第三話 現世人類のアタラクシア ⑮
幾層もの雲を抜け、リフトは下降を続けた。
三人の間で話題が尽き、雲を眺めるのにも飽き飽きとしてきた頃、ようやく眼下に緑の大地が広がり始めた。タイルのように敷き詰められた、あまりにも不揃いな大地たち。隙間や亀裂など当たり前で、海をつくる地盤ブロックからは絶え間なく海水が溢れ落ちている始末だった。
高度が下がれば、地上と外殻を繋ぐ宇宙塔同士の隙間も狭くなってくる。白い宇宙塔たちは地上すら穿ち、地球の中心までまっすぐと伸びていく。水と緑の惑星にしては、あまりにも御粗末な光景。地球再建事業の当事者であるカナタからしても、この状態がどのようにして〝九十億年を隔てた明日〟になるのか、皆目見当もつかなかった。
「うへ、すごい湿度だね」と、ソラが不快そうに言った。
『こんなもんですよ、再建後の地球なんて』
「こんな原始的な方法で、どうやって惑星を作るっていうんだい?」
『最終的には地盤ブロックも地殻とマントルとコアに移し替えられるそうですから、今やっているのはまだそのための足場を作っているに過ぎません。水や植物も、まあ下書きにも及ばない注釈みたいなものです。もっともあの動植植物たちも、現生人類同様どこから湧いたのかも分からない存在なんですが……』
「これでは新しい地球が出来るだけじゃないか。どうやって〝明日〟を作るつもりなんだい?」
『詳しい理屈は私にも分かりませんが、最終的には一度時間を凍結して、バルド全体を大規模な霊素翻訳機にかけるそうです。スキャニングが終了した時点で地球としての機能は回復するはずですから、今度は人工単子の再配置を行います。すべての実存がもとの位置に回帰されたところで時間凍結を解除、何もかもが元通りの〝明日〟がやってきます』
そこまで説明したところでのことだった。
カナタと姫野サヲリの躯体が、何らかの警報を同時に発した。
ビィービィーという不快な音が鼓膜を刺す。
カナタは緊張した様子で叫んだ。
『大気中の霊素濃度が急上昇! 陰性のパターンです! 織姫さん!』
『想定外だった、彼ら(・・)の勢力圏がここまで及んでいたなんて……!』
すると、血相を変えたソラが鋭く怒鳴りつけた。
「ふせろ、カナ!」
『ッッッ!」
無意識のうちに、カナタの身体は素早くその忠告に従っていた。反射的に人工単子が反映されたトーテムのフレームに、カナタの表象が重なるように浮かび上がった。外骨格に包まれた少女の姿は、まるで機械の鎧を纏っているようだった。
カナタとサヲリ、二人のトーテムが慌ててしゃがんだ直後――間一髪のところで一行の頭上を荷電粒子砲の収束線が擦過していく。ばちばちと音をたてながら、重い大気の中で拡散していく。幸運なことに宇宙塔への直撃は免れたが、三人を載せたリフトは緊急停止した。コンソールを確認すると、高度は十九キロ。まだ地上には少し遠い。
次いで、耳をつんざくような飛空音が場を充たす。
両手で耳を塞いだソラは、リフトの端まで走り寄っていった。
身を乗り出すようにして周辺空域に目を凝らしたカナタたちは、やがて光の航跡を曳きながら飛行する機影を見つけた。フライトタイプのレシーバーが四機。そのどれもが外装にオリエンタルな模様を浮き上がらせている。憑依状態を示すものだ。
「トーテム!」
『いや違う! あれは防戦陣形です! 敵は他にいます!』とカナタが否定する。
激しく言い合う彼女たちの視界から、一機のトーテムが――文字通り姿を消した。
人工単子の上書き翻訳によって、元から存在しないことにされたのだ。
こんな大胆で無慈悲な〈読解〉が行える存在は、このバルドに一つしかいない……!
ソラは低い声でうめいた。
「ホモ=フェノメノンか……!」




