第三話 現世人類のアタラクシア ⑦
少なからぬ失意を引きずりながらホモ=ヌーメノンたちの塔に戻り、宿部屋に帰る。
浮かない顔で室内を見回すと、ちょうど着替えを終えたばかりのソラと鉢合わせた。
「おや、おかえり、カナタ」
「ソラさん、その格好……」
カナタは彼女の服装を指差して言った。
それは、カナタの世界で言うセーラー服そのものだった。
白地の生地に、特徴的な茶色い襟飾り、赤いスカーフ。
唯一の相違は、左腕をがっちりと包む金属製のガントレットだった。
「着てきた服はすべて傷んでいたから、腕利きの裁縫師に繕ってもらうことになった。その間はこの国の着物を着ていると良いって言われてこうなった。この国の女性水兵が纏う、霊素翻訳学の魔導着だって。理屈は僕たちのインナースーツと大差ないらしい。繊維に霊媒素子が織り込まれているそうだ。――似合うかい?」
「うん。とってもかわいい」
素直にそう褒めてから、ふとカナタは自分の服装が気になり始めた。
人工単子データに変換してトーテムに積んできた私服。かつての自分が着ていたもの。
この格好で歩いていると、事業前の日々を思い出してしまって具合が悪い……。
つまらなそうな表情で服の裾を摘むカナタに、ソラは手を合わせて提案した。
「そうだ! カナタもこの国の衣装を借りると良い! きっとかわいいよ!」
「えぇ……わたし、そういうの絶対に似合わないですよぉ……」
「いいからいいから! さっきの仕立て屋さん、お店の場所教えてくれたから!」
ソラに言われるがまま、城塞都市と化した宇宙塔を離れ、カナタは浮遊岩礁の一つに築かれた現生人類たちの商業都市まで連れて行かれた。煉瓦畳みの商店街の一角に構えられた服飾店で、カナタはソラや店主に言いように弄ばれた。西暦時代のカナタにとって、そのどれもがコスプレにしか見えなかった。
これはどうだ、あれは似合うか、そういう問答を延々と繰り返したのち、仕立屋のおばさんは店の奥から何やらローブのようなものを引っ張り出してくる。霊学術師のために霊媒素子を織り込んで作られたものだと言う。膝上までのワンピース仕立てで、末広がりの袖とケープが縫い付けられている。紫と水色の複雑な装飾が施されおり、同じデザインの布帽子と靴も揃えてあった。
「ねえソラ。いまさらなんだけど、立体映像のわたしが服を着れるっておかしくない?」
「別に可愛ければいいじゃん。はいこれとこれ、それとこれ」
カナタは服を持たせられると、試着室に押し込められた。布擦れの音をしばらくたてたのち、着替えを終えたカナタが、カーテンの隙間からひょこっと顔を覗かせた。上目遣いで、頬を染めながらソラに訊く。
「に、似合い、ます……?」
「〜〜〜〜!」
ソラは無言でカナタをぎゅーっとした。どうやらお気に召したようだった。
支払いを終え、店を出ると、カナタは恥ずかしさのあまり死にたくなった。
もし昼に会った姫野さんの友達などにこんな姿を見られでもしたら……。
けれどカナタはすぐに気づいた。この服装になってから、あまり道行く人の視線を感じなくなったのだ。さっきまでカナタを見るなりオシラサマだと言って挨拶をしてくる人ばかりだったのに、そういった素振りを見せる人がいなくなっている。文字通り、衣装を着たカナタは雑踏に溶け込んでいた。
そう考えると、なんだか現生人類たちの暮らしに馴染めたようで、悪い気はしなかった。
一息ついてから、ソラが言う。
「さあ、これで準備はできたね」
「え? なんの準備?」
「この国の可愛い服を着れたところで、次にやることといえば決まってるじゃないか」
「トーテムは修繕中だし、ダヴィデまでの道のりもまだ確認がとれてないし……なんだろう?」
「ふふっ、違う違う」
どこまでも硬真面目に悩むカナタの姿に、さしものソラも頬を緩ませた。
彼女は両腕を広げて、カナタに教えてやった。
「見に行くんだよ! この国のいろんなところ!」




