごめん」
それから二人は、無言になった。そよ風がソラの透明な髪を揺らす。
さっきまでの激戦が嘘みたいに思えるほどの、静寂に充ちた世界。
緑に充ちた湿原と平原が広がり、雲の隙間から陽の光が覗き込む。
巨大な宇宙塔によって貫かれる地表。地球の外殻は空に霞み、もう空を仰いでも見えない。
唯一異質なのは、ところどころに屹立する巨大な大理石の立像たちだった。高さが十数キロにも及ぶ、巨大すぎる芸術的なヒトの彫刻像。誰が何のためにつくったのかはわからない。再建中の地球に安置されたその巨大な苔むした彫像たちは、異質すらも通り越して、何か哲学的な光景ですらあった。
体力が戻ってきたソラは、静かに腰を上げながら、そんな世界を見渡した。
「ここは……」と言ったソラに、カナタは答える。
『第九地上層――バルド完成時に海抜ゼロメートルに位置する場所です』
どこまでも静寂な世界に、カナタの呟きが反響せずに吸い込まれていく。
『まるで東京湾みたい……』
二人の向かうべき先には、凪いだ海が見えた。まだまだ遠い。




