第二話 予定調和のアーキタイプス ④
リュシストラテに紹介された宿からは、ムセイオンの七つのコロニーが見下ろせた。
ドアと天井の高い客室には、ツインベッドやシャワールームといったお決まりの調達品がおおむね揃っているだけでなく、トーテムであるカナタでも充分に腰を落ち着けられるだけの空間的余裕がもたせられていた。ここまで案内してくれたホテルの支配人によると、ここムセイオンには多くのレシーバーたちも稼働しているため、それぞれのコロニーに最低一つはこのような大きめの宿泊施設を設けているのだという。
ここに来るまでにムセイオンの街並みを見てカナタが感じたのは、ここの人々が想像以上に牧歌的な生活を行っていることだった。もちろん発達したオフィス街は存在するし、交通量やヒトの往来も盛んだった。けれど、ここに暮らしている人々には焦りが感じられなかった。それは、カナタの生まれ育った社会との決定的な相違。そして地球再建事業以前の人類と、地球再建事業中の現生人類との間における相違、なのかもしれなかった。
照明を薄くした室内。大枠の窓から見える外は、すっかり夜の波に包み込まれていた。このコロニーの住人たちは、もう寝静まった頃なのだろうか? 窓際の床に腰を下ろしたカナタは、都市部の外縁に広がる田園を、そしてさらに外枠に広がる住宅街を何の気無しに眺め続けた。見事に灯りが見つからない。今、このコロニーで電気を使っているのは、もしかして自分たちだけなんじゃないのかなとすら、カナタには思わされた。
コロニーの遥か上空には、かつてカナタたちの旅してきた宇宙塔たちや、それらを蜘蛛の巣のように繋ぎ合わせる連絡橋の数々、そして廃棄されたり利用されたりしている無数のコロニーたちの姿が朧げに見えた。それらは蒼白い常夜灯によって夜闇に浮かび上がる。カナタが光学カメラセンサのISO感度を引き上げると、まるで星明かりのように地球外殻の内壁に浮かび上がる微光たちも、僅かながら撮像素子に捉えることができた。
いつまでも飽くことなく景色に眺め入っていると、前触れもなく部屋の照明がぱちっと照度を上げ、カナタに眩しいという感覚を与えた。窓の向こうには明るい室内の虚像がつくりだされ、外を眺めているトーテムのフェイスカバーや、シャワー室から出てきたばかりの天海の姿を薄く反射した。
天海はホテルで用意された寝間着に身を包んでいた。まだ湿った灰色の長髪、火照りの残ったキメの細かい肌などがどうしても気になってしまったカナタは若干の気恥ずかしさを感じて、天海をあまり直視することができなかった。しかし天海はそんな彼女の様子を気に留めることなく、カナタに話しかけた。
「ねえカナタ。今、何をしてたの?」
『積載してきた火器類の一覧に目を通していました。全部は把握しきれていないので、退屈しません。わたしの操縦技量でこれらの幾つまでを捌ききれるのか分かりませんし、使っちゃいけなさそうな代物にはフィルタリングをかけておこうと思いまして。今は陽電子砲を使わなくてはならないような場面が果たして来るのかどうか思案しているところです』
「……珍しいね。キミが武器の話をするなんて」
天海は声を低めて指摘した。カナタの意図のだいたいを読んでいるようだった。
そのことに気づいたカナタは、深く息を吐いて答えた。
『やはり思った以上にひどい場所です、ここは。霊素から隔絶された空間、地球再建事業に見捨てられたレシーバーや都市機能、そしてそれらに頼って生活を続けるホモ=ヌーメノンたち。五千年も放置されてきたことが不思議に思えるほどです。あまり悠長な気分ではいられません。――反物質照射砲というのが見つかりました。これは使えませんね』
「案外、使う機会はあるかもしれないよ。小回りの利く武器に越したことはないけどさ」
『霊子が利用できない以上、基本は逃げです。極力衝突は避けましょう。それに、反物質照射砲はタキオン減速式の陽電子砲以上に大気での減衰率が著しいんです。すぐに拡散して対消滅してしまいますから、むしろ戦果以上の被害を被る結果に終わりかねない。簡単に顕現化できないよう、やっぱりロックをかけておきます』
そう言うと、カナタは見動きをとらなくなった。
何かに集中するように静かになったカナタに、天海は恐る恐る声をかけた。
「――お兄さんのこと、訊かなくてもよかったのかい?」
トーテムの躯体は身じろぎ一つしないままだったが、すぐに返事は返ってくる。
『少しだけ、思うところもありまして。今はトーテムとしての仕事を優先したくて』
カナタは素っ気なく返すと、暫しの沈黙を挟んでから付け加えた。
『向こうも向こうで、わたしたちに関して思うところが多そうですから』
それからカナタは、再び沈黙に戻った。
カナタが一つのことに集中しだすと周りが見えなくなる性格であることを知っている天海は、カナタがトーテムの機内で行っていることについてわざわざ訊ねたり、彼女の邪魔をしたりしようとはしなかった。彼女は化粧台の椅子に腰掛けると、鏡に映った自分の顔を無表情に見つめ返しながら、髪にドライヤーを当て始めた。
しばらくして、カナタが唐突に動き出した。どうやら仕事を終えたらしい。
小さく伸びをしながら、髪を乾かし終えた天海の背中を見遣った。
『ここにいる以上、いつどんなことが起こるか分かりません。お互い気をつけましょう。でも、失礼のないように』
「……出された食事はどれも美味しかったし、シャワーやトイレ、ベッドも清潔だ。それだけでも、ぼくは彼らに対して少なからぬ感謝と親愛を抱かなくっちゃ。これからどういう仕打ちを受けようとも、彼らが僕たちをもてなしてくれたこの一夜の事実は変わらないよ」
『とんだお人好しさんですね』
「お互い様だよ。カナタだって、存外ここの人たちを気に入ったんだろう?」
カナタは『そうかもしれませんね』と曖昧な笑みではぐらかした。それから、
『そして、だからこそ許せないこともあるのですよ』
と、これまでにないくらいに底冷えのした声でささめいた。
まもなく、二人は床に就いた。




