第二話 予定調和のアーキタイプス ⑮
あっという間に〝泡の壁〟を抜け、二人は次の目的地へと向けた連絡橋に至った。
大気は一気に薄くなったが、代わりに霊素の充たされた環境に戻ったことを二人は知った。
「ここまでくれば安心だね」
『そう思いたかったのですが……後ろをご覧ください』
そう言い放ったカナタの指示に従ったソラがその視界に認めたのは、〝泡〟を潜り抜けようとしてくる巨大な機械人形の姿だった。カナタのトーテムの三倍ほどはあるであろう規格外のロボットが一機。ゆっくりと連絡橋を歩き、刻一刻と迫ってくる。
「あれは……!」と息を呑んだずぶ濡れのソラにカナタが説明した。
『デシーバーと呼ばれる、十五メートル級の直接乗り込み式のレシーバーです』
それから楽観しきった声で補足した。
『大丈夫。生身のパイロットが人工単子のバーチャルパイロットに勝てる道理はありません』
しかしそう断言したのも束の間、二人はそのデシーバーの背後に同じ型の躯体が二機も連なっているのが見えた。全部で三機だ。手に手に巨大な銃器を携えて、遠くにいるカナタたちを睨めつけた。
ソラが乾いた笑みを頬に張り付けながら、カナタにそのことを指摘した。
「……すっごいたくさん出てきたよ?」
『……あれはヤバいですね』
「……え? いまなんて?」
『逃げます! 走って!』
「え? えーっ?」
連絡橋は一本道のため逃げ道が一つしかない。カナタとソラは、すたこらと走り出した。
数秒後には、もといた場所は真っ赤に燃え上がっていた。
デシーバーが重金属粒子熱線を放ったのだ。完全に二人を殺す気満々だった。
すでに彼らは〝泡〟の外まで出てきている。
あのホモ=サピエンスたちは、とうとう〝泡〟の外に出る技術すら獲得していたのだ。
「ここまで地球再建事業は憎悪されるものなんだろうか……」
そう独りごちたソラだったが、脚部ローラーで移動しだしたカナタに置いていかれそうになっていることに気づくと、「うげ」慌てて大気中に漂っている僅かな霊素を掻き集めて高速で翻訳し、推進機付きのホバーボードを顕現させた。ソラが実体化できる代物のなかでも、より〈読解力〉を要する複雑な機械兵装の一つだった。
彼女は制御用のホログラムウインドウに素早く指を走らせると、簡易浮遊機を作動させたホバーボードを足元に押し流した。地面から十五センチほどの高さで滑り出したそれにソラは両足を載せると、スターターを踏み込んで推進器を点けて加速、すぐにカナタの隣まで並んだ。続いて、あらかじめ用意していた遮光風防ゴーグルを被る。
カナタは、先頭の一機が構えるビームライフルを一瞥すると、並走するソラに話しかけた。
『あの武装は厄介ですね。なんとかできますか?』
「それは相応の〈読解力〉を食うことになるよ?」
『お願いします。そのあとは、すべてわたしに任せて』
「了解! 派手に行こう!」
ソラはボードを減速してカナタから遠ざかると、リュシストラテから譲り受けた対レシーバー用の機械兵装を右脇に呼び出した。すかさず滑るようにターンしてホバーボードの向きを変えると、デシーバーたちを正面に捉えて一気に加速をかけた。急加速で距離を詰めてくるソラに対して、デシーバーたちは追尾式のマイクロミサイルを射出した。
首を縮めて初撃を紙一重で躱したソラは、そのまま勢いを殺すことなく、敵機たちとの距離を詰めていった。一寸先の未来を読んでいるかのような無駄のない身のこなしで無数の弾幕を掻い潜り、次々と地面に着弾するミサイルの爆風を利用して、むしろさらに速度を重ねていく。
が、あと一息という距離で、ソラの眼前に避けきれなかった一撃が吸い込まれていく。あっという間に爆炎に巻き込まれてしまったソラだったが、しかし一秒と経たないうちに爆煙の中から主を失ったホバーボードが飛び出し、ミサイルさながらに先頭の敵機に突っ込んでいく。
思いもよらない反撃に対応しきれなかったデシーバーは、ホバーボードによる無人特攻を直接肩部に食らうことになる。デシーバーに激突したホバーボードは、衝突の瞬間と同時に霊子結晶に還元され、敵機を巻き込むようにして砕け散っていく。装甲を氷のような結晶に侵食されたデシーバーは、大きくバランスを崩した。
ホバーボードを陽動に転用したソラは、時間差で爆風の中から飛び出した。腰だめに展開した機械兵装は近距離戦用のウェポンラックに変形しており、身の丈の二倍にも及ぶ二振りの長大な太刀を剥き出しにしていた。その周囲には液晶霊素による防御用障壁を展開するための呪式が浮かび上がっている。カナタがいつか見た、上霊帝国の表音表意文字。
ソラは大気中の霊素を結晶化して組み上げた足場を駆け上がり、空中に躍り上がった。即席の足場を踏み砕くたびに、澄んだ結晶の欠片が煌めきながら飛び散っていく。彼女は太刀を引き抜いてデシーバーの殴打を軽くいなすと、そのままデシーバーの左腕に飛び移り、腕の上を駆け上がる。そして敵機の頭部まで駆け寄ると、後ろから鋭い蹴りを叩き込んだ。
敵機が膝をついた隙をついて、ソラは手にした機械武装の太刀を斧槍形態に変形させて、相手の構えるビームライフルに向けて投擲した。霊子結晶で出来た透明な槍の切っ先はそのままビームライフルに突き刺さる。一瞬にして結晶に蝕まれた武器は、意識を凝らしたソラにより再翻訳され、空間ごとごっそりと削り取られた。
「壊した!」
時間稼ぎが必要なほどに凶悪な武装をしていたのは、三機のうちおそらくこの一機だけ。
残りの敵機はカナタに任せられると判断したソラは、彼女のところまで退こうとした。
しかし喜んだのも束の間、攻撃を受けなかった残りの二機が空中のソラに向けて腕を伸ばす。
「しつこい!」
予備の太刀を素早く鞘から抜刀したソラは、再び結晶の足場を蹴って敵の足元まで飛び込むと、両足を地面に押し付けて踏ん張り、腰だめに構えた得物を横に薙いだ。脚部を切り裂かれたデシーバーは、大きく後ろに倒れていく。ソラはそのままふくらはぎに呼び出した歩兵用光子スラスターを焚いて強引に身体の向きを変え、デシーバーから距離をとって残心とした。
と、その瞬間、一番後ろにいた最後の一機が放ったマイクロミサイルが彼女に襲いかかる。
ソラは寸前で霊晶による障壁を広げ、致死性の衝撃を相殺した。
「……ぷはッ!」
跳ね飛ばされたソラは、何度か地面に身体を打ち付けたのち、地面に刀身を突き立てて勢いを殺した。ブレーキとして働いた刃先がガリガリと火花と結晶を散らしながら、緩やかなカーブを描いて地面を深く抉った。轍のようにつくられた長い爪痕には、細かい霊晶が夥しく付着して残った。
崩れた体勢を素早く立て直したソラは、すかさず敵機に追撃をかけようと両脚に力を注いだが、「!」すぐに思いとどまり、カナタのほうへと走って下がった。着地の際に装備の靴底が熱で少し溶けてしまっていることに気づいたのだ。使い物にならないわけではないが、これはかなりの痛手だった。
仕方なく新しいホバーボードを呼び出したソラは、展開していた機械兵装を一度霊素に還元してデータに戻すと、カナタの隣まで加速し、彼女の肩に飛び移った。ローラーと背部推進機によって高速移動するカナタの左腕に必死でしがみつくと、彼女に「もっと飛ばして!」と命令するソラ。カナタは『分かってますよ! でもそれ以上に被弾するわけにもいかないでしょ!』と怒鳴り返した。
「このままじゃ追いつかれる……!」
『昨日話していた〝アレ〟を使います! ソラさんは牽制と迎撃に努めて!』
カナタは移動はそのままに身体の向きだけを変え、追撃してくる敵機を正面に捉えた。
ソラは彼女の腕に抱かれたまま再度機械兵装を呼び出し、中距離線仕様で展開。一基のガトリングガンをウェポンラックから呼び出すと、片腕だけで小脇に抱え、牽制射撃の姿勢に移った。迷わず引き金を引いて弾幕を張り、敵機の放つマイクロミサイルを撃ち落としていく。
それを見届けたカナタは、トーテムの躯体管制へ意識を切り替えた。
『疑似霊晶炉暖機開始、Noe規格適用、格納武装データの読み出し開始、テクスチャ付与』
カナタの右腕を中心に、五メートルは超えるであろう透明な砲身が出現した。
霊晶で出来たそれは数秒後には翻訳が完了し、艶消しされた綺麗な白色を帯びる。
『砲座固定、多脚展開、躯体管制を外骨格処理端末に移譲します』
その言葉ともに、カナタの身体を構成していた外骨格が変形を始める。
液晶を内蔵したFRP製の外装がスライドし、四輪四脚の移動砲台へと移行。
外装に包まれていた透明な人型フレームも剥き出しになり、展開した銃座に覆われる。
四脚のうちの一つに腰掛ける格好となったソラが、呆れたように言った。
「まだこんな手を隠し持ってたのか……道理であのとき勝てなかったはずだ……」
『いいから攻撃が来たら撃ち返す! ――内骨格側に人工単子(思惟データ)移行、火器管制権限を譲渡! ダミーホロ障壁展開! エーテリアルストレージクリスタルの再翻訳開始! 内骨格側フレームにホロテクスチャ付与、人工単子を顕現! 高次憑依に移行します!』
ロボットがロボットスーツを着ているような構造を持つトーテムは、内骨格と外骨格がそれぞれ独立して稼働する。移動砲台と化した外骨格の代わりに内骨格側のカメラセンサーが鋭く瞬き、それまで外装に隠されていた細身で透明な内骨格の制御が開始された。
それと同時に霊晶製の透明な内骨格の姿が――一人の少女の姿に変化する。しっとりとした黒髪、仔犬のような童顔、くりりとした瞳は黒く、背は低い。機械武装するためのインナースーツを身に着けている。露出は多いが肢体は起伏に欠け、まだ充分に幼いことが見てとれるその姿は――生前の雲野カナタ本人の姿だった。
「その姿、キミは……」と息を呑んだソラに、
「余所見しない! 次、来ます!」と怒鳴り返す。
少女・カナタは呼び出したばかりの砲身に小さな両手を添えると、前方のデシーバーたちに照準を合わせた。操作補助用のカチューシャが、カナタの擬似網膜に処理しきれないほどの情報の投影を開始する。あまりにも非力そうな少女が自走砲と化した外骨格に乗って身の丈の三倍以上はあるであろう砲塔を取り回す光景は、異様を通り越して異常だった。
ときおりソラの防ぎ損なったミサイルが擦過していくが、周囲に展開する立体映像の画面たちが二人を防御する。計器類や躯体情報を表示するそれらは、本来の用途ではない目的のために無尽蔵にコピー&ペーストが繰り返され、次々と撃ち抜かれては液晶霊素の飛沫を撒き散らしていく。そのたびにカナタの身体の表面でもノイズが走り、透明な骨格が透けて見えた。左腕のブロックノイズは特に顕著で、ほとんどロボットの原型を留めたまま。今のカナタは完全な肉体を得ているわけではなく、機械人形にホログラムをかけただけの状態だと分かる。
カナタは声を張り上げた。
「小型タキオン減速炉及び疑似霊晶炉からのバイパス接続! バーチャルリニアプラットフォーム敷設、電磁場形成、L系粒子加速帯並行準備開始! ああもう面倒くさい、以下自走砲展開シークエンス省略! ……え、射角? ねえ射角って何よ! 当たれば問題ないでしょ! 目に見えるものは全部吹っ飛ばしちゃいなさいな!」
「これは非道い……」
ソラがぼそっと本音を洩らす。カナタは完全にテンパっていた。
危なっかしい不慣れな手つきで、ホログラムの計器類や操作パネルに指を走らせていく。
「グラビティスタビライザー固定、背部放熱翼の展開を確認、伝導冷却液の循環良好、荷電粒子の加速開始、出力電気量の引き上げを二十五万メガワット毎秒からカウントスタート。それから……えーっと……あっ光電子増倍管によるチェレンコフ放射の観測を確認! 荷電粒子の薬室内光速度七分の九到達を確認! わたし雲野カナタ=アダプトは、これより任意段階での発砲行動に移ります――最終安全装置解除!」
カナタの構えた荷電粒子砲内部の加速帯の奥から、濃い青色の漏電が始まる。
しかしデシーバーたちも追撃の手を緩めず、もう目前まで迫ってきている。
対空迎撃に限界を感じたらしきソラは、焦りを滲ませた声でカナタを急かした。
「マズイな……間に合うかい!」
「ちょっとキツイかもしれません! 充填まであと二十秒!」
「接近戦で牽制する! 撃つ直前で指示を!」
即座に判断したソラはカナタ+自走砲から飛び降りると、霊晶の足場を踏み砕きながら連絡橋を逆走した。刻々と距離を詰めてくる先頭のデシーバーに詰め寄ると大きく空中に跳び上がり、ジャベリン型の実体斧槍に切り替えた機械兵装を振るって注意を引き付ける。ソラの駆け抜けたあとには、無数の光条が糸のように絡み合って残った。
彼女の奮戦をスコープ越しに見守りながら荷電粒子砲の充電が完了するのを待つカナタは、
「もっと真面目に訓練教導を受けとけばよかったかな……」と頬を掻いた。
その直後、手元のホログラムに赤い警告表示が浮かび上がった。
「! 動作保証臨界点突破――ソラ! さがって!」
「ッ!」
カナタの叫び声を聞いたソラは、反射的に武器を退いた。
踵を返し、一目散にデシーバーの隊列から逃げ出す。
砲身を構えたまま急速に遠ざかっていくカナタ+自走砲を追いかけるように、一本道の連絡橋の上を脇目も振らずに駆け抜けた。霊子結晶による足場をバネにして、一歩を踏み出すたびに飛距離を伸ばしていく。あっという間にカナタの構える砲口の目の前まで肉薄したソラは、そこで霊晶の欠片を踏み砕いて大きく跳躍、カナタを飛び越した。
宙に舞ったソラの髪が、扇情的にはためく。次第に背中から重力の虜に戻っていくなかで、彼女は空中でなんとかして腰と首を捻り、視界にカナタの姿と二人を追撃してくる巨大機械人形たちの姿を捉えようとした。そして足元でカナタの構える砲門から紅色に変色した荷電粒子の光が漏れ始めているのを見ると、口の端をにやとつりあげた。
ソラはとても楽しそうに笑いながら、「カナタ!」と声を張り上げた。
ひどく必死そうな形相を浮かべたカナタ。彼女はソラに応えるように、
「T2荷電粒子砲、最大出力! 行っけぇーッ!」
引き金にかけた細い指先に力を込めた。
そして、世界が紅い光に包まれた。




