第二話 予定調和のアーキタイプス ⑬
真っ暗なトンネルを、二体のロボットが歩いていた。
どちらも五メートル程度の機械の身体を持っていて、頭部に搭載した照明を炊いている。躯体の型式は同じだったが、外装の配色と文字列が異なる。一機は薄紫色の紫陽花模様で、涼しげな着物模様の上に『Transmitter_Of_The_Ethereal_Mankind』という文字が、もう一機の外骨格は燻し銀の上に『REmort_Controllable_Exoskeletal_Intelligent-terminal_VER.2098』という文字が浮かび上がっている。
後者は地球再建事業を全自動で行う自律型のロボット〈レシーバー〉を指す名称で、前者はそれらにヒトの自我が反映された機械仕掛けの神様〈トーテム〉を指す名称だった。
レシーバーであるリュシストラテは、トーテムである雲野カナタに向けて説明を始めた。
『ここムセイオンコロニーは、当初有機プリンターの稼働試験を行うために建設された幽体人類たちの実験都市でした。アリストートルと接続したトーテムやレシーバーたちが多数稼働し、地球再建事業の要とも言える当技術の改良・見直しを図っていました。カナタさんはご存知かと思われますが、地球崩落後、バルドが現在の形になるまでに何千とも知れぬ変更が地球再建事業に施されています。資源的な問題もありましたし、現生人類という本来なら存在しえないイレギュラーに起因する課題もありました。その一つだと思っていただければ』
リュシストラテは一息置いてから続けた。
『まあ平たく言えば、人体をプリントする際の材料が幾つか変更された訳です』
『霊素のことですか?』とカナタが口を挟んだ。
『それもありますが、もっと単純に炭素が足りなかったとだけ言っておきます』
『ふむ』
リュシストラテは話を戻した。
『さてさて、ムセイオン建設から八百年ほどで改良型有機プリンターは完成しました。この頃は西暦時代の著名な科学者や医学者たちの人工単子(思惟データ)がこぞってトーテムとして召喚されましたから、それはもう怒涛の勢いでした。改良型プリンターの設計図は惑星型人工知能〈アリストートル〉に預けられ、役目を終えたこの都市は廃棄処分となりました。この空域はアリとの通信も断たれ、オフライン、スタンドアロン状態のレシーバーが数機残されるだけとなったのです』
『そこに現れたのが、フェリブリージュ人だった……』
『その通りです』
リュシストラテは首肯して続ける。
『話を遡ること今から三十億年ほど前、西暦二〇九八年四月八日、現存する人類は全て人工単子〈.mndファイル〉に変換され、地球再建後の時代に向けてデータ冬眠したはずでした。しかし地球が崩落し、バルドにようやく大気らしきものが出来上がったとき、彼らは音もなく現れた。トーテムを幽体人類〈オシラサマ〉と呼び、霊子を巧みに操る彼らは、地球再建事業に生じた最大にして最悪のイレギュラーとして現生人類〈ホモ=ヌーメノン〉と名付けられました。彼らには深い洞察力と優れた文化・歴史があり、文化的なマイノリティから孤立を続けていたフェリブリージュ人たちも例外ではなかった』
『わたしもそう聞いています』
『ここを見つけるまでの経緯は分かりませんが、ムセイオンに辿り着いたフェリブリージュ人たちは、わたくしたちレシーバーに対しても友好的であり、それ以上に紳士的でした。わたくしたちは彼らに棲み家を、彼らはわたくしたちに仕事を与え、共生関係を築きあげるに至ったのです。彼らは非常に創造的な気風の持ち主だったので、自らの文化と、わたくしたちの有していた旧地球時代の文献とを融合し、この美しい景観を作り上げました。特に先人たちの築いた都市構想学には大きな関心を示しており、このような芸術的かつ機能的な景観が出来上がったのです』
『ええ、とっても素敵な街並みでした。同じホモ=ヌーメノンである天海さんも、こんなのは見たことないと感銘を受けていたようですし。地球再建の役に立つかどうかは別としても、アリストートルに報告するだけの価値があるようにすら思えました。もっとも、ここが圏外ではそれも叶いませんが……』
『ありがとうございます。――話を戻しましょう。そんな彼らにも弱点があったのです』
『弱点』とカナタが復唱した。
『というよりも、このムセイオンの田園都市構造自体に弱点があったのです』
『食糧ですか?』
『まあ、そうなります。廃棄されたこのコロニーに、家畜や作物はありませんでしたから』
ここまでくると、カナタにも薄々の見当がついてしまった。
脳裏には、朝に見た羊が群れている光景が浮かんでいた。
『……創ってあげちゃったんですか?』とリュシストラテに問う。
『創ってあげちゃったんです。そして食糧の安定を得た彼らは、今度は労働力を欲した』
『けれど、そういった生き物やヒトたちのデータはどうやって手に入れたのです? 旧世界の情報――人工単子の収められたPHB-NASの筐体は地球の外殻に安置されているはず。おいそれと持ち出したりアクセスしたりできないような代物だったはずでは? ましてやここはアリストートルシステムの圏外空域です』
『これはとても簡単な理由です。廃棄されたムセイオンには、数多くのものがそのまま置き去りにされました。稼働を停止した多数のトーテムやレシーバー、そのままにされた新型有機プリンター、そして彼らがここで使用した人工単子のコピーデータを収めたPHB-NASなどが。そのどれもが再使用可能な状態にありました』
『なんか杜撰ですね』カナタが肩の力を抜いて言う。
『杜撰なんですよ。この世の全ての時間があれば、ルーズにもなります。話は以上です』
カナタは少し黙って頭の中を整理してから、一つ一つ吟味していった。
『つまり、理由はどうあれ……本来ならまだ再生する必要のない旧人類たちを、計画を五十億年も前倒しにして再生させてしまった、と。肉体を印刷し、人工単子をインストールし、西暦時代の人間の幾つかをこの世界に解き放ってしまった。幸いにもバルドの大気は完成していないため、彼らがこの〝泡〟の外へ出る心配はなかった。霊子への耐性を持たないわたしたちがトーテムに憑依することなく生身で外に出れば、身体もマインドも死んでしまうから……』
『ご明察のとおりです。既に三千年ぶんの世代交代を重ねています』
『それから?』
『やがてフェリブリージュ人はホモ=サピエンスたちに統廃合され、その姿を消しました』
『………………それは、動物学的な話で、ですか? それとも……』
『お訊きになられないほうがよろしいかと』
『…………わかりました。とても、よく』
『他に何か疑問がございましたら』
『では最後に。科学人類たるはずの彼らがあれほどまでに科学を憎む理由は?』
『人間は無意識のうちに自らを恐怖するようになる。そうなるようにできているのです』
いったい彼らは何をやらかしたのだろう? とカナタは思った。
自分たちの生きてきた西暦の歴史と大差ないんだろうな、とも思った。
リュシストラテは、機械にしては物悲しげな声音で最後に言った。
『はじめは、一人のトーテムだった。労働力として召喚された彼は、レシーバーとは異なる人間らしい感情と言動により、フェリブリージュ人たちと極めて親密な信頼関係を築いた。しかしやがて電子データと機械の身体に囚われた自らの境遇に不満を懐くようになった彼が、現生人類らと対等な立場で触れ合うことを望むようになるのも時間の問題と言えた。狭いバーチャルコクピットからでは、ホモ=ヌーメノンである彼らとは手も繋げないのですから。――すみません、機械風情が知ったようなことを』
慌てて頭を下げたリュシストラテに、カナタは笑って言った。
『気にしないで下さい。そうして彼は、有機プリンターに手を出してしまったわけだ』
『そうです。止めなかったわたくしたちにも責任があります』
『でも、わたしにもそのヒトの気持ちはよく理解できます。地球再建事業前の人類であるわたしたちからすれば、彼らの暮らしは憧憬以外の何物でもない。生身の身体を得てフェリブリージュ人たちと共に生きたそのヒトは、きっとしあわせだったことでしょう』
自らの機械仕掛けの手のひらを見つめて、カナタは独白げに言った。
リュシストラテは歩みを止めないまま、抑揚を抑えた声で相槌を打った。
『ええ。ですからここは、確かに彼らにとってのユートピアなのですよ』
彼らという言葉がどこまでを指すのか、リュシストラテは明かそうとしなかった。
代わりに、静かに歩き続けるだけだった。
『行きましょう。あなたたちは旅を続けるべきだ』
トンネルは終わろうとしていた。行く手から眩い光が射し込み始める。




