第二話 予定調和のアーキタイプス ⑭
「カナタ!」
『ソラさん……!』
カナタとリュシストラテがトンネルから抜け出た先は、ムセイオン第三コロニーの外壁、カナタたちがやってきた場所とは反対側に位置する空中連絡橋だった。そこでは、武装した天海ソラが二人を待っていた。
身体にぴっちりと張り付く、機械武装用の白いインナースーツ。袖や裾の無い代わりに同様の素材で出来た黒の長手袋とサイハイブーツを身に着けている。いずれも生地に単子信号の伝達性に優れた霊媒素子が基盤のように埋め込まれ、幾何学模様のように蒼白い明減を繰り返す。腰には動力源である小型の疑似霊子結晶炉が二基、専用のベルトに取り付けられていた。
霊子の翻訳と還元を補助し、多彩な機械武装の性能を飛躍的に引き出すための兵装。大気中の霊素を魔法のように操る現生人類〈ホモ=ヌーメノン〉が使う基本的な装備として、ソラがいつもナップザックに入れて持ち運んでいるものの一つだった。新人類が単身でレシーバーやトーテムと交戦するために開発された一種の与圧服でもあるという。
『その格好、戦いがあったんですね』
「あはは、久々に着たけどサイズは大丈夫そうかな」
本来なら灰色であった彼女の虹彩や髪や睫毛も、インナースーツの霊媒素子の明減に合わせて、芯から仄かな水色の光を放っている。色素の薄い艷やかな髪をポニーテールで纏めているが、こちらもヘアゴムではなく機械的な浮遊端末。背中だけはいつもどおりで、見慣れた革製のナップザックを背負っていた。
彼女の元気そうな姿を見たカナタは、嬉しそうに駆け寄っていった。
『無事で何よりです。どうやってここまで?』
するとソラは、空色の透明な瞳をカナタの背後に立つリュシストラテに向けて答えた。
「彼が手引きしてくれた。色々と騒ぎは起こしたけど、幸いヒトは殺していない」
『それは良かった。リュシストラテさん様様ですね』
再会の喜びも束の間、一人と二台は長大な連絡橋上を歩き始める。
たった一日でムセイオンを追われたことを、惜しむ間もなかった。
一行はすぐに、ムセイオンを取り囲む〝泡の壁〟まで辿り着いた。
リュシストラテはそこで立ち止まって、カナタとソラを見た。
『ここを抜けて連絡橋を十二キロほど進んだ先に、親霊的なホモ=ヌーメノンたちのコロニー〈ブリューゲルのバベル〉があります。アリストートルの通信圏内でもあるので、今後の行動に対するメドも立つことでしょう。――ああ、それと天海さん。これを』
すると彼は、ソラにあるものを手渡した。彼女は両手でそれを受け取る。
透明なフレームが白いカバーによって覆われた、大きめの機械だった。
身の丈の倍くらいはあるであろうそれを胸に抱えたソラは、怪訝そうに眉をひそめた。
「なんですか、これは?」
『小型の疑似霊晶炉に対応した新人類用の対レシーバー白兵兵装です。GCTケーブルのジャックを二つ設けているので、天海さんのインナーとも互換しています。変形式の実体剣と中距離戦用の回転式機関銃とを使い分けられるだけでなく、霊子翻訳の際の補助霊媒としても使用できます。こういう言い方をするのも変ですが……きっと役に立つはずです』
「ありがとう、リュシストラテさん」
素直に礼を言ったソラは、腰に巻きつけた疑似霊晶炉から透明なコードを引き出すと、機械兵装に設けられたジャックと接続させた。手元に浮かび上がったホログラムウィンドウで初期設定を済ますと、武装は格納データに変換・転写され、実体は一時的に霊素に還元される。
ムセイオンの〝泡〟の内側の大気には霊素が含まれていなかったので、上手く還元しきれなかった結晶片がばらばらと地面に落ちた。先端から黄色い膿のような塩基溶液をぽたぽたと垂らすコードを、するすると疑似霊晶炉に巻き戻したソラは、カナタのほうに向き直った。
「これでよし。カナタ、悪いけどバックパックを下ろしてくれないかい?」
カナタは二つ返事で同意すると、バックパックを開き、ソラのナップザックを預かった。
身軽になったソラは地面を蹴ってくるっと一回りすると、「うん」と満足げに頷いた。
そこまで見届けたリュシストラテは二人に一礼してコロニーに戻ろうとしたが、
『ああ、そうだ。リュちゅ――リュシストラテさん』
何かを思い出したカナタが、舌を噛みつつ彼を呼び止めた。
『名前、呼びにくいです。試しにプルトンと名乗ってみては? 似合うと思います』
『願ってもない素敵なご提案ですが、そんなに言いにくいですか……?』
「女の人の……名前なんです」とソラが小声で助け舟を出した。
リュシストラテ改めプルトンは、なんとも言えない様子で黙り込んでしまった。
『まあなんにせよ、わたしはあなたのことが嫌いではありませんよ。いいヒトですから』
『いいヒト……ですか』
『ええ。わたしとソラさんにとって、あなたは白馬の王子様みたいなものですから。助けてくれて、本当にありがとうございます。おかげでわたしは仕事を続けられるし、この子も故郷を目指すことができる』
そう言うと、カナタは後方の空中都市群に振り返った。
すぐに彼女たちは、白い外壁から出てきた軍勢の姿を認めた。追いかけてきたのだ。
どうやら、何がなんでも彼女たちを逃したくないらしい。
それもそのはずだとカナタは思った。
自分の生存は、すなわち将来のムセイオンの滅亡にも繋がっているのだから。
『来ましたね』とカナタが呟くと、
『ええ、来ましたね』とプルトンが同意し、
「行こうか、カナタ」とソラが言った。
そそくさと〝泡〟の中へと足を向けたカナタとソラ。
プルトンはそんな二人の背中を見送りながら、
『もし、あなたがた二人の気分を害さないのであれば……』と小さく呟いた。
ソラが反応すると、一度だけ足を止めて小首を傾げた。
「なんです?」
『いえ、なんでもありません。――ご武運を』
ソラは無言で笑った。もう二人は足を止めることはなかった。




