第三話 現世人類のアタラクシア ⑥
夜が明けると、カナタの多忙な一日が幕を開けた。
「おはよう、カナタ」
「おはよう、ソラさん」
身支度を整え、食事を済ませると、ソラと別れ、空中連絡橋で隣の宇宙塔まで移動した。
その塔は、まるまる地球再建事業の拠点として使われていた。トーテムやレシーバー、ホログラムによって実体化した幽霊たちが闊歩し、独特の雰囲気を漂わせている。そこでカナタはアリストートルの端末に接続すると、地球再建事業の本拠点である地球の外殻に移動した。然るべき報告を済ましたのち、すぐにログオフ。バーチャル空間の内部時間はバルドよりも流れが早いので、外に戻った時点で既に半日が過ぎていた。
「おなか……空いたな……」とお腹をさする。
ちょうど昼時だったので、カナタは同じ日本人の幽霊たちを探した。すると昨日お世話になったばかりの姫野サヲリを見つけ、彼女の同僚たちに交じって食事をとることになった。足を運んだ食堂にも日本人の料理人がいたようで、カナタはサバの味噌煮定食を頼んだ。
「渋いね……カナタちゃん……」
「そうでしょうか?」
再建途中のバルドで、日本人に囲まれながら、日本の料理を口にする。そんな奇妙な状況におかれて初めて、カナタは事業では自分だけが働いているわけではないという当たり前の事実に思い至った。長らくソラとの二人旅が続いたせいで、感覚が麻痺してしまっていたのだ。
姫野の女友達が、まだ年頃のカナタを可愛がる。まだ中学生だもんねーだとか、学校に好きな男の子はいた? だとか、そういう下世話な質問ばかりしては初心なカナタの反応を楽しんだ。本来ならそこでカナタも打ち解けられたはずだったのだが、笑顔で会話に華を添える一方で、自分の心が急激に冷え込むのをカナタは感じた。
自分が、もう無邪気ではいられないことに気づいていた。
それだけのものを見聞きしてきてしまったのだと、痛感していた。
当分は、再びこの塔に足を運ぶ気にはなれない気がした。




