第二話 予定調和のアーキタイプス ⑥
一向は都心部のホテルを離れると、郊外にある田園部へと向かった。移動は特別に貸し切られたモノレールによって行われることになり、水晶宮と呼ばれている硝子張りのアーケード街の駅から列車に乗り込む。カナタやリュシストラテもなんとか車内に入り込むことができた。
どこへ行っても、カナタたちはムセイオンの住人たちに丁寧に挨拶された。もてなしに充ちた素敵な待遇ばかりに、カナタも天海も恐縮するばかりだった。カナタは、何処に行ってもオシラサマはこんなに歓迎されるものなのだろうかと疑ってしまうほどだった。
高い建物は少なかったので、モノレールの車内からは第三コロニーの全景が見渡せた。
円形のコロニーは直径二キロにも充たない非常にコンパクトな造りをしていた。中心部には華やかな花壇が設けられ、そこから六本の直線道路が放射状に伸びていく。花壇の外縁には発展した都市街、公園、硝子張りのアーケード街などが同心円状に展開され、その後も住宅地、学校や宗教施設を有した並木通りといった主要な地区が、環状道路や環状鉄道とサンドイッチするように連なっていく。
そしてさらに郊外へ進むと、広大な農地が広がっていた。
長閑ではあるが、水と緑と光に充ちた美しい街並みだった。
天海は感心したふうに溜息を洩らした。
「面白い地形だね」
するとカナタは何かに気づいたかのように、傍らのリュシストラテに耳打ちした。
『これは……もしかするとエベネザーハワードの田園都市構想を参考にしていますか?』
『……! よくお気づきになられましたね』
リュシストラテは少し驚いたようにカナタを見た。
話についていけなかった天海は、カナタの腰辺りの装甲をばんばんと叩いて訊ねた。
「カナタカナタ。なんだい、それ?」
カナタは天海に視線を向けて質問に答えた。
『エベネザーハワードの田園都市構想とは、西暦時代の土地改革論者エベネザーハワードが提唱した極めてコンパクトな都市計画です。円形の都市を同心円状のセクトに分割し、内側から都市→居住地→農地の順に区分、それらを蜘蛛の巣の縦糸のように直線道路で貫きます。人口数は制限されるものの住民たちは生活のために長距離を移動する必要がなくなるため、地価の高騰を抑え、交通の肥大化を抑制する効果があるそうです。――あってますか?』
確認するようにカナタが訊くと、リュシストラテは頷いて話を受け継いだ。
『ハワードは、常に都市機能と農村生活の融合について考えていたといいます。ヒトが充実した生活を送るために彼が考案したのが、この同心円状の都市構造です。加えて水路による雨水利用や、水風力に頼った電気インフラ、そして食糧の自給自足などに見られる彼の循環型社会思想の先見性には、今でも目を見張るものがあります』
それからリュシストラテは、各コロニーの人口はたったの五万人程度であること、七つのコロニーを合わせても三十五万人を上回らないことなどを説明したのち、ムセイオンにおける税制や工業などについても語った。天海は興味津々に耳を傾けていたが、カナタはだんだんと飽きてしまい、次第にぼうっとコロニーの田園都市風景を眺めるだけになった。
天海は、うっとりと見惚れるようにして車内からの景色を満喫していた。
「地球再建事業以前の人類も、こういう暮らしをしていたのかな……」
そんな彼女の呟きに、カナタは首を横に振って水を差した。
『太陽が重力異常を起こす前、原初の大地で暮らしていたころのわたしたちは、とても非効率的な土地の使い方をしていました。無計画に居住空間の版図を押し広げたとはいえ、この地上のだいたいを文明で覆い尽くすことに精いっぱいだったのです。そのため人口分布や経済規模、土地の用途などが大きく偏っており、現実的な範疇での都市計画が今後の課題でもありました』
それを聞いた天海は、灰色の虹彩に少しだけ切なげな色を浮かばせた。
カナタは気持ちの篭っていない声音で説明を続ける。
『世界を一度リセットしてしまえたら、このような機能美に優れた理想都市を築くこともできたでしょうが、その頃の地上には、歴史と文化によって確立された無視しきれない不文律と、複雑に入り組んだ境界線が横たわっていた。土地の再分配などという心機一転をするわけにもいかず、ツギハギのように積み重ねられる地図の修正は、まさに終わりの見えない徒労でした。――課題は解決を見ないまま、やがて地球再建事業が始まったのです』
「なら、彼らは……フェリブリージュ人たちの暮らしは、とてもしあわせなんだね」
『そうかもしれませんね』
カナタの気の抜けた返事。モノレールは田園部に到着しようとしていた。




