第二話 予定調和のアーキタイプス ⑩
ベルベデーレのトルソを出た三人を待っていたのは、武装した警官機動隊の軍勢だった。
無数のレーザーサイトがカナタに集中する。カナタは目算でもし撃たれたとしたら、躯体の耐久性は問題ないにせよ、その射線の数が迎撃可能数を遥かに上回っていると判断した。頬を強張らせた天海が「カナタ――!」と彼女の名前を低く呼んだ。
カナタは比較的冷静な様子で応ずる。
『いつ起きてもおかしくないと思っていましたから、あまり驚きません。ですが、どうしてこうなったのかについては、まだ適当な答えに辿り着けていません。彼らが教えてくれるのを待ちましょう。よもや教えてくれないことにはならないでしょうから』
そう言って武装警察たちに視線を返す。すぐに中から指揮官と思しき人間が前に出てきた。
「あなたは……」と天海が息を呑む。
その男は、昨日二人を出迎えてくれたコロニーの実権者の一人だった。
彼はリュシストラテを見ると、深刻な声音で問うた。
「リュシストラテ様、彼女たちに全てをお見せになられてしまったのですか?」
『はい。すべてわたくしの判断です』とリュシストラテ。
「なぜそのようなことを……我々との関係を反故にするというおつもりなのでしょうか」
『いいえ。ですが、わたくしたちは歴史に向き直り、それを精算すべきときを迎えたのかと』
「精算……ですか」
それから男は、トーテムたるカナタに矛先を向けた。
「あなたもそうお考えになるのですか、オシラサマのお嬢さん?」
『……雲野カナタです。名前で呼んでください』
「ではカナタ嬢。これを見たあなたがた御二人は、これからどうなされるのです?」
男は、目を細めて彼女に問いを投げかけた。
天海も、短く息を呑んでカナタのほうを振り向いた。
カナタはまっすぐ男の目を見つめ返しながら、凛として答えた。
『変わらず地上を目指します。ここにいる天海さんを彼女の故郷まで送り届けるために』
「それだけですか?」
『いいえ。わたしも地球再建事業の一端を担うトーテムとして、いずれは同胞たちの眠るクラウドデータに帰らなければなりません。そのためには惑星型人工知能〈アリストートル〉のネットワーク圏内まで戻る必要があります。そこでようやくわたしは幽霊の伝達者〈トーテム〉としての任を解かれ、再び〈九十億年を隔てた明日〉へと向けたデータ冬眠に戻ることでしょう。そして――』
「そして?」
『そしてわたしの見聞録――つまりトーテムとして過ごしていた間のキャッシュデータはアリストートルに並列化され、ここムセイオンで起こっていることも地球再建事業の知るところとなるはずです。いえ、確実にそうなります。それが何百か何千年後かは知りませんが、廃棄されたはずの空中都市と幾つかの施設が現生人類によって不正に使用されていることが露見すれば、あなたたちにとっては不都合なことになる。加えて、地球再建事業と対立している遠方の第八上霊帝国とも、修復不可能な関係悪化に繋がると思います』
それからカナタは一度発言を区切ると、少しだけ迷う素振りを見せた。
しかし天海が自分に向けて頷いたのを見ると、頷き返して続きを口にした。
『なにせ彼女は、第八上霊帝国〈苔むしたダヴィデ〉の戦巫女――あなたたちの言うところのムカサリサマときている。事業を嫌う現生人類全体への発言力も影響力も計り知れません』
天海を示してカナタの放った発言に、男たちの顔色がさっと変わった。
武装警官たちの間でも、動揺が波のように伝播していった。
「オシラサマだけじゃなく、ホモ=ヌーメノンまで敵に回るのか……」
「武器を向けてバチがあたらないのかよ……」
当の天海はというと、
「わかりやすい口封じってことか……」と太腿のナイフに手を伸ばそうとしていた。
『動かないでソラッ!』
「ッ!」
カナタに下の名前で鋭く怒鳴られた天海は、ぴくっと身を震わせて手の動きを解いた。
リュシストラテが二人の背後で実体剣を構えていたのだ。あからさまな敵意があった。
彼は心からすまなそうに言った。
『申し訳ありません。彼らにも彼らの大切な暮らしがあるのです』
「リュシストラテさん、あんた……!」
天海ソラが、憎悪の滲んだ切れ長の瞳でリュシストラテを睨みつける。
カナタは場違いにも、視線だけでヒトを殺せるとしたらこのような視線なのかなと考えた。
『わたくしたちにも被るべき責があります。しかし今はどうか御自愛ください』
この場合「わたくしたち」というのは、このムセイオンで働いている他のレシーバーたちのことだろうか。彼らだってもともとは地球再建事業に接続された自律端末だったはず。そんなリュシストラテたちまでもが同胞である自分に武器を向けた理由を、カナタは最後まで理解できなかった。
そもそもリュシストラテさんは、なぜあのような施設にわたしたちを案内したんだろう?
コロニーの人たちを裏切るような真似をして、彼は何かを伝えようとしている……?
カナタは思案を廻らせたが、与えられた短い時間だけで答えを出すことは至難の業だった。
或いは、彼はただ、ここの人たちを本当に愛しているだけなのかもしれない……。
連行されていくカナタ。彼女を見送るしかない天海ソラは、ぎりぎりと歯軋りをしていた。




