第二話 予定調和のアーキタイプス ⑧
次にリュシストラテが二人を案内した先は、第一コロニーの裏地区だった。事実上の地下空間だ。豊かで長閑な田園風景の広がっていた表側の地表と異なり、錆びついた骨格構造が剥き出しになっている。重力鋲の配置構造は変更されておらず、地上向きの重力が働いた吊り下げ式の工業区画となっていた。カナタはこれを妙に思った。コロニーの表裏で重力を反転させれば、もっと効率の良い、それでいて安全な環境が作れるのに……。
一歩足を踏み間違えたら空に落ちる足場の構造。情熱のモーガンでも経験した足の竦むような体験に、カナタはうんざりし始めていた。トーテムを簡易的な自動操縦に移行すると、彼女はコクピットのシートに深くもたれかかった。躯体の揺れに揺られるうちに、だんだんと目蓋が重くなっていくのを感じていた。
寝ぼけ眼のまま、それでもカメラを望遠にして裏地区の様子を録画していくカナタは、ふと不思議な気分に襲われた。トーテムの視界に移ったのは居住街と見られるいち箇所。そこではカナタや天海ほどの少年少女たちが学生服を着て歩き回っていた。迷路のように入り組んだ脆い足場と階段で繋がった建物たちの間を、談笑とともに行き交う。
ちくりと、胸を刺されたような痛みが奔る。今は彼らがこの世界の住人なんだ……とカナタは痛感した。やがて彼らの姿は他の建物に隠されて見えなくなった。先導するリュシストラテの背中、続いて無言で自らの足元を歩く天海の横顔を見やりながら、カナタは自分が夢を見ているような気持ちになった。わたしだって本当なら、あのヒトたちみたいに普通に学校に通っていたはずなのに……。
できることなら躯体の外に出たい。生身の身体で空気を吸って、生身の身体で誰かと触れ合いたい。狭いコクピットから神様の視点で世界を俯瞰するのではなく、その世界の住人一人として奔放に生きたい。そう思ったが、それが叶わないことを、カナタは誰よりも深く理解していた。彼女の住むべき世界は、おそらくこの世界ではないのだから。
感傷と言える感傷に浸る余裕もなく、まもなく一行は移動用のリフトに乗りこむことになった。カナタと天海とリュシストラテを載せたリフトは降下を続け、やがて裏地区の最下層へと辿り着いた。ようやくリフトを降りたカナタと天海だったが、しかしそこで思いもよらないモノを目の当たりにすることとなった。
まるで展望台のように眼下を見渡せるコロニーの最底部。そこに安置されていたのは、巨大な人工大理石の彫像だった。全長は二キロほどだろうか。横倒しにされ、無数のワイヤーによってコロニーから宙吊りにされていた。カナタは小人たちに捕らえられたガリバーの姿を想起した。
控えめに言っても悪趣味な光景だった。
『ここが、〈展望室の胴体〉です』
リュシストラテの言葉通り、その巨大彫刻には頭や四肢といったいっさいの突起物が欠け落ちていた。なのに唯一残された胴体部分だけがやけに生々しい躍動感に満ちており、そのことが二人に残酷を通り越した生理的な嫌悪感を植え付けた。彫刻の左脚の断面部は坑になっており、そこへと入っていくためのタラップが続いていた。
リュシストラテは、説明するよりも実際に中へ入ったほうがよくおわかりになられるでしょうと言い、次いで、おそらくはお二方の気分を害す結果に終わるでしょうと続けた。それでも行く覚悟があるのかどうか彼が訊ねると、天海は真剣な顔をして――判断をカナタに委ねた。
『……わたしにはそれを見る責任があります』
カナタは珍しく「わたしたち」という表現を用いなかった。
トルソから流れ出てきた生暖かい風が、天海の髪を梳いた。




