第三話 現世人類のアタラクシア ⑭
全ての準備を終え、カナタは数週間ぶりにバーチャルコクピットの中にいた。
バーチャルコクピットから機械仕掛けのトーテムを駆る。
外装の配色は、いつもどおり紫陽花の着物模様だった。
『これで生身の生活も終わりですか……』
「寂しくなるね」とソラが言った。
彼女は例の水兵服の下に機械武装用のインナースーツを着込んでいた。新調されたもので、全身を覆うタイプになっていた。専用のヘルメットとともに霊素を完全に遮断する仕組みになっているのは、これから向かう先に棲むホモ=フェノメノンから身を守るためだという。
二人は、宇宙塔を下るための大きなリフトの前にいた。ここからまっすぐ三百キロを下り、とうとう地上へと向かうことになるのだ。
二人の見送りの為に、ブリューゲルのバベルじゅうの人々が集まった。城塞都市に住まう王族や王室警護官、それぞれのコロニーに住まう一般市民たち、そして地球再建事業の拠点に住まう大勢の幽霊たちが一同に会するさまは、現生人類とトーテムたちとの戦争を経験していたカナタとソラにとって、壮観の一言に尽きた。
やがては互いを滅ぼし合う運命にある人々が、今は手を取り合って生きている。種族や立場の垣根を越えて、たった一人の少女を故郷へと送り返すためだけに、協力を惜しまない。それは救いようのないこの世界に見出した、彼らなりの魂の平穏だったのかもしれない。
ソラは一歩前に進み出ると、国王の前に出た。
「鳩をお願いします。ここから先は、流石に一緒に旅はできないから」
「うむ、任せたまえ」
頷いた国王の隣には、小さな止まり木があった。
ソラは腰を屈めると、その中で大人しくしている鳩に向けて言い聞かせた。
「これでお別れだね。いい子にするんだよ」
『寂しくなりますね』
「そうだね」
立ち上がった二人のもとに、一機のロボットが歩み出てくる。
深紅の彼岸花の着物模様のトーテム――姫野サヲリだった。
『リフトの終着駅までは、私も同行するよ。案内が必要でしょ?』
『ありがとう、織姫さん』
カナタは何度目と知れぬ謝辞を述べると、見送りの人々に向き直った。
『本当にお世話になりました。豊かな恵みと祝福が皆さんの上にもありますよう』
「ソラ嬢を送り届けたら、アリストートル経由のルートで、眠る前にまたこちらにも来るといい。我らは変わらずカナタ嬢を歓待しよう」
『ありがとうございます。でも、それは無いかもしれません』
「そうそう、カナははやくお兄さんに会いたいだけなのにね」
『余計なことを言わないの、ソラ』
軽口を叩きあうカナタとソラ。二人と姫野はリフトの上に移動した。
すべての準備を終えると、国王は大きく息を吸い込んだ。
「これから旅立つ二人のマインドを敬して――一同、拝!」
国王の号令とともに、道徳人類や幽体人類たちが一様に重ねた掌を胸元にあて、瞑目する。
「行ってきます。――明日のために」とソラは最後に言った。
大勢の見守るなかで、カナタたちを載せたリフトは下降を始めた。




